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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
19/116

那古野にて

「教継どの。お主を斬らねばならぬ。何故かは、云わぬでも判るであろう」

「とんと判りませぬ」

山口教継は、青ざめて、本当に分からない、という顔をしている。

「ならば言おう。返り忠を狙うているのであろうが」

返り忠、とは、わざと敵対勢力に寝返り、その内部の情報を元の主君に送ったり、混乱させたりする、言わば二重スパイである。


「確かに誘うたのは我等じゃ。お主は我等につき、怒った那古野のうつけ殿は、赤塚まで攻めてきた」

「…」

山口教継は黙って聞いている。

「お主の伜は兵を引いた」

「囲まれて、手も足も出せぬようにされたからでござる。それに、始めから笠寺の岡部どの等が後詰めして下されておれば、勝てた戦でござる。我等のせいではない」


「確かにの。後詰めせなんだは失態じゃった、と御館様も言うておったわ」

「では」

「さらにお主は、大高、沓掛の城を調略した。見事な手際じゃ」

「後詰めが無うて勝てなんだとは云え、このままでは御館様の機嫌も損ねよう、と思うてやったまでにござる」


「確かに。されど今度は、うつけ殿は兵を出して来ぬ。鳴海を取り返そうと兵を出し、お主の伜を退がらせたものの、鳴海は取り返せておらぬ。勝ち戦とは云え、負けに等しい戦じゃ、さらに追い打ちをかけるように大高、沓掛じゃ。うつけ殿に余力がないのは我等も判る。が、裏切られ、取られっぱなしでは、うつけ殿の親族家臣が黙るまい。当主として、兵を出さねばなるまい。が、出して来ぬ」


「と申して」

「ここ駿府で、こういう噂が流れておる。赤塚の戦は、返り忠のためのまやかしの戦じゃ、と。大高、沓掛を取られても織田が騒がぬのはそのためよ、とな。山口教継はうつけ殿のまわし者と」

「うつけの流言にござる、騙されてはなりませぬ」


「確かに織田の放った流言、であろうの」


「では、なにゆえ」


「騙されたふり、をするためじゃ。いちいち合点がいきすぎる。流言なのは分かっておったわ。我等は三河を手に入れたばかり。その三河を固める為に、ちと時を稼がねばならぬ」

山口教継は震えていた。寝返りも、城の乗っ取りも、自家の勢力を保つためとは云え、今川のために本心からやった事だったのだ。

それを。


「身内を静める為の流言じゃ。こちらが騙されておれば、うつけ殿は攻めて来ぬ。万が一の為にも鳴海には岡部親綱を入れた。織田としては裏切り者を討つことが出来、我等は騙されておれば時を稼げる。誰も損せぬであろうが」


山口教継は立ち上がった。太刀は従者に預けてきた。脇差を抜く。


「おお。手向かうか。策が露見したまわし者の末路に相応しい。安心せい、この庵はすでに取り囲んである」

山口教継は見事なほどに狼狽する。


「斬る訳はもうひとつある。これから先、今川じゃ、織田じゃ、とふらふらされては叶わんからの。御館様もそう申しておったわ」


今川義元の軍師、大原雪斉禅師はそう言って、低く笑った。





「おお左兵衛か。久しいの」

俺は那古野の、若旦那の拝領屋敷に来ている。久しいの♪じゃないだろ!

