第1巻第6話『何考えているんですか?』元エリート官僚の新しいモーニングルーティン
紆余曲折の末、荒川正義(30)はなんとか都内の民間企業への再就職を果たしていた。
しかし、待っていたのは官僚時代に負けず劣らずの、凄まじい激務の日々だった。
「荒川、この資料の修正今日中な」
「荒川さん、クライアントからクレームが入ってます!」
理不尽な上司からの押し付け、鳴り止まない電話。
毎日終電帰りのボロボロな生活の中で、正義の脳内のネジは、もはや平日の朝から外れかけるようになっていた。
そんな正義が行き着いた、一日の流れ(ルーティン)はこうだ。
まず朝、出社前にオフィス街のコンビニに立ち寄る。
胃の中に流し込むのは、コーヒーではなく、カップ酒かストロング系の缶チューハイ。
スーツ姿で平日の朝から泥酔している男がいれば、当然、ガラの悪い半グレやヤンキーが「おいおっさん、朝から何やってんだよ」などと絡んでくる。
そこが、正義にとっての『ストレス発散タイム』の始まりだった。
「お前ら……仕事もしないで朝から元気だな。俺のイライラをぶつけるのに丁度いい」
武道未経験の狂気の暴力。躊躇なく相手の顔面をコンビニのゴミ箱に叩きつけ、千鳥足のまま路地裏で容赦なくボコボコにする。
そうして拳についた血をハンカチで拭い、スッキリとした満面の笑みで「よし、今日も仕事を頑張るか」とネクタイを締め直して出社するのだ。
彼にとってそれは、ただの健康的なストレス解消法だった。
*
「——っていうのが、最近の俺のモーニングルーティンなんだよね」
ある週末の夜、呼び出された居酒屋でその話を笑顔で聞かされたヒロは、持っていたジョッキをガタガタと震わせた。
「ひ、ヒロ君……? どうした、顔色が悪いぞ。ちゃんと飯食ってるか?」
「……正義さん」
「ん?」
ヒロは立ち上がり、居酒屋のテーブルを両手でバンッ! と叩いて絶叫した。
「あなた、マジで何考えてるんですかァァァァァッッ!!!!!?????」
「え? いや、仕事が激務だから、朝にちょっとした運動とアルコールでリフレッシュを——」
「リフレッシュで毎朝人が沈んでるの怖すぎるわ!!! 裏社会の連中の間で今、『朝のオフィス街にはスーツを着た『朝の死神』が出るから絶対に近づくな』って大パニックになってるんですよ!? あんたの仕業かよ!!」
「心外だな。俺はただ、真面目に出社しているだけの一般サラリーマンだぞ?」
「一般人はコンビニの前で酒飲んで人をボコってから出社しねえんだよ!!! 社畜のストレスの掛け算で化け物進化してんじゃねえよ!!」
ヒロの魂の叫びは、夜の居酒屋に虚しく響き渡る。
本人はただの「サラリーマンのストレス発散」。だが、正義のこの奇妙な新習慣のせいで、東京のオフィス街の治安は、朝から強制的にクリーンアップされようとしていた。




