帰還、そして休息
「おかえりなさいませ」
若旦那と別れ、ヘロヘロになって屋敷に戻って来た俺を、せきが優しく迎えてくれた。
「…ただいま」
せきの顔をみると、ほっとする。
「…どうなされたのでございますか。涙が出ておりまする」
俺は泣いているらしい。なぜだろう…そう思うとボタボタと大粒の雫が地面に跡を作っていた。
「ありがとう、落ち着いたよ。なんか、悪かったね」
せきは俺が泣いている間、ずっと手を握っていてくれた。静かに、とても優しく。
何があったのか、とも聞いてこなかった。それが俺にはありがたかった。
多分、せきも驚いたのかも知れない。大の男が鼻水垂らしながら泣いている姿など、中々見る事は無いだろうから…。
「人があんなに死ぬのを見るのは初めてだったんだ。俺も…誰か殺してしまったのかも」
「まことに初陣でいらしたのですね」
手がまた震えていた。手だけではなく声も…赤塚から戻る時から、ずっと震えは止まらない。
「大いくさだったのでございましょう。どうしても、敵を殺めねばならぬ時もございます」
せきは、目を伏せてそう言った。
「せきは冷静なんだね」
「レイセイ、とは何の事にございますか」
「すごく落ち着いているって事さ」
「せきは…レイセイなどではありませぬ」
せきは、俺から目を離さず睨むように言葉を続け、そして俯いた。
「左兵衛さま、若旦那さま…それに吉兵衛どのも。皆戻らぬのではないかと心配しておりました」
「ちゃんと戻って来たよ…これからも戻ってくる。俺の帰る所は、ここしかないからね」
「そうであったか」
政秀は吉兵衛かの報告を受けていた。
「若殿は今孔明と呼ばれておりまする。野口どのご兄弟も、若殿を見る目を改めました様で」
吉兵衛は嬉しそうだった。
「そうか。ところで大和左兵衛はどうじゃ」
「今はまだ何とも。されど若旦那は左兵衛どのの事をかなり買っておられまする」
「ほう」
「左兵衛は先が見える奴じゃ、と。今は青びょうたんでも必ず化ける、と申しておりました」
「後の世から来た、というあれか」
「はい…若旦那さまは信じておられるようにござりまする」
「そうか」
「平手監物久秀…春日井郡福富のうち、所領新恩二千石を宛がうもの也」
「有難く頂戴致しまする。一層の忠勤を励む所存にござりまする」
ここは那古野城の大広間。弾正忠家の家臣が集まっている。今日は論功行賞だ。俺は若旦那の家来、いわゆる陪臣だから大広間には入れない。武者溜まりに詰めている。
若旦那は破格の大出世…元々平手家の嫡男だから、いずれは平手家当主だ。だけど今の状態では平手家の家来扱いであり、陪臣扱いなのだ。周りから敬意は受けても政事には参加できない。しかし今回は平手家への加増ではなく、若旦那個人への新領二千石。つまり直臣…政事に参加できる資格を得たのだ。平手家の嫡男にして信長の旗本。スーパーセレブ…俺はその馬廻だから、プチセレブかな?
蜂屋般若介、佐々内蔵助も加増された。二人共二百石の加増だ。しかし般若介は内蔵助と一緒、というのが気に入らないらしい。近習同士、いつも互いに競いあっている。その般若介が俺の居る武者溜まりに現れた。
「左兵衛、ヌシもあの場に居ったであろう。俺は初めから手柄を上げた。鳴海勢にも横槍もつけた。俺の方が手柄が多い。何故内蔵助と同じ二百石か?合点がいかぬと思わぬか」
俺に証人になれって事か?というか、戦が終わってから、色んな人から話しかけられる様になった。苦難を共にした男女は結ばれ易い…それに近いものがあるのかもしれない。
「…おい」
あら、内蔵助…。
「横槍付けろと言われたのは俺だぞ。俺の方が手柄は上だわい。ヌシは俺の誘いに乗っただけではないか。やっかみもいい加減に致せ、うつけめ」
「何だと?軍監の務めを放り出したのは誰だ!庭に出ろ!」
ああ…始まっちゃった。消えるとするか…ん?ドスドス誰かが廊下を歩いて来る……の、信長!?
「五月蝿いぞ!文句があるなら加増は無しじゃ、それでも良いか二人共!」
ほら怒られた…って、なんで俺も睨まれるの?…ワクテカ…。




