企み
「おーい」
「なんじゃあ」
見張とおぼしき足軽が顔を出した。
「ここを通らせて貰うてもよろしゅうござりますかあ」
大高道が曲輪に取り込まれて居る…そういやこの曲輪は前は無かったのう…空堀を穿ち柵を巡らしただけだが、やたらと広い、溜まり曲輪か。
「通ってもよいが、何処へ往くのだ」
「田を耕す馬が逃げてのう。お侍さま、見なんだか」
「見んのう…まことの話かえ」
「まことじゃ。馬が居らんと新しい田が耕せん。借りた馬なんじゃ、探させてくだされ」
「ふむ、難儀よのう。少し待っとれ…おい、この者を見張っとってくれ」
違う足軽が出てきた。間抜け面じゃの。
「お侍さま達は今川侍か」
「そうよ。鳴海が今川方になったのを知らんのか。ヌシはどこの者じゃ」
ちっ、間抜け面の癖に聞く事は細かいのう…。
「笠寺じゃ」
「笠寺といえば織田方ではないか」
「鑓を下げて下され…今川であろうと織田であろうと、年貢を納める先が変わるだけ、儂等には関係ないわい。早う馬を探させてくれ」
「そうか…儂も国に帰れば百姓じゃ。済まんのう」
…こちらこそ済まんのう。
「星崎にはどれくらい兵がおるか、知っとるか」
「二百五十ほどではなかったかの」
「ほうか。ワシらは四百よ。織田方も二百五十じゃ何も出来んの。早う村に帰りたいもんじゃ。稲刈りの支度をせんと」
…おい、泣くな…さっきの足軽が戻ってきた。おや?なんで馬を連れとるんだ?
「頭に聞いてみたが、こっから先には行かせられんのだ。代わりにこの馬を持ってってくれ」
「有り難いが…よろしいので?」
「主を失うた馬じゃ。余計に置いておけんから、皆で食うとこじゃった。貰うてきたゆえ、連れてって使うてやってくれい」
「あ、有り難うごぜえます。これで田を耕せまする」
「また、逃げられんようにの」
足軽は手を振って送ってくれている…。
橋介は大丈夫かな。昼寝でもしようと思ったけど…敵の真ん前で寝転ぶ度胸はちょっと…お、戻ってきた。
「遅うなりました。馬を呉れました」
橋介は苦笑する。
「…何で?」
「逃げた馬を探しに来たふりをしたのでござる…鳴海勢は四百。大高道を取り込んで新しい溜まり曲輪が新しゅう作られてござる」
「溜まり曲輪か…よくやった、では帰ろう。折角呉れたんだから、その馬大事にしてやれよ」
橋介の顔がパッと明るく輝いた。やっぱり馬乗の侍には憧れるんだろうなあ。
「物見に行って、敵に馬まで貰うて…橋介、よかったの」
小平太が羨ましそうな顔をしている。
「ヌハハ、そう物欲しそうな顔するな小平太。ヌシにも貸してやるわい」
「要らん!」
小平太たちは星崎衆と車座になって、橋介の物見話を聴いている。
「…それで左兵衛どの、算段がつきましたか」
「岡田どの…どうやら策が成りそうにござる。安堵なされよ」
頼みまするぞと俺の肩を叩いて、岡田どのは車座に戻って行った…本当はまだ全然なのよ…母屋に行き夕餉を貰う、今日は雉の味噌焼き、めっちゃ美味そうだ……相手は四百、こっちは二百五十。ああ、何か手はないか。しょぼくれて居ると、平井信正が膳を持ってこちらにやって来た。俺の顔を見て苦笑していた、察したらしい…ちょっと訊いてみようか。
「こちらが兵を出せば、向こうも出すと思うかい」
「出すでしょう。三河に後詰めの催促も行くでしょうな」
「だよねえ。まずいよねえ。繋ぎを絶たないと」
「鳴海の向こう側に、扇川が流れております。真ん中に洲があって、大高道を断つには格好の場所にござる」
中洲か。城の反対側じゃ、どうやって行けばいいんだ?
「連中を誘き出すにはどうすればいいかな」
「まもなく稲刈りの時期ゆえ、刈田働きが一番でござろうな…その自然薯、食わぬならワシに下され」
「あ!…じゃあ、鳴海の後ろを断って、うまく誘き寄せてその隙を突けば、城を乗っ取れるかな」
「無理にござりまする…鳴海城の目の前は海でござらんか。海から大高城に使いが走れば、兵の二百や三百、すぐに飛んで来ますぞ」
海を忘れてた……美味かった、そのまま母屋で寝ころんでいると、岡田どのがやってきた。俺に来客だという。
「左兵衛どの、桔梗屋春庵と申す者が参ってござる。知っておるか」
「春安どのなら知り合いでござる。通して下され」
気分転換には丁度いい。何かあったかな?
