第1巻2話:『聞こえないな?』元エリート官僚、地獄のチキンレースと土下座の朝
基本的に短めにしたい
あと考えたらなかなかヤバいキャラを作ったと思います
「ひ、ひぃぃぃ! なんだよこのオッサン! 狂ってやがる!!」
深夜の路地裏。数分前まで「オヤジ狩り」を楽しもうとしていた特攻服の少年たちは、今や蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていた。
その中の一人が、這うようにして路肩に止めていた改造バイク(400ccの爆音仕様)に飛び乗り、激しくアクセルを吹かす。
「待てよ。まだ俺のストレス解消に付き合ってもらってないぞ?」
頭のネジが完全に消し飛んだ荒川正義(30)は、満面の笑みで別のバイクに飛び乗っていた。
真面目だけが取り柄だった男だ。もちろん、バイクの免許など持っていない。クラッチの繋ぎ方も、ギアの変え方も知らない。
だが、今の正義にはそんなこと「どうでもよかった」。
「ハハハ! これ、どうやって止めるんだ!?」
フルスロットル。爆音を響かせ、正義の乗った鉄の塊が、逃げる暴走族の背後に猛スピードで肉薄する。
バックミラーを見た暴走族の顔が絶望に染まった。
正義はブレーキをかけるどころか、さらにアクセルを捻り、満面の笑みで並走してきたのだ。
文字通りの「地獄のチキンレース」。時速100キロを超える世界のなかで、ヘルメットも被っていない元官僚の男が、血まみれの顔でゲラゲラと笑っている。
「うわあああ! 来るな! 来るなぁぁぁ!」
限界まで焦った暴走族は、正義の狂気に耐えかねてハンドル操作を誤り、派手にガードレールへ激突した。
火花を散らして転倒するヤンキーたち。
だが、正義にはそんなこと全く関係がなかった。
「お前ら、官僚のトップに立つはずだった俺の、貴重な深夜の時間を奪った罪は重いぞ」
動けなくなった暴走族の襟首を一人ずつひっ捕らえ、正義は近くにあった寂れた神社の境内へと引きずっていった。
「す、すいませんでしたぁぁぁ!!!」
神社の境内に並べられ、涙と鼻水で顔をグシャグシャにした暴走族たちが、一斉に地面に頭を擦りつける。完全な土下座だった。
だが、荒川正義という男の『理性のネジ』は、一度外れたらそう簡単には戻らない。
「あん? 聞こえない、聞こえないなぁ。国家予算の審議の時くらい、もっと大きな声でハキハキ喋れよ」
「いや、本当にすいま——ぶへぇっ!?」
正義は耳元に手を当てるジェスチャーをしながら、躊躇なく、容赦なく、彼らを再びボコボコに蹴り飛ばした。
深夜の境内に、鈍い打撃音と短い悲鳴が響き渡る。
やがて、ピクリとも動かなくなった暴走族たち(全員気絶)を見下ろし、正義はふっと我に返った。
「……あ。なんか飽きた。帰ろ」
あんなに燃え上がっていた怒りが、嘘のようにスッと消えていた。
正義は気絶したヤンキーたちをその場に放置し、まだ動く改造バイクの一台にまたがると、そのまま自宅の高級マンションへと帰宅した。
その夜、正義はここ数年で一番と言えるほど、泥のように熟睡できた。
*
ちゅんちゅん、と爽やかな小鳥のさえずりで目が覚めた。
「……痛っ……何だこれ……」
ベッドから起き上がろうとした瞬間、全身に走る激痛。まるで大型トラックに跳ねられたかのような筋肉痛だ。
頭はガンガンと割れるように痛む。昨夜のヤケ酒のせいだろう。
しかし、それ以上に違和感があった。なぜか、お気に入りの高級スーツがボロボロに破け、袖には乾いた血痕がべっとりと付いている。
「俺、昨日……クビになって、それから……」
断片的な記憶が脳裏をよぎる。
確か、ヤケ酒を飲んで、路地裏で誰かをボコボコにして、バイクで爆走したような……。
冷や汗を流しながらマンションのベランダから下を見下ろした正義は、絶句した。
住民専用のスタイリッシュな駐輪場に、場違いな紫色の「ロケットカウル」を装着した、見るからに邪悪な改造バイクがぽつんと停まっていた。
「……なんで俺の家に、暴走族のバイクがあるんだ……?」
30年間、真面目一筋で生きてきた元エリート官僚、荒川正義。
自分の身に何が起きたのか、そしてこれからこの街の裏社会で自分がどうなっていくのか、この時の彼はまだ、何一つ理解していなかった。
次も暴れます




