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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
20/116

掛かれ柴田、鬼柴田

「深田城と松葉城が取られた。やったのは坂井大膳。その上松葉城の信次叔父はやつらの人質よ」

三郎様はいつもの通り、ゴロンと横になったままだ。


「守護代どのの指図であろうか」

佐久間半助が言う。

「半助どの。そうではあるまい」

と俺の親父、平手中務が苦い顔をしている。

「では」

「坂井大膳が勝手にしたことよ。鳴海、大高、沓掛とぽんぽん取られて、我等が目を回しておるうちに、とでも思うたのであろ」

林秀貞が笑いながら柴田権六の方を向いた。


「そうであるか、柴田」

大殿も笑いながら柴田に問いかけた。

「で、ござりまする。今朝早くから勘十郎様の元に、守護代どのからの書状がござった」


「なにゆえ守護代どのは大殿にではなく、勘十郎さまの元へ書状を遣わしたのであろうな」

佐久間半助が柴田に詰め寄る。

「それは…」

「筋違いであろう。柴田どの。書状を受け取るなど、お主が付いて居りながら、なにゆえ勘十郎さまをお諌めせぬ」

俺の親父が、更に詰め寄った。


「皆やめよ。権六を責めるのも筋違いじゃ」

皆平伏する。


「その場に権六がついて居れば、受け取らずに使者をこちらに回したであろう。勘十郎も守護代どのの使いを無下に断れなんだのよ。で、あろうが権六」

「さ…左様にござりまする」

一瞬、これは意外な、という顔をしながら、ほっとした様子でそう言った。

意外なのは皆同じだった。大殿が権六に助け舟を出すなどと。


「兵を出す。元々我等の城じゃ。守護代どのも、坂井を懲らしめよと言うて居ったそうな。名分は我等にある。夜半に出発。稲葉地に集まれ。これにて評定は終わりじゃ。段取りは稲葉地で決める」

「ははっ」


 皆退出し、大殿と俺だけになる。

「一気に守護所も攻められまするので」

「いや、まだじゃ。向こうは守護を擁しておるからの。そこはいずれ手を打つ」

「鳴海、大高、沓掛は、このまま捨て置かれまするか」

「山口教継は今川に討たせた。今はあれでよい。それとも何か手があるのか」

「いえ、今は何も。が何か隙があれば仕掛けてもようござりまするか」

「おう。今孔明に任せるわ」



 林秀貞、平手の親父どのは留守居。

出陣するのは、信長、織田信広、平手の親父どのの名代として若旦那こと監物久秀、佐久間半介、柴田権六、そして赤母衣衆である。

俺は…出陣はするが、清洲方面に行くわけではない。真逆の星崎城に向かっている。

星崎城主・岡田直教の与力として、三河方面の国境警備に着くのである。小平太達から非難轟々だった。


 「功名はどこへ」

「殿にやる気がないせいでござる」

等々。俺だって松葉城攻めに行きたかったけど…

「鳴海を見張れ。ヌシの目で見てきて欲しいのだ」

って言われちゃしょうがない。

岡田どのに、若旦那が呉れたこの手紙を渡せば、あとは上手くいく、という。今孔明こと我が若旦那には何か策があるようだ。



 

 「よう若殿。恙無くしておるか」

「信光叔父。久しゅうござる」

信光。織田豊後守信光。御先代様の弟どので、三郎様の叔父にあたる。

松葉城主・信次さまも御先代様の弟で、城が落ちたあげく人質になったと聞いて、守山城から加勢に来たのである。

 

 「百は連れてきた。少のうて済まぬのう」

「叔父御が居れば心強うござる。馳走忝く」

那古野勢は稲葉地の城に集まった。


 「攻め口を決める。まず萱津まで出る。清須口は俺と柴田権六。松葉口は信広兄者。三本木口は信光叔父御と佐久間半介。明けて辰の刻より同時に攻める。まだ時はある、馬には枚を含ませ、音を出すな。ゆるりと進め。四半刻前に着けばよい」

