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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
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地に足をつけて

 「左兵衛。おぬしも加増よ」

「え。なんで?」

「ワシはしばらく那古野詰めじゃ。赤母衣衆筆頭を仰せつかったからの」

「馬廻りの親玉か。すごいじゃん」

「おう、すごいじゃん、であろうが。しかし、那古野詰めでは新しい所領を見るものがおらぬ」

「まさか、俺にやれって言ってんのか」

「ぬししか居らぬ。新知二千石のうち、半分はぬしにやる。慣れぬであろうが励んでくれい」

「は、半分!? え! 無理だよ! 自分のことで精一杯なのに」

「皆我の事で精一杯だわい。嫌がるなら奥の手をだすぞ」

「何だよ奥の手って」

若旦那はニヤリと笑った。


「主命である。所領新恩一千石を宛がうもの也。精進致せ」

「なっ…卑怯だぞ五郎」

「ワシはぬしの主ぞ。文句あるか」

若旦那は、どうだ、と大笑いしている。

主命と言われちゃ逆らえないじゃないか!…まったく。

それにしても一千石はヤバイ。大身旗本ってやつじゃねえか。

「期待に応えられるか分かんないぞ。知らないからな」

「構わぬ。ぬしの好きなようにやってくれ」

ていうか、無責任すぎるだろ。もう。



 次の日、若旦那は那古野に発った。

吉兵衛も一緒に行っちまったなあ。

屋敷の普請は平手家から大工を借りるとして、何すればいいんだろう。


 「わたくしも、何かお手伝いしましょうか」

せきだった。

「あ。ありがとう。でも何したらいいか分からないんだよねえ」

「幼き頃、わたくしを養って頂いた商家の主人に聞けば、何か判りましょう。わたくしの育った桔梗屋のあるじは福富の出にございます」



 桔梗屋のあるじは、桔梗屋春庵といった。七年ぶりに会うせきの手を取って涙を流し、四半刻ほども話ができなかった。


 「あの、そろそろいいかな」

「す、すみません。あまりにも懐かしゅうてつい取り乱しまして。申し訳ございません」

「ところで福富の知行地の事なんですけども」

「はい、若旦那、いえ今孔明さまの新領の事でございますね」

今孔明の名はかなり広まっているらしい。


「そうなんだ。いきなり半分俺に呉れるのはいいんだけど、若旦那の土地も面倒見なきゃいけなくて」

「ほう。いきなり半分でございますか」

「こないだまで無一文みたいなもんだったから、勝手がわからなくてさ」

「なるほど。ところであなた様はどなたで」


 …あ。

「大和左兵衛尉一寿。このままいくと、若旦那のオトナ衆ってことになるのかな」

「これはこれは、申し訳ございません。あの、なんというか、ちっともお武家様らしく見えませんのでちと心配にございました」


…ひどい。俺だって頑張ってるんだぞ。


「なんだって」

「あ。いえ、独り言にございます」


 俺はバカにされてるんではなかろうか。腹が立ってきた。せっかく優しく話してるのに。

…ちょと凄んでみよう。


「おい、ぬしは俺をバカにしておるのか。せき、帰ろう。平手の親父どのに言うて金輪際商いが出来ぬようにしてやるわ」

これには桔梗屋ではなくせきの方が青くなり、

「お待ちください左兵衛さま。春庵さまに悪気はないのでございます。春庵さまもお謝りになって」

うん。せきがそういうなら許してやろう。


「申し訳ございません。長く商いをしていますと、つい人を見る癖がついてしまいまして」

「そうか。ならよい。今から話すことはの、ぬしの商いにも関わることよ」

 ふと、思いついたのだ。この商人に領内の事を全て任そうか、と。


 「商いに関わる事、でございますか」

「悪い話では無いと思うが」

桔梗屋春庵は少し考えていたが、ここではなんですから、こちらへどうぞ、と俺達を奥へ案内し始めた。





 「で、五郎右衛門よ。赤母衣衆には誰を入れるのだ」

信長はゴロンと横になったままだ。


 「金森五郎八、池田勝三郎、飯尾茂助、塙九郎三右衛門。」久秀は間髪いれず答える。

「あはは。ぬしの童仲間ではないか」

「はっ。気心知れたものの方がようござるゆえ」

「あと、もう一人居りまする」と久秀が言うと、信長がぎょっとした顔をした。


 「やはりのう。しかし言う事聞くか、あやつが。一度なぞ、俺に斬りかかって来たのだぞ」

「前田又左衛門。聞かせてみせまする。しかし」

「しかし何だ」

「言う事を聞かぬ、とは、若も人の事は言えぬのではござりませぬか」

「抜かせっ」

二人は大笑いしていた。

そこへ濃姫が菓子を持ってやってきた。二人はまだ笑っている。





 「なるほど。わたくしめに商いを自由にやらせていただけるので」

「そう。利益はそちらが7割。運上金3割。悪くないだろ」運上金というのはこっちに収める税金だ。

「悪くないどころか左兵衛さまが仏に見えまする。されど、何か魂胆がありそうでございますな」


「あるよ。鉄砲をタダにしてくれ。馬、武具、兵糧とかはちゃんと代金は払うよ。7割渡すんだからそれくらい、いいだろ」

「鉄砲ですか…まあ、よろしゅうございます」

ちょっと顔がひきつってんな。この時代、まだ高いからな。

「あと…」

「…まだ何か」完璧にひきつってるな。

「人を集めて欲しいんだ。監物家は若旦那と俺、せき、毛利吉兵衛だけなんだよ。どうにかしてくれ」

「左兵衛さま。そう申されましても、人集めが一番難しゅうございますぞ」


「春庵さんしかいないんだよ。たのむ」俺は必殺・土下座をかました。

何度業者さんに必殺技かましたことか。


 「…そこまでせずとも。敵いませぬ。やりましょう。この際でございます、他にも何かありましたら申してくだされ」

ちょっと感動してくれたらしい。


 「ありがとうございます。本当にありがとう」

「いえいえ。で、何人ほど集めればよろしいゅうございますか」

「30人。生まれや身分は問わない」

「分かりました。ともかく今日はこのままお泊りくだされ」

「…え」

「一味同心の固めの盃にございます」


 新知一千石。この時代に証を立てる小さな一歩だ。一歩ずつ、一歩ずつ頑張ろう。

平成の俺に、今の俺を見てもらう為に。








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