初陣たち
「若殿、三の山まで出ましょう」
なんて物見っぽく言ってみる…公の場では若旦那を立てなきゃならん。
「そうじゃの。あそこなら辺り一面見渡せる。我等に気付いて鳴海勢も出てくるかも知れん」
若旦那と出会ったあの丘は三の山と呼ばれている…あの丘が全ての始まりだった。今となってはすごく昔の様に感じる。
さあ、出発だ。物見頭の差引は若旦那、介添は俺。蜂屋般若介も加え、数は三十。
しばらく進むと、見覚えのある道が見えてきた。馬乗十騎で中央の三の山に続く道を進むのは、若旦那。俺の隊は皆徒士だ。道から外れ、若旦那の右手後方の茂みの中を徒歩で進む。
そして般若介の隊は最も後方に位置し、左手後方の林に馬乗十騎で待機。若旦那の指示待ち。何も起きなければ、この位置関係のまま進んで山上で合流する事になっている。
万見仙千代は幕内に入ると片膝をついた。
「大殿…先手の内藤どのより、使番が参っておりまする」
「おう、ここへ通せ」
「内藤勝介が家人、米津甚八郎にござりまする。使番として罷り越しました」
「役目大儀。何かあったか」
「主が口上、申し上げまする…三の山の景色はようござる、物見の幸先よし、若も早よ来られよ…との申し様にござりまする」
「それだけか」
「はっ。三郎様ならそれだけ伝えればお解りになると」
内藤勝介は余計な事を言わないのが信条の頑固実直なオトナだった。信長はこれまで内藤勝介の言う事を疑った事はない。
「解った。仙千代、甚八郎に水をやれ…それと、佐久間を呼べ。三の山に向かうぞ」
"お、あれは織田の物見ぞ。数は少ない、押し包め!"
丘の上に陣取る鳴海勢が、大声で味方に合図を出していた。その味方に合図を送った連中が、先を争いながら平手五郎達に向かっていく。数は五、六騎。先頭の者は鑓ではなく古風な大長巻を手にしていた。
対する五郎達からは山の向こうが見えない。大長巻の若者に鑓を繰り出し、突き伏せながら、五郎は考えた…退くか。もっと引きつけるか…。
五郎が考えている内に鳴海の新手が丘の向こうから現れた。みるみるうちにその数は五十人程になり、丘を駆け下り始めている。
「左兵衛、般若介。手筈通りに頼むぞ…」
一人ごちて五郎はそう言うと、手勢と共に鳴海勢にくるりと背を向け、元来た道を駆け出した。顔には、強張った笑みがある。
"…よいか左兵衛。ヌシは初陣、多くは望まぬ。生きのびよ"
若旦那はやっぱり本物だ…セリフがいちいちサマなってるもんな…任せろとは言ったものの、まだ震えが止まらない。
"我等が駆け戻る時は、敵が居る証と思え。儂等がヌシの居る茂みの脇で止まったら、敵は小勢じゃ。ヌシと儂等で押し返せる。が、儂等が止まらず駆け抜けて、道に手鑓を突きたてたならば"
"…敵は大勢、ね"
喚声が聴こえてきた… 鳴海の者に呉れる首はないわい、追いつけるものなら追いついてみよっ…。
若旦那だ。売り言葉で敵を挑発するのが聴こえてくる。どどどっというひづめの音とともに売り言葉が駆け抜けて行く。競馬のホームストレートみたいだ。俺はメインスタンド特等席…そして駆け抜けざまに最後尾が手鑓を地面に突き立てた。頼むぞって聴こえた。若旦那だ。
「やべえ…超かっけえ…」
走り去る若旦那を見て、少し落ち着く事が出来た。俺はやれるのか、若旦那みたいになれるのか…青びょうたんに変わりはないけど、こっち来てから散々特訓したんだ、やってやる…。
俺の手勢は俺を含め鉄砲が五丁、弓五張。馬や槍の扱いが下手な俺が猛練習したのは鉄砲だった。
鉄砲なら個人的な武力は関係ない。撃った量がそのまま技量に比例する。狙撃一発で射殺、そういう技量は必要ない。当てさえすれば敵の動きは止まる。当たらなくとも動きは遅くなる。怖いからだ。怯ませたり、落馬させればそれで十分…俺の狙いはそこだった。撃たれて相手が止まってる内に、味方が反撃してくれればいい…。
小走りくらいの速さで、敵先頭の騎乗が…一、二…三と通り過ぎる。少し遅れて物頭(ものがしら)と思しき徒士立ち、そして足軽の隊伍が通っていく。そして…。
"その大勢が逃げた儂等を追ってくる筈だ。やりすごして一斉に放て"
「今だ!」
茂みに伏せていた俺の手勢が一斉に立ち上がり、鉄砲を、矢を放つ…当たった!!
目標が近いので外しようがないのだ…装填急げ、急げ…俺を含めた鉄砲組が装填する間にも、敵に向けて防ぎ矢が放たれる。鉄砲は早合を使用しても装填に時間がかかる。その間に襲い掛かられたらそれで終わりだ。装填中は速射に優れる弓で防ぐのだ。
不意を突いた効果は大きかった。急げ、急げ…防ぎ矢で相手の足軽達が倒れていく。
弓は鉄砲に比べ殺傷能力は低い、だけど至近距離で雨あられと射ち込まれてはたまらない。
敵は混乱していた。次々と倒れて行く…先頭の三騎の騎乗も慌てて引き返してきた。全員がそこに狙いを付ける…。
凄い。不意を突くってこんなに効果があるのか…そこに輪をかけて、若旦那達が突っ込んで来たから相手はたまらない。人数はまだ相手が優勢だったけど、ついに崩れ出した。指揮を取るべき物頭たちが殆んど撃ち倒され、統制が取れないのだ。元来た道をどんどん逃げていく。
だけど若旦那は用意周到だった。蜂屋般若介に退路を塞がせたのだ…。
"そのうち鉄砲の音が聞こえてくる。左兵衛の鉄砲じゃ。音が二度三度と聞こえたら儂等に構わず脇をゆけ。後は退き口を断つなり横槍なり、何でもよい。好きに致せ"
遠巻きに見ていたけど、般若介は全然臆病者なんかじゃなかった。血塗れだ。血塗れ般若介…肩で息を喘がせ、目はギラついていた。これが戦場、これが…。




