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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
22/116

前を見据えて

夕食。岡田家の面々と、お互い自己紹介のような感じで箸が進む。


「さて。皆の者。平手監物どのよりワシに頼みがあってのう。皆にも知っておいて貰いたい」

岡田直教が皆に向かって大声をあげる。

「おお、殿。何でごさろうか」

「今日より我等は監物どのの与力じゃ」


俺は岡田家の家臣団に頭を下げた。遅れて平井信正たちも頭を下げる。

「平手監物が家臣、大和左兵衛一寿にござる。よしなに」

「平井信正でござる」

「乾作兵衛にござる」

「服部小平太にござる。お見知りおきを」

「長谷川橋介でごさる」

「植村八郎にござりまする」


「監物どのは松葉、深田の城攻め中、でなくとも赤母衣筆頭の役目ゆえ、こちらには来られぬ。この大和左兵衛どのが、監物どのの名代じゃ」

岡田どのは、ニコニコしながら説明している。俺は再び皆に頭を下げた。


同族の岡田七郎右衛門が口を開く。

「で、我等は何をするので」

「鳴海を調略する」

皆が一斉にざわめき出した。…ああ。言っちゃったよ。当たり前だよねえ。


岡田どのはニコニコしたままだ。

「策は左兵衛どのが考えるゆえ、我等は左兵衛どのを助け、監物どのに恩を売ろうではないか」

皆はまだざわついていた。その空気を代表するように岡田七郎右衛門が再び口を開く。


「調略するのは良うござる。が、何かあれば戦うのは我等岡田の者にござる。後詰めが無うてはちと厳しゅうござるぞ」

それを聞いて直教どのが、心配ないわいと笑った。

「鳴海が余計な事をせぬように我等も策を巡らすだけよ。ただ見張っておるだけでは詰まらぬであろうが。調略出来ればよし、出来ぬなら出来ぬで、今まで通り大人しくしておればよいだけよ」


 岡田七郎右衛門はやはりまだ心配なのか、

「 されど、陥とせなんだら何かお咎めがあるのでは」

と再び訊く。

「ガハハ。大殿は今、清洲方と戦の最中じゃ。この戦を潮に守護代どのを討とうとなさるであろう。

後ろで今川にこそこそされては敵わぬ。その為に左兵衛どのが来られたのよ。

こそこそさせぬ為に、こちらがこそこそするのじゃ。いつまでに落とせとも云われておらぬ。何のお咎めもないわい」

岡田どのは皆を見渡す。皆一応は納得した様子だ。


俺たちも一緒のこの席で、岡田どのがわざわざ一席ぶったのは、皆を納得させる為でもあるけれど、ある意味俺たちへの脅迫だ。


当たり前の事なんだけど、


手伝いはする。が、責任はそっちで持てよ。


という事なのだ。星崎城の任務は国境監視。わざわざ敵に手を出す必要はない。


 俺も逃げるつもりはないけれど、こうまで言われたら、失敗した時は「全責任は俺にあります。岡田どのは関係ありません、手伝ってくれただけ」と言うしかない。


…もう少し経ってから、皆に言うつもりだったんだけどなあ。

これは、計画だけでも何とかしないと本当にまずいな。







「なんということを。若は気でも狂われたかっ」

那古野城の大広間で、平手中務が大声をあげている。林秀貞も苦い顔をしていた。

「仕掛けて来たのは守護代にござりまする。致し方ないのではござりませぬか」

吉兵衛が庇うように言う。


「馬鹿を申せっ。清洲の田畑に刈田のうえ火を放つなどと、守護代どころか守護様まで敵に回すわ」

「いずれは戦わねばならぬが、これではのう」

林秀貞は天井を見る。

「若旦那さまが守護代より直に訊いておりまする。守護代は大殿を挟み撃ちに致そうと、死んだ山口教継と示し合わせておったのでござりまする」

「もうよい、下がれ」

「…はっ」


「中務どの」

「何でござる」

「やはり若ではまずいのではなかろうか」

「ござるかの」

「守護様が動けば、岩倉の守護代も敵に回してしまいまするぞ」

「しかしのう…信行さまでは清洲の思う壺じゃぞ」

「四面楚歌よりマシにござる」






「今頃秀貞と爺は青くなっておろう」

大殿は大笑いだ。

「されどもう後戻りは出来ませぬゆえ、引き締めて行かねばなりませぬ」

「そうよの。ところで五郎右衛門、鳴海の方はどうなっておるか」

「まだどうにも。星崎に向かったのは、我等が稲葉地に向かった時と同じゆえ」

「…言われてみれば、そうじゃな。左兵衛に、何をさせるつもりなのだ」


 「鳴海の調略にござる。…というても、今川の動きを見る為に、星崎にそれがしの目になる者を置きたかっただけにござりまする。出来ぬが当たり前、調略せよと申しておけば、鳴海城や今川から目を離す事はありますまい」

