新たな動き
ふあああああああああああああああああああああ。 よく寝た。
昨日は飲みすぎた。
この時代の酒ってよく進むんだよなあ。いてててて。
…ってよく寝床に入れたな。
お、煙草盆と煙管まで用意してある。
そういえばこの時代に来てからいつの間にか禁煙生活になってたっけ。どうやって吸うんだこれ。
「こうやって使うのでございますよ」
あ。ありがと、せき。
せきは手際よく火をつけると、旨そうに一服、二服…ってなんでお前が煙草吸うとるんじゃい!
俺がぽかんとしていると、
「あ、申し訳ございませぬ」
と煙管を俺に返す。
…二十歳で大人とか、女の人の煙草は見苦しいとか、そういう決まりも偏見もないんだったな。はあ、旨い。これ、貰ってこ。
「お目覚めにございますか」
桔梗屋春庵が声をかけてきた。
「おはよう。よく眠れたよ。今日からさっそく動いてくれるのかい」
「左様にございます。尾張、三河、駿河、美濃…様々な国に使いを放ちます。使いたちは先ほど出立致しました」
「え。この辺とか福富の人じゃだめなのか」
「ダメにございまする。それは左兵衛さまご自身で探された方がよろしゅうございます」
「なぜだい」
「一から備をお作りになる。この辺りで名のある方、その倅の方などは既に那古野のご家来衆になっておりまする。残るは木っ端侍か百姓町人の次男坊でございます。物の役に立ちませぬ」
「それはまあそうだね」正論だ。
「みたところ左兵衛さまは、その」
「強そうじゃないって言いたいんだろ」
「そうでございます」
はっきり言うなら最初から言いよどむんじゃねえよ、まったく。
「尾張すべて、ほかの国に目を向けた方が、名のあるお方、物の役に立つお方を探すのは容易うございまする」
「なるほどね」
「足軽衆だけおっても戦は出来ませぬ」
そうか。中核になる下級指揮官を探してくれるのか。足軽衆ならこの辺りでもいいけど、その頭になるような人間は強くないとダメって事ね。なるほどなるほど。
「春庵さん、ほんと有難いよ」
春庵のドヤ顔はまだ続く。つまり、
諸国で人探しさせた方が、ついでに諸国の物の流れ、人の流れを調べることが出来るという事なのだそうだ。
こちらにとっては人探しがメインだけど、春庵にとっては物流を調べるついでの人探し、らしい。
「でございます」
「でもよくそこまでしてくれるね」
「せきの為にございます」
「せき、のため?」
「はい。平手の若旦那さまは、せきに良うして下さります。せきはわたくしの娘のようなもの。商いの事もございまするが、平手の若様が信じ、またせきが好いた殿御にならば、金などいくら使うても惜しくはありませぬ」
…あらら。知ってたの。せきを大事にしてくれよ、って事ね。…はあ。
三郎様の元へ柴田権六が来ている。
彼奴は末森城に居られる三郎様の弟君、勘十郎信行さまのオトナだ。那古野に来るなど珍しい事もあったものだ。
「若殿におかれましてはご機嫌麗しゅう…」
「心にも無い事言わずともよいわ。用向きはなんだ」
「お人払いを」
「よい。五郎右衛門は赤母衣筆頭じゃ。聞いておったがよいわ」
「…そう申されるならば。では他のオトナどもにも聞いてもろうた方が」
「内藤は赤塚の時の傷がまだ癒えぬし、平手爺は山科卿のお相手。また金をせびりに来てのう。林と佐久間は、信広兄者、信時と鷹狩りじゃ」
「左様でござりまするか」
「で、話は」
柴田権六は苦虫でも噛んだ様な顔をしている。
「守護代さまが末森に来られて…清須の坂井大膳どのが、ちと五月蝿いと申されて」
坂井大膳。清洲の守護代、織田信友の重臣で、守護又代である。守護の代理が守護代、そのまた代理ということだ。
「坂井づれが、何ぞ企んで居るとでも云うのか」
「そうは申して居りませなんだ。ただ、五月蝿いと」
「五月蝿いと申したとて、大膳は我らの家臣でも何でもない。守護代どのが自分でどうにかせねばなるまいが」
「守護代どのに恩を売っておけばよいかと」
柴田権六は暗い目でそう言った。
守護代織田大和守家。我ら織田弾正忠家はその奉行に過ぎない。弾正忠家は先代の信秀様のときに勢力を伸ばし、主家を凌ぐ勢いとなりつつあった。
そしてその事が織田大和守家の内部で坂井大膳の専横を許す原因ともなった。
“守護代ともあろう者が分家筋の束ねも出来んのか。ならば俺が”
大和守家当主・信友は尾張国下四郡の守護代である。だが、分家、家臣に好きなようにされている可哀想な人でもあるのだ。
三郎様はそっぽを向いている。鼻くそをほじる癖はそろそろ止めてもらわねば…。
「なぜ俺がそんな事せねばならん。勘十郎に言えばよかろう」
皮肉である。
柴田権六とて好きで信長にすがっているのではなかった。
彼とて迷惑なのである。しかし信友自身が、信行の居城・末森城に来てそういうのである。遠まわしに、
「坂井大膳を懲らしめよ」
と言われたのと同じ事だった。信友は弾正忠家の当主に信行を推している。権六の立場では無下にも出来ない。
権六は別に信長が嫌いな訳で信行の下にいるのではない。
自分自身は信行の後見役であり、また家臣として信長の今までの行動・言動を見聞きしていて、信長より信行のほうが当主にふさわしいのではないか、と思っているだけだ。
決して信行に謀反など進めたりはしていない。だからこうして信長の下に具申に来ているのである。
だが周りはそうは見ない。何しろ現当主もそう思っている。柴田権六も苦労人であった。
「恩か。売りつけて有難がってくれるか。得するのは勘十郎で、俺ではなかろう」
また信長は皮肉った。
「そ…。そのような事は」
「冗談じゃ。そう青い顔するな。今は捨て置いてよい。恩を売るなら、もっと信友どのが今のそちの様な顔になった時じゃ」
その後二言三言話して、柴田権六は下がっていった。
へそ曲がりなのは昔と一緒だ。殿と一緒だとまったく退屈せんわい。