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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
26/116

新たな火種

 ここは大高の近く。駿府からやっとここまで逃げてきた。まさかあんな事になるとは。

よかれと思って親父どのを説得して、今川についた。親父どのは斬られ、見せしめとして磔にされ、当然俺にも追手がかかった。

 ふりきってやっとここまで来た。もう少し。扇川を渡れば今川ももう追っては来ぬだろう。






 今日は那古野に来ている。…懐かしい。

もう1年くらい来てなかったような気分だ。ここは若旦那の拝領屋敷。

 

 「やったな左兵衛。まことに鳴海を落とすとはのう。どうやって落としたんじゃ」

若旦那は興味深げに訊いてくる。

「策を練ったのは俺だけど、岡田直教どのと、星崎衆が居なければ落とせてないよ。たまたまだ」

俺はニッコリ微笑で返す。

「……」

「どうした、五郎どの」

「お主、たくましゅうなったの」

「そうかな」

「おう。何か青臭さが無うなったというか」

「…有難う」

「今日よりお主も大殿の直臣じゃ」

「うん。でも実感が沸かないなあ」

「まあな。平手家家臣から直臣として召抱えられ、鳴海新恩五千貫文」

「そう聞いたときはびっくりしたけど」


 超驚いた。那古野に帰ってしばらくのんびりできると思っていたからなあ。平手家内部でオトナとして若旦那を支えていければいいかなと思っていたし。戦に出るのは出るだろうけど、死ぬ確率は減るだろう。考えていた通りの人生設計だあ~♪

と思ったら、直臣に格上げ、そのまま鳴海に据え置きってか…。はあ。正直予想してなかったぞ。


 「ワシの方がびっくりよ。落とすとは思うとらんかったからの」

…おい、お前。

若旦那は笑っていながらも少しだけ真顔になる。

「…だって調略って」


 「……ま、調略と云うておけば、さぼることは無かろうと思うての」

若旦那はおれと目を合わさぬ様に外を見て、顔をポリポリ掻いている。…こ、こいつ。



 那古野に来たのは俺の加増の事もあったけど、鳴海を落としたという事の詳細な報告と、信長から、捕虜の岡部親綱を那古野まで連れて来い、と言われたからだ。

彼はどうなるんだろう。信長の将として生きるのだろうか。

そもそも俺の知っている歴史では鳴海城を信長が取り戻すのは、あと8年先の1560年以降だ。桶狭間で今川義元が死に、義元の首を返すのを条件に開城させるのに成功させてからのことだ。


 少し歴史上の出来事を変えてしまった。

生き抜くためとは云え、というか若旦那の言葉を真に受けてしまったからなんだけど…。だってあんな手紙、岡田どのに渡しちゃったら、やるしかなくなるのは当たり前じゃないか。


 信長が尾張国主ではない今の状況では、鳴海城を取った取られたという位で基本的な状況が変わる訳じゃない。

鳴海城を手に入れたところで、尾張守護代・織田信友と戦っている今現在、対今川、要するに三河方面に戦力を割くことが出来ないからだ。

今川の勢力圏と那古野との間の緩衝地帯であることには変わりがない。が、今までは山口教継が握っていた土地だ。信長の直轄領では無かった。

山口教継が今川に寝返ったあとは岡部親綱が城代として鳴海に入り、それを俺が取り返した。

信長の直轄領になったのだ。俺が貰うことになったけど、俺が鳴海の統治に成功すれば、信長の力はちょっとだけ強まる。

 …くらいの事だ。教科書に載るような事柄でもないし。うん。…うん。でも。



 ……というか、もう俺の知っている歴史を気にする必要はないんじゃないか?