「お久しゅうございます。恙無うされておりまするか」
「おかげさまでね。そういえば、三郎様の戦はどうなったんだい」
「松葉、深田の城を取り戻し、柴田さまが坂井甚介を討ち取りましてございます。そのまま清洲に進み、田畑を焼き払ったそうにございます」
やるなあ信長…って、それじゃ守護に反抗してる様なもんじゃねえか…若旦那も大変だろうな…。
「で、今日はどうしたんだい」
「以前仰せになられた、種子島の件にございます。都合百挺、お持ちしました」
「百挺!?そんなにいいのかい?」
「その都度その都度数が有るとは限りませんので、先にまとまった数をお持ちしました」
「本当に助かるよ。どこの鉄砲なんだ?」
「近江国友にございます。伊勢の安濃津より舟で運び込ませました」
舟…?伊勢安濃津…そうか!
「春庵さん、海賊衆に知り合いはいるかい?」
「彦五郎も思い知ったであろうよ」
「ですが父上、田畑を焼き払ったのはいささか」
「良い良い。あれくらいせねば、彼奴には分からぬわ」
斯波義統は上機嫌である。守護代織田信友の増上慢な態度には、怒りと共に憎しみすらある。
「義銀、いっそ上総介を下四郡の守護代にすればどうかと思うが。如何かの」
「父上、あの上総介、三郎信長は若うござるが、虎にござるぞ。彦五郎などよりよほど危のうござりませぬか」
息子の義銀は冷静だった。
野の虎に餌をやるなど、こちらの腕まで喰われるわ。父上、腕だけでは済まぬかもしれんのだぞ。
「一間半の柵木を三十本、一丈の垂木を三十本、赤の幟を二十旒、巻藁を五十。…一体何に使うので」
「まだ言えませぬ」
岡田どのは不審な顔をした。
「我等が信じられぬと」
「万が一を期すのでござる。まだ云えませぬ」
俺の表情に驚いた岡田どのは、
「分かり申した。我等は与力にござる、下知に従いまするゆえ何なりと。されど、潮が来たなら屹度、頼みまするぞ」と言って頭を下げた。
「馳走有り難く。では早速。明日より二日に一度、鳴海で刈田働きをやってはくれませぬか」
「刈田を」
「はい。馬乗り十人ほどでようござる。頭には長谷川橋介を付けまする」
「しかし、それでは刈田になりませぬぞ。それに、鳴海勢が出てきたらひとたまりも」
「戦いません。出てきたら引かせまするゆえ」
「されど…分かり申した。で、いつまで」
「敵が出てこぬようになるまで、でござる。」
「はっ」
「それと、先ほど頼んだ物は、夜半、気取られぬよう遠回りで扇川、鳴海の上流に毎日少しずつ運ばせて下され。乾作兵衛と植村八郎を付けまする」
「…なるほど。楽しそうにござるな」
岡田どのにも少し見えてきたらしい。笑っていた。
ここは星崎城近くの漁村。春安と待ち合わせだ。
お。船が見えた。一、二、三…十艘か。充分だ。
その内の一艘から、男女の一行が降りてくる。春安もその中にいた。
あれ。具足を着けてる。
「お待たせしたようで」
「いや、俺もさっき来たばかりだよ。で、そのお二人は」
「志摩の国衆、九鬼定隆どのの嫡男、藤三郎どのと、その姉君、お蓉どのにごさいまする」
え。嫡男つったって、まだ子供じゃねえか!…お蓉姉さんの方は、…うむ、うむ。
「お初にお目にかかる。大和左兵衛尉一寿にござる」
俺が会釈すると、子供が前に出る。やたらと態度がでかそうだ。
「九鬼の、藤三郎嘉隆じゃ。これでも船頭、姉どのは大船頭じゃ」
「蓉にございます。春安どのと大和どのの企み、いえ、商いに一枚噛ませて頂けますそうで」
自分の胸に手を当ててそう言うと、蓉姉さんは軽く片目を瞑ってみせる。
…女海賊。…うむ。うむ。
「商いねえ。春安さんからどう聞いてるんだい」
「ひと戦百貫で雇って頂けると。戦の無いときは春安どのの船商いを手伝う、と聞いております」
「ひと戦百貫!?…それは」
高くない?
「この藤三郎にも船戦の手習いをさせねばなりませぬし、大船頭とは云え、女のわたくしは志摩に居辛うてなりませぬ。それゆえこちらに」
「なるほどねえ」
「藤三郎は嫡男ゆえ、この戦が終わりましたら志摩に戻りまするが、わたくしはこちらに残りまする」
「よろしく頼むよ」
これで準備は整った。
鰯雲が空高い。朱鷺が飛んでいく。
この時代は、美しいなあ。
さあ、やるか。
長谷川橋介と馬乗り十騎が駆けて往く。




