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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章

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18/119

決別

 一大事にござりまする、と慌てて入って来た平手中務を尻目に、信長は濃姫に腰を揉ませて夢見心地になっていた。

「五月蝿いのう…どうした爺」

「お方様も居られましたのか、これは失礼…三郎様、大高と沓掛が今川方に付いたげにござりまする」



 若旦那は全然戻って来ない。たまに那古野にも行くのだが、全く会えない。

本当に俺に任せっきりなのねえ…まあ、実際に所領を見てくれているのは春庵さんなんだけどさ…たまに吉兵衛は戻ってくるから、まったく音信不通ではないけれど、顔が見れないというのはちょっとねえ。

 しかし吉兵衛からとんでもない事を聞いた。大高、沓掛の城が乗っ取られたらしいのだ。しかもそれをやったのは先日の戦いの相手、山口教継らしい。調略ってやつだ。

結構やり手なんだなあ。陣触れがかからないところを見ると、今はさほど重要じゃないのか、余裕がないのかのどちらかって事だろう。


 "鳴海城にも今川の岡部左京進というお方が入ったそうでございます"


岡部左京進…?確か、徳川家康と武田勝頼が戦っていた頃、武田方の高天神城の守将だった岡部元信の親父だ。戦っていた頃といっても今からあと三十年くらい先なんだけど…親父も息子も城番やるような家柄……鳴海、高天神…どちらも国境の最前線だ。

譜代のやり手という事か…?


 「今回召し抱えた皆様、どうでございましょうか」

「いいね、本当に助かったよ」

平井信正、服部小平太、そして植村八郎に乾作兵衛。まだ少ししか接していないけど、みな優秀な人達だ…本来なら俺や若旦那の下にいる人たちではない。史実で彼等が仕えた人達より、俺の方が先に召し抱えただけ…うーん、何か妙な気分だ。

俺の知っている歴史なら、服部小平太は桶狭間で今川義元に一番鑓を付けた人、乾作兵衛は幕末の乾退介、後の板垣退介のご先祖様だったな、確か。

 俺という存在のせいで、確実に本来の歴史とずれが生じている。というか、若旦那が加増されて赤母衣頭という時点で既におかしい。俺と若旦那が出会ったせいで、何かが変わったのか?とすれば、もう俺の生まれた未来とは繋がっていないんじゃないか?


 乾作兵衛の子孫、板垣退介は幕末の土佐潘の出身…藩主はこの辺の出身の山内家だから分からなくはないけれど、服部小平太は本来なら信長に仕えている筈だろう?もう今川義元に一番鑓を付けられるかどうかも分からないぞ…って、じゃあ桶狭間の戦いが起こるかどうかも分からないって事になるのか?

困った。これは困ったぞ…自分が生き残る事ばかりを考えて、歴史が変わるという可能性をすっかり忘れてた。考えてみたら、後世の俺に証を残すという事は、俺の名前が歴史に残る、って事になるんだもんな…俺のせいで手柄を立てられなかったり、逆に手柄を立てたりする人が出てくる、という事も考えられる…うーん…。

「どうかなさいましたか」

春庵さんが心配そうに俺の顔を覗きこんでいる。いやあ、考えれば考えるほど堂々巡りだ。

俺は未来の人間…という意識はもう捨てなくちゃいけないのかな…ダメだ、屋敷に戻ろう。

「春庵さん、今日はこれで戻るよ」

春庵は妙な顔で俺を見送っていた。



 「お帰りなさいませ」

「おう」

出迎えに出て来たのは服部小平太だった。今まではせきが出迎えてくれたのだが、最近は彼等のうちの誰かが俺の出迎えをやっている。


"外向きのことは我らがやりまするゆえ、ご内儀は内でゆるりと手習いでもしておいてくだされ"


という事らしいけれど…てか何でせきは否定しない?ご内儀って呼ばれて顔を赤くするのはやめろ!