「かしこまってござりまする」

俺は赤母衣筆頭ゆえ、赤母衣衆と三郎様の下にある。権六どのが一緒とは心強い。

勘十郎さまの下に居るゆえ、皆にきな臭く見られておるが、味方は味方。色目は捨てねばならぬ。

…まもなく萱津。




 


八郎がふくれ面で聞いてきた。

「鳴海に何しに行くのでござりまするか」

「鳴海じゃない、星崎城だ。岡田直教どのの与力として、星崎に在番だ」

「いつまで在番にござりまするか」

「分からん」

それを横で聞いていた作兵衛は気の抜けた顔をした。

…わかるよ。監視じゃ手柄の立てようがないもんな。

俺もやり切れないよ。






 「放て」

一斉に矢が放たれる。向こうも矢を返してきた。我慢比べじゃ。

今日の戦、我等那古野勢は二千で清洲方を攻めている。清洲口は八百、松葉口は五百、三本木口は七百。

勝つことはあっても、負けることはなかろう。

相手の坂井大膳は、戦下手で知られておる。「逃げ大膳」と言われておるほどだ。

大殿は、守護代の云う通りに坂井大膳を懲らしめようとしているのではない。これを潮に、大膳を討ち取ってしまおうとしておる。

逃げてしまわぬ前に首を取ってこねば。

 

 「我慢ならぬっ。行くわい」

前田又左が飛び出した。朱鑓を振り回し、敵陣に向かって行く。たちまち足軽小者に囲まれる。

「又左を討たすなっ」池田勝三郎が遅れまじ、と手勢を引き連れ前に出て行った。

「殿…」

万見仙千代が慌てている。

「よい。彼奴とて己の尻は、己で拭けるであろう。しかし、又左や勝三郎はあれで無うてはな」

信長は笑った。

 

 「監物どの」

「なんだ五郎八」金森五郎八が側に来ていた。

「敵方の矢数が減っておりまする。長柄を出す潮かと」

「そうよな。五郎八。茂介と共に差引致せ。…吉兵衛」

「はっ」

「柴田どのに使いせよ。鬼柴田、掛かれ柴田の出番にござりまする、と」






 星崎城の皆は、俺達を快く迎えてくれた。

「大和左兵衛尉一寿にござる。岡田どのに与力せよ、と平手監物さまより仰せつかってござりまする」

「おお。今孔明殿のオトナどのじゃな。味方は松葉攻めをしておる最中というのに、わざわざ此処まで。ご足労をおかけする」 

岡田直教は俺に深々と頭を下げた。俺よりかなり年上だと思うけど、低姿勢な人だな。

「いえ、主命ゆえ致し方ありませぬ。ところで鳴海の今川勢はいかがでござるか」

「静かなもんじゃわい。まだ刈田ひとつして来ぬ」

刈田、というのは、前線で敵の田畑の農作物を荒らしたり略奪する挑発行為の事だ。作物の収穫時期、田植えが終わった時期にやられるので、かなりへこむし、かなり腹が立つ。この時代は機械などないから、田植え稲刈りは大変な重労働だ。腹が立つのも当然だ。


「左様でござるか。あ、これを」

俺は若旦那に貰った書状を岡田どのに渡した。岡田どのはサッと広げてそれを読む。

読んでいくうちに顔色が変わる。

「大和どの。ここへ着くまでに書状の中身をご覧なされたか」

「いや、何も」

「大殿の許しは得てあるゆえ、鳴海城を調略されたし、と書いてござる。力技もよし、搦手もよしと。仔細は大和左兵衛が知っておるゆえ、与力ではあるが、指図に従われたし、と」

……は??







