新たな動き
昨日は飲みすぎた。この時代の酒ってよく進むんだよなあ。痛てて…ってよく寝床に入れたな…お、煙草盆と煙管が用意してある。そういえばこの時代に来てからいつの間にか禁煙生活になってたっけ。どうやって吸うんだこれ。
「こうやって使うのでございますよ」
あ。ありがと…せきは手際よく火をつけると、旨そうに一服、二服…ってなんでお前が煙草吸うとるんじゃい!…ってなぜ同じ床の間で寝てるのよ!
「あ、申し訳ございませぬ」
と煙管を俺に返す…何歳からが大人とか、女の人の煙草は見苦しいとか、そういう決まりも偏見もないんだったな。
「お目覚めにございますか」
桔梗屋春庵が襖の向こうから声をかけてきた。
「おはよう。よく眠れたよ。今日からさっそく動いてくれるのかい」
「左様にございます。尾張、三河、駿河、美濃…様々な国に使いを放ちます。使いは先ほど出立致しました」
「この辺とか福富の人じゃダメなのか?」
「ダメにございまする…一から備をお作りになるとすると…この辺りで名のある方、その倅の方などは既に那古野のご家来衆になっておりまする。残るは木っ端侍か百姓町人の次男坊…足軽ならともかく、隊伍の頭となると…」
うむ、正論だ。指揮官を探してくれるって事か。春庵のドヤ顔はまだ続く。春庵にとってはついで、なのだそうだ。諸国の物流、人の流れを調べるついでに人材探しという事らしい。
「ありがとうございます」
「でもよくそこまでしてくれるね」
「せきの為にございます」
「せきの為?」
「はい。せきは私にとっても娘のようなもの…平手の若殿が信じ、せきが好いた殿御にならば、金などいくら使うても惜しくはありませぬ」
…あらら。知ってたの。せきを大事にしてくれよって事ね…でも同じ床の間に布団敷く事ないでしょうに…。
三郎様の元へ柴田権六が来ている。彼奴は末森城に居られる三郎様の弟君、勘十郎様のオトナだ。那古野に来るなど珍しい事もあったものよ。
「若殿におかれましてはご機嫌麗しゅう…」
「心にも無い事言わずともよいわ。用向きはなんだ」
「お人払いを」
「よい、五郎右は赤母衣頭じゃ。聞いておったがよいわ」
「…そう申されるならば。では他のオトナにも聞いてもろうた方が」
「内藤は赤塚の時の傷がまだ癒えぬし、平手爺は山科卿のお相手。また金をせびりに来てのう。林と佐久間は、信広兄者、信時と鷹狩りじゃ」
「左様でござりまするか…」
柴田権六は苦虫でも噛んだ様な顔をしている。本来なら密談で済ませたい話なのだろう。
「守護代が末森に来られて…清須の坂井大膳どのが、ちと五月蝿いと申されました」
坂井大膳…清洲の守護代、織田信友の重臣で、守護又代である。守護の代理が守護代、そのまた代理ということだ。
「坂井づれが、何ぞ企んで居るとでも云うのか」
「そうは申されて居りませぬ。ただ、五月蝿いと」
「フン…そう申されたとて、大膳は俺の家臣でも何でもない。守護代が自分でどうにかせねばなるまいが」
「…守護代どのに恩を売っておけばよいかと」
柴田権六は暗い目でそう言った。
守護代織田大和守家。我ら織田弾正忠家はその奉行に過ぎない。弾正忠家は先代の信秀様のときに勢力を伸ばし、主家を凌ぐ勢いとなりつつあった。
そしてその事が織田大和守家の内部で坂井大膳の専横を許す原因ともなった。
“守護代ともあろう者が分家筋の束ねも出来んのか、ならば俺がのし上がったとて悪いいわれはあるまい”
大和守家当主、彦五郎信友は尾張国下四郡の守護代である。だが、分家、家臣に好きなようにされている可哀想なお人でもあるのだ…三郎様はそっぽを向いている、鼻くそをほじる癖はそろそろ止めてもらわねば…。
「なぜ俺がそんな事せねばならん。勘十郎がやればよかろう」
皮肉である。柴田権六とて好きで三郎様にすがっているのでは無かろう…しかし彦五郎自身が、勘十郎様の末森城に来てまでそう云うのでは、遠まわしに『坂井大膳を懲らしめよ』と云うたのと同じ事であろう。彦五郎は弾正忠家の当主に勘十郎様を推している、権六の立場では無下にも出来なかったのだろう…。
おそらく権六は三郎様を嫌うているのではない。
己自身は勘十郎様の後見であり、またオトナとして三郎様の今までの行動や物言いを見聞きして、三郎様より勘十郎様の方が当主にふさわしい…と思案しているのであろう。
風聞はともかく勘十郎様に謀反などは進めたりはして居らぬ筈、だからこそこうして三郎様の下に具申に来ているのだ。
だが周りはそうは見て居らぬ…何しろ三郎様もそう勘繰って居られるのだ…権六も苦労人よのう…。
「恩か。売りつけて有難がってくれるか。得するのは勘十郎で、俺ではなかろう?」
三郎様の皮肉は相変わらずきつい…まあ、童の折よりは大分ましになられたが…。
「そ、そのような事は」
「戯言じゃ、そう青い顔するな…今は捨て置いてよい。恩を売るなら、もっと彦五郎どのが今のそちの様な顔になった時じゃ」
その後二言三言話して、柴田権六は下がっていった…少しは丸うなったかと思へば、臍曲がりは童の頃よりひどい…フフ、殿と一緒だとまったく退屈せんわい…。