これじゃ主の夫人と家臣の微笑ましいやりとりじゃないか…お前達の人生で悩んでるんだぞこっちは…

脱力MAXだ、まったく。

「殿、何か御用はごさりまするか」

「…いや。八郎はどこ行った?」

「作兵衛と川に魚獲りに」

「では信正は?」

「資治通鑑を読んでおりまする」

資治通鑑だと?あいつそんな物持ってんのか…まあ元々京のお公家様らしいからな、写本くらい持っててもおかしくないか。

八郎は三河の鳳来寺ってとこにいたお坊さん見習いのガキ大将だし、本当に色んな人連れてきてくれたなあ…。

「…皆を集めましょうか」

「いや…思う様にやってていい」

「左様にござりまするか…では」

そう一礼して小平太は鑓を手にした。どうやら朝から鑓をしごいているらしい。


「あ…殿」

小平太が再び俺を呼び止めた…殿か、慣れないな。なんか恥ずかしい…。

「そういえば、長谷川橋介なるものが来て居りまする」

「誰だろ。知ってるか?」

「確か、長谷川与次どのの弟御にござる。裏手に待たせて居りまする」

長谷川与次?知らないな、まあ会ってみるか……おお、中々のイケメンじゃねえか…。

「長谷川橋介にござりまする。お見知りおきを」

橋介は膝をついて深々と頭を下げた。

「大和…左兵衛だ。何か用かい?」

「召し抱えていただきとうごさりまする」

…え?

「桔梗屋どのに話を聞いて、こちらに参りました…出世功名思いのまま、とか」

…出世功名思いのまま?本当にそうなら凄いんだけど…何て事言うんだよ春庵さん…。

「赤塚の戦にも出ておりました。召し抱えて損はさせませぬ、仕官の儀、何卒宜しゅうござりまする」

「…いいよ。これから宜しく頼む」

仕官させたぞ、なんでそんな顔…あら、あっさりやり過ぎた?

「あ…有り難き幸せにござりまする!身命を賭してご奉公致しまする!」

そう鯱張らんでいい、ほら、立って立って…。


  ひえ、あわ、麦、白米…雑穀米か、めっちゃ健康によさそうだ…それに吸い物とお漬物。メインは作兵衛と八郎が獲ってきた、鮎の塩焼きがどっさり…うん、中々充実した食生活だよなあ。頂きます!

「殿は何と云うかその…殿らしゅうござらぬ」

と思い切った様に、一番の年長者の平井信正が切り出した。

「そうかな?」

「如何にも…我等に優しゅうござる」

今度は乾作兵衛だ。服部小平太も植村八郎も、うんうんうなずいている。殿ねえ…殿なんてメールの文中でしか呼ばれた事ないしなあ。偉ぶればいいのか?

「俺もこないだまで只の馬廻だったし、まだ慣れてないんだ。それに…家の子郎党は、家の宝っていうじゃないか。大事にするのが当たり前だ」

どうだ、殿っぽいだろう?……皆固まってる、どうしたどうした!?皆箸置いて、一体どうした?

「心優しきお言葉、忝のうござりまする!我等一同身命を賭して、たとえ天地が返ろうとも殿についていく所存!我等が働き、お見届けなされませ!」

服部小平太が大声でそう言うと、皆が一斉に俺に向けて平伏した。せきも驚いたのか、一緒に平伏している……主従の誓い、か。本当に殿、だな…。

「ありがとう。皆改めてよろしく頼む」


 俺は庭で月を見ていた。何度目の満月だろう。家の中は賑やかに酒盛りが続いている。皆楽しそうだ、せきも大笑いしている…。

多分もう、俺の知っている歴史じゃない。似ているけれど少し違う流れが生まれたのだ。

 出会った人や召し抱えた彼等に対して、俺には責任がある。本来の歴史とは、違う立場に立たせてしまった責任…彼等はそれを知らない。知るはずもない…この時代は俺を受け入れたのだろう。そして出会いが生まれた。憧れた信長、友になった平手五郎と召し抱えた五人、そして、せき…特に、召し抱えた者達は力を合わせて俺の為に命を賭ける。そして、俺に自分達の希望を託すのだ。

彼等の為にも覚悟を決めよう…上に立つ覚悟、死なせてしまうかもしれない覚悟。そして未来とは繋がっていない歴史を作る覚悟…。


未来の俺よ、さようなら。

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