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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
18/116

決別

 「一大事にござりまする」平手政秀は慌てていた。

「どうした爺」

信長はいつもゴロンと横になっている。

「大高城、沓掛城が今川方に付いたげにござりまする」




 若旦那は全然戻って来ない。たまに那古野にも行くのだが、全く会えない。

本当に俺にまかせっきりでいいのだろうか。まあ、春庵さんが全てやってくれてるけど。

 たまに吉兵衛は戻ってくるから、まったく音信不通ではないけれど、顔が見れないというのはちょっとねえ。

 しかしすごい事を聞いた。大高、沓掛の城が乗っ取られるとはねえ。

しかもやったのはこないだの戦いの相手の山口教継らしい。調略ってやつだ。

結構やる人なんだなあ。取り返そうとしないところを見ると、今はさほど重要じゃないのか、余裕がないのかのどちらかだろう。


 「鳴海城には今川の岡部親綱というお方が入ったそうでございます」

岡部親綱かあ。

たしか徳川家康と武田勝頼が戦っていた頃、武田方の高天神城の守将だった岡部元信の親父だ。

戦っていた頃っつっても今からあと30年くらい先なんだけども。


 親父も息子も城番やるような家…。


…鳴海、高天神…。どちらも国境の最前線だ。

代々の譜代家臣で、かなりできる人、ということか。


 「今回召し抱えた皆様、どうでございましょうか」

「いいね、本当に助かったよ」


 平井信正、服部小平太、植村八郎、乾作兵衛。

まだ少ししか接していないけど、みな優秀な人たちだ。

本当なら俺、若旦那の下にいる人たちではない。

史実で彼らが仕えた人達より、俺のほうが先に彼らを探しだしただけだ。

本当なら、服部小平太は桶狭間で最初に今川義元に鑓を付けた人。

乾作兵衛は幕末の乾退介、後の板垣退介のご先祖様だ。


 俺という存在のせいで、確実に歴史にずれが出ている。

というか、若旦那が加増されて赤母衣筆頭という時点ですでにおかしい。俺と若旦那が出会ったせいで、何かが変わったのか。

とすればもう平成とは繋がっていないのではないのか。


 乾作兵衛の子孫、板垣退介は幕末の土佐潘の出身だったはずだ。

服部小平太だって、もう今川義元に鑓を向けれるかどうかも分からない。

そもそも桶狭間も起こるかどうか分からない。


 困った。これは困ったぞ。

自分が生き残る事ばかりを考えて、歴史が変わるという可能性をすっかり忘れてた。

考えてみたら、後世の俺に証を残す、ということは、俺の名前が歴史に残る、って事だもんな。

俺のせいで手柄を立てられなかったり、逆に手柄を立てたりする事が出来る人も出てくる、ということだし。


うーん。


 「どうなさいましたか」

春庵が俺の顔を覗きこんでいる。

「い、いや、何でも」

考えれば考えるほど堂々巡りだ。

俺は平成の人間で、という意識はもう捨てなくちゃいけないのかな。

今日はもうだめだ。屋敷に戻ろう。


 「春庵さん、今日はこれで戻るよ」

春庵は妙な顔で俺を見送っていた。



 「お帰りなさいませ」

「おう」

服部小平太だった。

今まではせきが出迎えてくれたのだが、最近は彼らのうち誰かが俺を出迎えてくれる。


外向きのことは我らがやりまするゆえ、ご内儀は内でゆるりと手習いでもしておいてくだされ。


ということらしい。

てか何でせきは否定しないんだ! 結婚なんてしてないだろ!

ご内儀って呼ばれて顔を赤くするのはやめろ!

これじゃあるじ夫人と家臣の微笑ましいやりとりじゃないか!


あんたたちの人生で悩んでるんだぞ!

脱力MAXだ。まったく。



 「何か変わった事でもごさりまするか」

「…いや。八郎はどこ行った」

「作兵衛と川に魚獲りに」

「信正は」

「吾妻鑑を読んでおりまする」

吾妻鑑だと。あいつそんな物持ってんのか。…まあ元々京のお公家様らしいからな。

吾妻鑑の写本くらい持っててもおかしくないか。

八郎は三河の鳳来寺ってとこにいたお坊さん見習いのガキ大将だし、本当に色んな人連れてきてくれたんだなあ。


 「そうか」

「皆を集めましょうか」

「いや、好きなことしてていいよ」

「左様にござりまするか。では」

小平太は鑓の練習を始めた。どうやら朝から鑓をしごいているらしい。


「あ。殿」

小平太が再び俺を呼び止めた。

…殿か。まだ慣れないな。なんか恥ずかしいぞ。

「なんだい」

「そういえば、長谷川橋介なるものが来ておりまする」

「誰だろ。知ってるか」

「長谷川与次どのの弟にござる。裏に待たせておりまする」


長谷川与次。知らないな。

まあ会ってみるか。

「長谷川橋介にござりまする。お見知りおきを」

橋介は膝をついて深々と頭を下げた。

「大和左兵衛です。何か用ですか」

「召し抱えていただきとうごさりまする」


…え。


「桔梗屋春庵どのに聞いて、こちらに参ったのでござる。出世功名思いのまま、とか」

…なんてこと言うんだあいつ。

「赤塚の戦にも出ておりました。損はさせませぬゆえ、どうかお願いにござりまする」


まったく。


「いいよ。これからよろしく」

俺があまりにもあっさりしてるんで、橋介は一瞬ポカンとしていたけど、

「有り難き幸せにござりまする。身命を賭してご奉公致しまする」

地べたに這いつくばる勢いで頭を下げていた。






ひえ、あわ、麦、白米。雑穀米ってとこか。

味噌汁。漬物。

作兵衛と八郎が獲ってきた、鮎の塩焼きがどっさり。


「殿はその…殿らしゅうござらぬな」

と、一番の年長者の平井信正が言う。

「そうかな」

「我等に優しゅうござる」

今度は乾作兵衛だ。服部小平太も植村八郎も、うんうん、とうなずいている。


「俺もこないだまでは皆と同じような立場だったからね。まだ慣れないんだよ。それに」

「それに」

「家の子郎党は、家の宝っていうじゃないか。大事にしたいんだ」

俺がそう言った途端、皆が箸を置いた。

一体どうしたんだ。


「心優しきお言葉、忝のうござりまする。我等一同身命を賭して、たとえ天地がひっくり返ろうとも、殿についていく所存。我等が働き、お見届けなされませ」


平井信正の言葉に合わせ、皆が俺に向き直り、深々と頭を下げる。

「あ、ありがとう。皆改めてよろしく頼むよ」





俺は庭で月を見ていた。何度目の満月だろう。

家の中は賑やかに酒盛りが続いている。皆楽しそうだ。せきも大笑いしている。

多分、もう俺の知っている歴史とは、少し違う流れが作られている。

召し抱えた彼らに対して、俺には責任がある。

本来の歴史とは、違う立ち位置に立たせてしまった責任。

彼らはそれを知らない。知るはずもない。

皆誰一人元からの知り合いでもない。

それでもこうして、出会い、力を合わせ、俺の為に命を賭けてくれる。そして、俺に自分達の夢、希望を託すのだ。出世、功名。


彼らの為にも覚悟を決めよう。

彼らの上に立つ覚悟。

彼らを死なせてしまうかもしれない、その覚悟。

そして平成とは繋がっていない歴史を作る覚悟。


後世の俺には、もう会えない。

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