 「長柄の者共っ。掛かれ掛かれっ。敵は弱いぞっ、掛かれっ」

掛かれ柴田が怒声を張り上げる。掛かれ柴田に勇気づけられてか、それとも鬼柴田が怖いのか、長柄足軽が突撃していく。



 「掛かれ柴田がでてきたわ。引くか」「そうよの」

清洲方は下がり始めた。が、まだ逃げるまでには至らない。

「引くな引くなっ。押し返せっ。人に知られた坂井甚介とは俺の事よ。我等を引かせたくば、俺の首を取ってからにせい。出来るかっ」

浅黄色に腹巻を威し、筋兜に一本独鈷の前立。得物は四尺三寸の大刀。清洲方の、剛の者と名高い坂井甚介だ。


 「出来るわいっ。その首貰うたっ」

掛かれ柴田の柴田権六が、坂井甚介に向かって行った。大金棒が空を切り、もんどり打って倒れかかる。その一瞬、瞬前までの柴田権六の頭の位置を、坂井甚介の大刀が袈裟に薙いだ。

柴田はそのまま地面を一回転し、その勢いで立ち上がり坂井甚介に居直る。

お互い笑う。

「名乗りをしとらんかったのう。末森城の鬼柴田、権六郎勝家とは俺のことよ。坂井甚介、此処は引いたがお主の為ぞ」

「引かぬ。主家に弓引くうつけ相手に引く訳無かろう」

「言うたなっ」「言うたわっ」大刀が一閃、避け損ねた柴田権六の大袖をザクリと斬った。

「まだまだっ」

大金棒を振り下ろす。坂井甚介は落ちてきた大金棒をスルリと流し、そのまま柄頭で柴田権六の胸を突く。


坂井甚介は、強い。







 見て来いとは言われたけども…調略とは。とほほ。

「大丈夫でござるか」

岡田どのが、俺の顔を覗き込む。

大丈夫じゃない、けどそうは言えんし。仔細は俺が、なんて書いてあるんじゃ、何も否定できない。

…考える時間が欲しいなこれは。

「驚いてはおりまするが、当てが無い訳ではござらぬ。書状には、これこれ何時までに調略せよ、と書いてござったか」

とりあえずこの場を凌がなきゃ。

 「そうは書いてはござらぬのう。が、このままいけば、与力するのはワシの方でござるの。出来る限りの事は致すゆえ、何でも申してくだされ」






 「小一郎、助太刀推参っ」

中条小一郎が柴田権六の助太刀を買って出た。坂井甚介は脇差を抜こうとしたが、小一郎に体当たりをかまされ、3人とも組んだまま倒れる。

「今じゃっ。首を」

中条小一郎は体重をかけた膝を、体ごと坂井甚介の右手首に乗せ、大刀をもぎ取ろうと必死になっている。柴田権六もすばやく馬乗りになり、「兜切り」と呼ばれる厚身の短刀を取り出した。

ずぶり、と坂井甚介の左脇に突き立てる。

「ぐ…うつけの…け、家来ずれに」


 「あの世で会おう。先に待っとれ」

兜切りを突き立てられながらも、坂井甚介はもがいていたが、やがてピタリと動かなくなった。首に兜切りを押し当てる。

「坂井甚介、討ち取ったり。潮は今ぞ、掛かれ掛かれっ」 

血まみれの柴田権六は、本物の鬼のようになっていた。


 「権六のおっさんが坂井甚介を討ち取っただと。ぬかったわ」

柴田さまが坂井甚介討ち取ったり、と触れてまわる味方の使番に一人文句を言いながら、前田又左はさらに馬を乗り入れる。

坂井甚介を失った清洲勢は、見事なまでに崩れた。

暴れまわる前田又左を追いかけて、池田勝三郎がさらに暴れまわる。



 信長は戦況をじっと見つめている。

「…仙千代、叔父御と兄者に使いを出せ。こっちはもうすぐ片付くゆえ、一休みしたらこのまま深田の城を攻める、そちらは叔父御と兄者、佐久間半介とで松葉の城を片付けて下され、とな」

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