「知行地の方は何とか上手くいっておりまする」

「ワシとお主だけじゃ。楽にせい」

「わざと言ってるんだよ。気付けよ」

「分かっておるわい」

若旦那はカラカラと笑う。

「このままじゃ俺が領主様って思われるぞ。たまには顔出せ」

「それでよいわい。今は半分じゃが、そのうち二千石ともヌシのものよ」

「なんで」

「ヌシがおるから、ワシは働けるのよ。しがらみばかり気にしての、思えばワシも小さき男であったわ」

若旦那は遠くの山を見ている。


「ヌシと会うまで、ワシはずっと塞いでおった。せきを守って暮らしていければそれでよい、と思っておった」

「…」

「正直、戦も好かん。ワシが死んだらせきはどうなる。いずれは平手の家も継がねばならぬ。世の中が嫌でたまらんじゃった」

「そうだったのか」

「三の山の近くでヌシと会ったとき、ヌシはこう言うた。俺の生きていた、未来の世の中では、戦などない、と」


え。そんな事言ったかな。


「武士の子孫は沢山居っても、武士は居らぬ、戦もない、とな」


あの時か。何話したか覚えてないな…斬られる寸前、テンパり寸前、だったからなあ。なんか言ったかもしれん。


「その時、大殿が童の頃に言うた事を思い出したのよ」

「信…大殿は何て言ったんだ」

「人は皆死ねば仏、死ねば灰じゃ。仏は喧嘩も戦もせぬ。死ねば皆同じなのに、なぜ生きとる内は喧嘩も戦もするのかのう。仲良う笑うて暮らせんのか、と」

…意外だった。信長がそんな事を言うとは。


「若様、若様言われとっても、殿様も百姓も乞食も、死ねば皆同じ。今から仲良うして何が悪い、とも言うておったわ」

「若旦那はそれに何か言ったのかい」

「人が人より欲をかけば、それだけで戦になる、と大殿に申したわ」

「そしたら?」

「日の本で一番強うなって、戦をするなと言えば、戦は無くなるか、と」

…なるほど。ちょっと違う気もするけど、戦いを無くす手段には違いない。

それで天下取りを目指してたのか。


「ヌシは戦のない世の中を知っておる。大殿の言葉を思いだし、ヌシを知り、仲良くなれば、大殿の役に立てるかの、と思うての。武士が無くなるのはちと困るが、戦のない世の中が早う来るかも知れん、とな」

「そうだったのか」

「何でも話せる友が欲しかったのもまことよ。今まで言わなんだのは、この通りじゃ」

若旦那は頭を下げた。

「いいよ。どこまで役に立てるかは分からんけどな」

「今孔明の一の家来じゃから、今馬謖か」

「馬謖じゃ斬られちまうだろう。一回斬られかけてるんだから、やめてくれ」

顔を見合わせて笑っていると、吉兵衛がきた。

こいつと会うのも久しぶりだ。


 「なんだ、吉兵衛」

「大殿よりの使いがござりました。城に来てくだされ、これより戦評定が始まりまする、と」

「どこと戦じゃ」

「そこまでは。ともかくお急ぎを」

「ヌシも来るか」

「俺も?」

「吉兵衛は福富に使いせよ。左兵衛の家の者共に、戦支度をさせよ」

「はっ」

返事と同時に吉兵衛は走り去ってしまった。

「俺は別に行かなくてもいいんじゃ…」

「つべこべ言うな。来い」




那古野城に来ると、戦評定が始まった。俺はいつもの控えの間ではなく、武者溜まりに通された。ちょっと待遇が上がっている。キョロキョロしていると派手なやつが話かけてきた。

「お前が今馬謖か」

今馬謖…若旦那め。皆に吹いているな、あの野郎。

「何でござるか」

「何でござるか、だとよ。馬謖ってのはな、斬られちまうんだよ。めでてえ野郎だ」

やたら派手な格好。伸ばしっぱなしの髷。人を人と思わない態度。…だれだこいつ。

「…どちら様で」

「前田又左衛門様だ」

…こいつが前田利家か。いかにも乱暴小僧、って感じがするな。


「おお、あなたさまがあの鑓の又左どのでござるか、なるほどなるほど。お噂はかねがね」

俺にそう言われると前田又左衛門は、まんざらでもない顔をする。

「お、おう。分かってればいいんだ、分かってれば。今馬謖…ではない、大和どの、以後お見知りおきを」

ペコリと頭を下げて、どこかへ行ってしまった。

なんなんだ、あいつ。

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