第1巻第5話 :『何があったんだ?』元エリート官僚、知らないところで感謝される
まばゆい朝の光が、東京の街を照らしていた。
昨夜、百人以上の半グレ集団『魔王軍』を角材一本で恐怖のどん底に叩き落とした荒川正義(30)は、今日も今日とて、糊の効いた白いシャツに身を包んで住宅街を歩いていた。
もちろん、再就職のための仕事探しの続きだ。
昨夜あれだけ暴れてストレスを発散したおかげで、今日の正義の肌ツヤはすこぶる良く、頭もスッキリと冴え渡っていた。
(うん、やっぱり人間、適切な睡眠と適度な運動は不可欠だな)
そんなことを場違いに納得しながら面接会場へと向かっていると、前方のゴミ集積所の前で、近所の主婦や老人たちが何やら興奮した様子で井戸端会議をしているのが聞こえてきた。
「ねえ、ちょっと奥さん聞いた? 昨日の夜の話!」
「ええ、聞いたわよ! 本当にびっくりしちゃって!」
通りすがり際、正義の耳にその噂話が飛び込んでくる。
「今日の朝早くにね、あのいつも夜中にバイクをバリバリ鳴らしてうるさかった暴走族の若い子たちが、ゾロゾロと何十人もここに来たのよ。それでね……」
「そうそう! いきなり地面に土下座してね、『いつも爆音鳴らしてすいませんでした! もう夜中に走るの絶対にやめますから命だけは助けてください!』って、涙目になって異様に怯えながら謝ってきたのよ!」
「一体何があったのかしらねぇ? まるで本物のヤクザか警察の特殊部隊にでも脅されたみたいに、ガタガタ震えてたわよ。おかげで今日から静かになるわねぇ」
住民たちは「何かの奇跡かしら」「街の守護神でも現れたのかもね」と、嬉しそうに笑い合っている。
ピク、と正義の歩みが止まった。
背中にじっとりと冷たい汗が伝う。
(……待て。それ、絶対に昨日の魔王軍の奴らだ。しかも『命だけは助けてください』って、俺が最後に『殺すけど』って言ったのを文字通りに受け止めてやがるな?)
国家公務員として法律を遵守して生きてきたはずの男だ。
自分の理不尽な暴力のせいが原因で、地域の治安が一晩で劇的に改善され、裏社会の連中が一般市民に恐怖の土下座行脚をしているという現実。
(まずい。これは、いくらなんでもやりすぎたか……?)
さすがに元官僚としての理性が「これは国家権力(警察)に見つかったら一発でアウトだ」と警報を鳴らし始める。
正義はスーツの襟を立てて顔を伏せると、住民たちに自分の顔を見られないよう、足早にその場を離れた。
しかし、正義がいくら隠れようとしても、すでに夜の街の歯車は回り始めていた。
一夜にして最大手の半グレチームを壊滅させ、街に平和をもたらした『謎のスーツ男』。
その噂は、ヒロたちや魔王軍の生き残りを通じて、東京中の裏社会へと急速に広まりつつあった。




