第1巻第4話:『親玉消せば大丈夫だよ』元エリート官僚、最大手半グレに正面衝突する
幹線道路の先、オレンジ色の高架下に、百台を超える改造バイクと特攻服の群れがうごめいていた。隣の地区の最大手半グレチーム『魔王軍』の集会だ。
そこへ、ヒロ率いる数十台のバイクが、一列の縦陣を組んで猛スピードで突っ込んでいく。
「おい見ろ、ヒロのところのザコどもだぞ?」
「あいつら、特攻んで来やがる……!? 正気か!?」
たじろぐ魔王軍の群衆を文字通り跳ね飛ばす勢いで、ヒロのバイクは一列のまま、集会の中心にどっしりと構える魔王軍のボスの元へとまっすぐ突き進んでいく。
後部座席にまたがる荒川正義(30)は、夜風を全身に浴びながら、血走った目で大爆笑していた。
「イケイケェ! アハハハハハ! 楽しいーー!!!」
「ひ、ヒィィィ! 正義さん、本当に大丈夫なんスかこれ!? マジで百人以上いますよ!?」
ハンドルを握るヒロの歯が恐怖でガチガチと鳴る。だが、正義はスーツのネクタイを振り回しながら、妙に冷徹な声でヒロの耳元に囁いた。
「なんだ、大丈夫だよ。こういう集団は、トップの親玉さえ消せば組織票みたいに一瞬で瓦解するから大丈夫だよ」
「理由が急に官僚っぽくて生々しいんだよ畜生ーーッ!!」
ヒロは涙目で心から叫んだ。
(ああ……なんであの日、俺たちはこのおっさんをオヤジ狩りしようなんて思っちゃったんだろ……。時間を巻き戻して自分の頭を殴りてぇ……!)
そんなヒロの絶望を余所に、バイクはついに魔王軍ボスの目の前へと到達する。
キキィィィッ!!! と激しいブレーキング音。
バイクが止まるやいなや、正義はシートから飛び降り、魔王軍の不良どもに向けて威風堂々と怒号を浴びせた。
「イケイケお前ら! 皆殺しだァァァ! 親玉出せやコラァァァッ!!!」
「あぁん? てめえ、どこの組のもんだ、コラ……」
魔王軍の幹部らしき大柄な男が、威圧するように正義の前に立ちはだかる。
だが、国家の最高中枢で魑魅魍魎の政治家たちを相手にしてきた正義にとって、ヤンキーの睨みなどハエの羽音にも等しい。
「遅い。話にならん」
正義は相手の言葉が終わる前に、足元にあった魔王軍のバイクのフロントカウル(風防)を素手でバリィィィン! と引き剥がした。 そして、その尖ったプラスチックの破片を武器代わりに握りしめ、魔王軍の真ん中へと躍り出た。
睡眠不足で理性のネジが蒸発した元エリート官僚。
百人の悪党に囲まれたその中心で、今、最凶の暴虐の嵐が吹き荒れようとしていた。
上等じゃねえか、泥酔スーツのおっさんが……!」
魔王軍のボスである大男が、首の骨をゴキゴキと鳴らしながら前に進み出た。
百人の配下を従える男だ。その体躯は威圧感に満ちており、並の不良なら睨まれただけで失禁するレベルだった。
ボスは特攻服を脱ぎ捨て、正義を指差して不敵に笑う。
「おい、お前。男なら、武器なしのステゴロ(素手)でやろうじゃねえか。それがタイマンのルールだろ?」
「——ああ、わかった」
正義は表情一つ変えずに頷いた。
——そして、その3秒後だった。
正義は足元に転がっていた、釘の突き出たぶっとい角材を迷わず両手で拾い上げると、全力でボスの頭へとぶん殴った。
ガァァァァァンッッ!!!
深夜の高架下に、生々しく重い打撃音が響き渡る。
「ぶっ、げふぉぉおっ!?」
ステゴロを提案した本人が、一撃で地面に脳天から叩きつけられた。
頭からドクドクと鮮血を流しながら、ボスは白目を剥き、震える指を正義に向けて何かを言おうとする。
「て、てめぇ……ステゴロって……男の約束を……」
「あ? 何をごちゃごちゃ言ってるんだ。アニメの見過ぎだろお前?」
正義は冷酷な目で吐き捨てると、ダウンしているボスの顔面に、容赦なく角材を何度も何度も振り下ろした。
ガツッ! ボキッ! ガッ! と、全く手加減のない暴虐の雨が降る。
「ひ、ひぃぃぃ! 正義さん! 正義さんもうやめましょう!!」
見かねたヒロが、後ろから必死に正義の腰に抱きついた。
「マジで死んじまいます! 相手、ぴくりとも動いてねえッスから! 本当に死んじまいますって!!」
「離せヒロ! 俺の睡眠不足による経済損失は、このクズ一人の命じゃまだ補填しきれてないんだよ!」
正義はヒロを振り払い、肩で息をしながら、血まみれの角材を地面に引きずってゆっくりと振り返った。
その視線の先には、あまりの光景に完全に腰が抜けている百人の『魔王軍』の兵隊たちがいた。
正義は血走った目をさらに見開き、百人の悪党たちをギロリと見回して、こう言い放った。
「——あー、まだ足りないな。なんか俺と殴り合いたい奴いる? 殺すけど」
ぞわり、と魔王軍の連中の背筋に極限の恐怖が走った。
こいつはヤクザでも半グレでもない。話の通じる相手ではない。ルールも、誇りも、法律も、何もかもが通じない「本物の怪物」だ。
静寂が、高架下を支配した。
さっきまで爆音を鳴らしていた百人の魔王軍は、ただの一人も名乗り出ず、誰一人として動くことすらできなかった。
次も暴れます




