新芽
那古野城に出陣する織田勢が集結した。
広間にて三郎信長が声を張る。
「三郎信長である。一同、大儀。これより鳴海に出陣致す。敵は山口教継」
「おう」
「先手は内藤勝介。平手五郎右が与力じゃが、平手勢は既に先発して居る。中段は佐久間半介、そして俺だ。小荷駄は、林美作とする…留守居は信広兄者、平手中務、林佐渡…兄上、後は頼みまするぞ」
「任せておけ」
「では皆、三献を」
織田勢の中段、つまり本陣は中根村にいる。
俺の居る先手、いわゆる先鋒のうち、平手勢はそこを過ぎて小鳴海。鳴海の城はすぐ先だ。
「左兵衛、懐かしかろう。ヌシと初めて会うたのはこの辺りよ」
「ほお…この辺だったのか」
「あの時のおヌシは青びょうたんの様じゃった。穴太とか云うて居ったしの」
「…少しは見違えたろ、今は」
若旦那はそう言って笑っていたけど、俺に笑える余裕なんて全然無い。何かふわふわ前のめりで落ち着かない。自分でも緊張しているのが判る。
「まあの。しかし女も戦も最初が肝心じゃ。その様子じゃと縮み上がって引っ込んどる様じゃのう」
「…何が?」
「ぬしの一番大切な物よ」
言い終わらないうちに若旦那は俺の股間に手を伸ばした。確かに青びょうたんだけどお!
「痛てて!何するんだよ!」
「お。引っ込んどらんかったか。済まんの」
若旦那はまた大声で笑った…人のち〇ち〇掴んで何が面白いんだ、思春期か?…とにかく出陣してからの若旦那はずっとこんな調子だ、鳴海が近づくにつれ、悪ふざけがどんどん酷くなっていく。
青びょうたんを掴まれたのは俺だけではない、先手の若い連中は皆やられていた。
" やはりうつけの一の子分よ。あれが平手の跡取りとは、兄者も大変よ。主と同じく大うつけじゃ"
などと、野口兄弟などは声を大きくして言っていた。俺も最初は大丈夫かこいつ、と思っていたのだけど、若旦那の行動は彼なりの精一杯の配慮であったらしい。
信長が弾正忠家の新当主になり、その配下達も、万見仙千代、蜂屋般若介など、若い者が多くなった。当然と初陣の者も多い。
そういう者達からすれば、主に瓜二つといわれる信長の一の子分が、一緒になってふざけて親しくしてくれるのだ。緊張も幾分かは解れようし、随分と心強く思えたことだろう。何しろ佐々内蔵助などは、初陣なのに軍目付を命じられて目の回る思いをしているのである。
「大物見を出せと、内藤どのから仰せつかった。儂が行くが、誰か一緒に行かぬか」
皆を見渡す若旦那の視線が俺で止まった…はい、着いて行きますよ、馬廻ですから…。
大物見とは、強行偵察、威力偵察の事で『敵の近くに大人数で行って敵情を探ろう!』という部隊の事を指している。
普通、物見の役目は戦慣れした古強者が行う。戦い慣れている者の方が落ち着いていて、報告の信憑性が増すからだ。この物見の報告に信憑性がなかったり、少数では危険な時に大物見を出すのだと…って事はかなり危険じゃないか!
「平手どの、大物見に出たら死ぬるかの」
おずおずと訊ねているのは蜂屋般若介だ。信長の父、信秀に見出されて、それから織田家に仕えている若者だという。
「迷うとるなら来ぬがよいわ。臆病者に般若介など名乗られては、般若の方が迷惑ぞ。さっさと三郎様の元に帰れ」
おおお、戦場っぽいぞ!言われた般若介は真っ赤になっている。
「な…なにをっ。迷うてなどおらぬ、行くわい!」
蜂屋般若介は、信長の近習の中から特に選ばれて平手勢に与力として付けられた若者である。平手勢はわざわざ若旦那自らが物見に出るのに、般若介が出ない訳にはいかない。般若介は与力なのだ。
近習の中から選ばれたという事は、般若介本人の名誉だけでなく、信長の近習達の名誉もかかっている。それだけじゃない、般若介を選んだ信長の面子もかかっている。臆病者なんて言われたら、引き下がる訳にはいかない…んだろうねえ。大変だ…。
信広兄者、とは信長の庶兄、つまり腹違いの兄貴です。側室の子だったため、家督を継げませんでした。
スマホで見ると、フリガナがずれます。auのスマホだけなんでしょうか。PCか携帯から見ていただければ幸いです。