「もし日本がアメリカに勝ってたらなあ」というのと同じで、もう俺の知っている歴史と違っているのだ。

俺は平成から来ちゃったから「歴史を変える、変えちゃいけない」という認識がある。

けど、この時代の人たちは、「俺も歴史の一コマなんだぜ♪」という認識を持って生きているわけじゃないのだ。


 ちょっと気が楽になった。ずっと悩んでいたことだからなあ。この世界に慣れるので精一杯だったし、戦続きでそんなこと考えている余裕が無かった。

 今のこの世界の状況はまだ、俺の知っている状況とあまり変わらない。これから先を考える上でまだ役に立つ。


 そうだ。あのとき俺は覚悟を決めたんだ。何をまだ迷ってるんだ俺は。

若旦那のため。

部下たち。

そして、せき。

そしてこれからは俺のためにも。


「頼られるお方に成りなされ」

岡田どのが言っていた言葉を思い出していた。






 「…なるほどのう。今孔明はお前の方だった様だの」

信長は上機嫌だ。

論功行賞のあと、若旦那と共に信長の居室に呼ばれた。今までは陪臣だったからこんな事はなかったけど、これからはちょくちょくあったりするのかな。


 「…左兵衛。お前は平手中務をどう見る」

「平手中務さま、にござりまするか」

平手中務、と聞いて、俺も若旦那も一瞬動きが止まる。

「ははは。お前にとっては元の主人の親父どのじゃ。五郎右衛門が居っては物を言い難かろう」

「それがしは、下がりましょうか」

若旦那が居室を出ようとすると、

「いや、五郎右衛門にも関わりのある話じゃ。下がらずともよい」

と、ちょっとだけ真顔になった。






 八郎は遠い目をしている。

「どうした八郎。さっきからぼおっとして」

作兵衛は少し呆れ顔だ。

「…ん。ああ」

八郎は、桔梗屋春庵のところの、お蓉の事を考えていた。鳴海城を落とした時に一度会っただけだったが、忘れられないのである。

「ハハ、作の字。ほっとけ。八郎はここのところずっとそんな塩梅じゃ」

長谷川橋介が笑う。


 三人は、扇川の中州、中島で砦普請の監督に来ている。

本当なら作兵衛一人なのだが、「橋介、話相手も居らぬゆえ、ヌシも来んか」と橋介を誘い、その橋介は、城の大手口でぼおっとしている八郎を誘って三人で来た、というわけだ。 

 鳴海城では、中島に造った偽の砦を、本物の砦として使おうとしていた。砦といっても、それほど規模は大きくない。監視所、といった感じだろうか。

それでも土塁を築き、柵を拵え、虎口には折れをつけた立派なもので、大高道を遮断するには充分な構えである。

「そろそろ飯にするか。八郎、人夫たちに言うてこい…おい、八郎っ」

「ん。…なんか言うたか橋介」

こりゃ駄目じゃ、と橋介は自ら普請場に行く。…と、普請場ではちょっとした騒ぎが起きていた。


 「何じゃ何じゃ」

見ると一人の百姓らしき男が、人夫達に捕り押えられている。

「あ、長谷川さま」

と人夫の一人が橋介に会釈した。

「何があった。この百姓は」

「川を渡ってきたと思うとバタリと倒れて」

確かに、百姓おとこは捕り押さえられてはいるが抵抗する気力もないようだ。橋介は人夫をどかせると

「飯をもってきてやれ」と百姓おとこの前に立った。


 「おい、百姓」

橋介は声色を変え、百姓おとこを鋭く睨む。

「……ょうではない」

「何だと」

「…百姓、ではない」

「じゃあ、誰じゃ」

「……」

「誰じゃと訊いておる」橋介は鯉口を切る。

 

「……山口九郎二郎じゃ」

…九郎二郎。山口教継の息子、教吉だった。




 橋介と八郎は鳴海の村の一角にある、桔梗屋の分店に来ていた。旦那はお蓉である。

鳴海の戦のあと桔梗屋春庵のところに身を寄せているお蓉は、春庵と大和左兵衛の連絡係としてここ鳴海に桔梗屋の支店を構えていた。普段は海運業を営んでいる。


 「では、この九郎二郎さんをウチで匿う訳ね」

「そうして貰えると凄く助かるのじゃが、どうであろ」

八郎は凄く上気した顔でお蓉を見ている。

見ていても正直、気持ちのいいものでもない。お蓉は少し辟易した顔をして、

「何ゆえ城で匿わないのですか」

と八郎ではなく橋介に訊いた。


 「九郎二郎は今川から追捕がかかっとる。ま、そこは当然じゃな。で、奴は元々鳴海におったやつじゃ。城には土地の者がたくさんおる、九郎二郎が居る、とばれては困る」

土地の者から今川に情報が流れるのを防ぐためらしい。追捕人をかくまっている、と今川に知れれば、色々難癖つけられるであろう。小競り合いは避けたい。

「なるほど」

と事情を察したお蓉は、

「かしこまってございます」

とニッコリ笑って返事をくれた。…八郎にではなくて橋介に。


 

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