「なるほどのう」

まもなく那古野に着く。

これから先、守護代にどう当たるか。大殿が心配だ。

自らの判断の甘さが原因とはいえ重臣を三人も討たれ、大殿に意趣返しの機会を狙っておろう。まだ坂井大膳も居る。気をつけねば。







 この曲輪は、弓矢の材料となる竹を植えていたことから、笹曲輪と呼ばれている。俺たちの部屋があるのもここだ。

俺は、3日に一度は城の外に出て、遠乗りをしている。部下にもそれぞれ何かをさせていた。

平井信正は、城をくまなく見てまわっているし、服部小平太は相変わらず槍をしごいている。

寺を出て間もない植村八郎は、乾作兵衛に刀や鑓の扱い方を習っている。

長谷川橋介はいつも俺と一緒だ。

馬廻りのつもりらしい。

なぜ遠乗りをしているのかというと、付近の地形を知る必要がある、と思うからだ。

鳴海城の岡部親綱という人は今川家に古くから仕えている岡部家の人で、今川家からすれば、裏切る心配の無い、いわゆる譜代の家臣だ。

その親綱の息子・元信は、俺の知っている桶狭間の戦いでも、今川義元が死んだあとも鳴海城に篭って徹底抗戦している。


 そういう人が鳴海の在番として入っている、ということは、調略しようにも地位や物欲では釣れない、ということだ。

釣れたとしても、成功したら現在の地位より高い地位、広い領地をやるしかない。でも、そんな余裕は今の信長にはない。

偽の約束で寝返らせ、殺すのも下策だ。そんな事をしたら、今後調略の手段を取りづらくなる。殺される、と疑念を抱けば、いくら餌を吊り上げてもそれに食い付く人はいなくなる。


 寝返らせるのが難しいとなれば、敵をだまして城を盗るしかない。どう騙すか。

騙すには最低でも1回はまとまった数の兵を出さねばならないだろう。そして、その最低の1回で成功させなければならない。

こちらの後詰めは期待できないけど、相手はいくらでも後詰めを出せるからだ。策を見破られ失敗したら星崎城などあっという間に落とされるだろう。

失敗したら、俺は腹切り確実だ。岡田家も無事では済むまい。

信長に怒られるのではなく、今川にコテンパンにされる、という意味で。騙し討ちにいい手はないかなあ。


 「鳴海の城には、兵はどれくらいいるんだろう」

鳴海城の大手門が見える。城の周りには街道沿いに人家も見える。村と町の中間…って感じかな。

眼がいい、って素晴らしい。

「それがしが行って見てきましょうか」

「え?」

長谷川橋介は編笠を外し、下袴を取ると、単衣に下帯、褌に草鞋という姿になり、近くの泥の中に入った。

「な、何してるんだい」

「百姓に化けておるのでござる」

泥から出て再び編笠をかぶると、

「ここで待っとってくだされ」

と言い残し、鳴海の方に駆けていった。






 「無事のご帰着、祝着にござりまする」

平手中務の表情は、硬い。

「おう。疲れたわ。鬼柴田は、やはり鬼であったわ、カハハハ」

「清洲で刈田をなされたそうでござりまするな」

「それがどうした」

信長は表情を変えぬまま、濃姫に具足を外させている。


 「守護代どのはともかく、守護さまも敵に回すおつもりでござりまするか」

「だとしたら、何とする。…濃、あとは俺でやるゆえ、奥に行って居れ」

濃姫は、ほどほどに、といいながら下がって行った。

「爺、何が云いたい。今日は聴いてやるわ」

いつもの様に横にはならず、上座に腰を下ろす。

「守護さまも敵に回して、どうなさるおつもりか」

「知れたこと。俺の敵になるなら討つまでよ」


 「守護様を討つなど、恐れ多き事にござりまする。お止めくださりませ」

「止めぬ。今はまだ討てぬが、いずれ討つ」

「若」

平手中務は信長から目を逸らさない。


 「爺」

「何でござりましょうか」

「守護とは何ぞ」

「その国の大寄親、大名主にござりまする」

「そうよ。その大寄親が何ゆえ守護代ごときにいいようにされておるのか」

「代を重ねるうちに根本を忘れ、家の子を見ず、寄子を見ず、国人を見ず地下人を見ず、おのれの事ばかり見るようになったからにござりまする」


 「そうよ。そして国も見ぬようになった。家臣同士、家同士、権を争い利を争い、守護が是と言えば是に付き、否と言えば否に付く。国中の家がそれに振り回され、国人百姓、地下人までが相争う。守護代は守護の威を嵩に来て、その真似をする。それは正しき事なのか。恐れ多いと目をつむって、知らぬふりして仕えていかねばならぬのか」

信長の悔しさと怒り、哀しみが言葉にこもっていた。握り締めた拳が、震えている。


「…否、にござりまする」

「否であるのに、何ゆえ恐れ多いのか。答えよ」

平手中務は答えられなかった。目を閉じた。涙が溢れそうになる。平手中務は思わず平伏していた。


…大きゅう成り申したなあ、吉法師様。


 「いちいちご尤もにござりまする。が、それでも恐れ多いと言わねばなりませぬ」

平手中務は顔を上げた。


 「守護を否と認むるは、それ即ちその守護を任じた足利将軍をも否と云う事にござりまする。征夷大将軍は氏の長者、武家の棟梁にござりまする。

その棟梁に足利を任じたは、この日ノ本の最も尊きお方にあらせられまする。守護を否といい、足利将軍を否という。そして尊きお方も否となれば、若は一体どうなさるおつもりか」

 平手中務の言う事は飛躍しすぎていた。

信長は帝を否定したいわけではないのである。それは平手中務も分かってはいた。が、信長を諫めるには、こう言うしかないと決めていた。 



 信長は大きく息を吸い込む。


「…判った。済まぬ、爺」

信長は深々と頭を下げた。

「分を弁えぬ放言、ご容赦くださりませ」

平手中務も額を畳につけて平伏する。


 「よい。屋敷に下がって今日はもう休め」

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