第2巻第14話「俺は、遊侠の荒川正義だ!!」――元官僚、不死身の怪物を越えて
戦場を包み込むのは、連合の圧倒的な【歓声】と、羅刹たちの絶望的な【悲鳴】。
正義が鮫島を正面から、その拳一つで叩き伏せた――。
まさにその事実という名の衝撃が、その場にいた全員の身体を、精神を、深く包み込んでいた。
正義は激しく上下する肩を落ち着かせながら、白目を剥いて倒れる鮫島を見下ろした。
「谷中……。こいつ、最後まで良い顔で気絶しやがってよ。強かったよ、べらぼうにな」
「ええ。全力を出し切った男の顔です。兄貴がそいつを上回ったんですよ」
ヒロを肩に担ぎ上げた谷中が静かに頷く。
その時、未だ現実を受け入れられない羅刹の残党たちが、怯えと怒りの混ざった声を絞り出した。
「お、オマエら……なんなんだよ……ッ!」
「テメー、一体何者だよ……!?」
問いかけられた正義は、一瞬だけ夜空を見上げ――脳裏に、かつてホームレスの爺さんに言われた、ある言葉を思い浮かべていた。
――『お前の中に眠るその力、その怒りは、強きを挫き弱きを救う、かつての「遊侠」そのものだ』
「……遊侠、か」
正義の口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
法で裁けぬ悪がのさばるこの腐った東京で、システムの外側から、己の拳で街を守る。
「なってみるか……暴れながら」
正義は真っ直ぐに羅刹の残党たちを睨みつけ、戦場全体を威圧するような、堂々たる声で行き先を告げた。
「遊侠さ。――俺は、遊侠の荒川正義だ!!」
その瞬間、連合の兵たちから地鳴りのような割れんばかりの歓声が再び巻き起こる。
その後、東京中に『遊侠の正義』の名前が、伝説として広がっていくのだった。
――遊侠の荒川正義か……。
実は、倒れた鮫島は、白目を剥きながらもその言葉を静かに聞いていた。
(武田の指示を無視して勝手に動いた上に、このザマだ。流石にやばいな、そろそろ潮時か?……ま、今は寝てよーっと)
鮫島は狸寝入りを決め込み、意識を闇に沈めた。
やがて、連合の面々が勝ち誇った声を上げながら、夜の街へと引き揚げていく。
嵐が去ったような静けさが戻った戦場で、鮫島がうっすらと目をあけた。
「……ふぅ。やっと行ったか。おい、起きろ。あと、動けるやつはヤバい奴の手当てな」
鮫島がのそりと起き上がると、谷中とヒロにそれぞれ倒されていた北山と長浜が、痛々しく顔を歪めながら身体を起こした。
「鮫島さん……すいません……」
申し訳なさそうに頭を下げる北山。長浜も顔の血を拭いながら問いかける。
「ここからどうしますか、鮫島さん」
「そうだな……。横浜に戻っても、武田派の奴らに襲撃されるかもしれない。武田の指示を無視してこのザマだからな。……にしても、遊侠、か……?」
鮫島は、正義が最後に残した言葉を口の中で転がし、ニヤリと凶悪に笑った。
「なんだったら、アイツの下に付くのも悪く無いな!」
「マジですか、鮫島さん!?」
驚愕する北山。だが、長浜はすぐにその意図を察し、にやりと笑った。
「ははは! 俺はどうなろうと、鮫島さんについて行くだけだ!」
「ありがとよ。……悪りぃ、ちょっと肩貸してくれ」
満身創痍の三人は、互いに肩を借り合いながら、夜の闇へと消えていった。
東京の裏社会に、新たなうねりが生まれようとしていた――。




