第2巻第3話:『さあ、戦争だ』元エリート官僚、決戦の地へ
深夜一時半。東京の郊外にある広大な廃工場跡地は、およそこの世のものとは思えない異様な熱気に包まれていた。
闇の中にひしめくのは、無数の改造バイクのヘッドライト。そして、殺気立った目をした若者たちの群れ。
その数、総勢二百五十人。
かつて正義が神社の境内でボコボコにした暴走族。
角材一本で恐怖のどん底に叩き落とした『魔王軍』の残党。
そして朝のオフィス街でモーニングルーティンの犠牲になった、地元のあらゆるゴロツキたち。
普通なら絶対に相容れないはずの悪党どもが、今、一人の男の号令によって、一つの軍勢としてここに集結していた。
パチ、パチ、と革靴の音を響かせながら、ボロボロの高級スーツを着た荒川正義(30)が彼らの前に歩み出る。二百五十人の悪党たちが、一瞬で私語を止め、畏怖の眼差しでその男を見つめた。
「——ずいぶんと集まったな」
正義が低く呟くと、横に控えていたヒロが冷や汗を拭いながら深く頭を下げた。
「はいっ! 魔王軍の残党から地元のチンピラまで、正義さんにビビり散らかしてるゴロツキ連合軍、総出で集めました!」
さらに反対側から、戦闘モードの黒い特攻服に身を包んだ谷中が一歩前に出る。
「兄貴、いつでもいけます。準備は全て整いました」
「そうか」
正義は二百五十人の悪党たちをギロリと見回した。その血走った目には、夜の街を統べる総大将としての圧倒的なカリスマ性が宿っていた。
「お前たちに伝える。今回の敵は、横浜から侵攻してきた半グレ集団『羅刹』だ。……奴らは今、この街に薬物を蔓延させようとしている」
正義の声が、廃工場に低く響き渡る。
元官僚としての、街の秩序を守るための冷徹なロジック。しかし、その根底にあるのは、己の睡眠と日常を邪魔する者への果てしない怒りだった。
「この街の予算を握り、この街の治安を守るのは、警察でもヤクザでもない。俺たちだ。よそ者のクスリ売りに、好き勝手やらせるわけにはいかない。——今すぐ羅刹を壊滅させる。後戻りは無しだ」
正義は血まみれの角材を夜空に向けて高く突き上げ、喉が張り裂けんばかりの咆哮を上げた。
「——さあ、戦争だァァァァァッッ!!!!!」
「「「おおおおおーーーーーーーッッッ!!!!!」」」
ヒロが、谷中が、そして二百五十人のゴロツキたちが、一斉に武器を掲げて地鳴りのような勝鬨をあげる。
バリバリバリバリバリッ!!! と地獄のような爆音が一斉に鳴り響き、ヘッドライトの光の濁流が、羅刹の拠点へと向かって深夜の公道を埋め尽くした。
本人はただのイラつき解消。だが、彼に率いられた悪党たちは皆、本気で信じていた。
自分たちは今、現代に蘇った最後の『遊侠』荒川正義と共に、街を救うための歴史的な戦いへ向かっているのだと——。
深夜の幹線道路を、二百五十台の改造バイクが埋め尽くす光景は、まさに圧巻の一言であった。
アスファルトを震わせる重低音の轟音と、夜の闇を切り裂く無数のヘッドライトの濁流。東京の裏社会の歴史上、これほど歪で、これほど凶悪な大移動は存在しなかっただろう。
その軍勢の先頭を走るバイクの後部座席で、荒川正義(30)はボロボロの高級スーツを夜風にたなびかせながら、血走った目で前方の闇を睨みつけていた。
並走するバイクから、谷中が風の音に負けないよう大声を張り上げる。
「荒川の兄貴! 羅刹の拠点がもうすぐそこですが、もし本当にあいつらの罠だったらどうしますか!?」
新興勢力の仕掛ける罠。伏兵や、数に頼った奇襲の可能性。
だが、正義はネクタイを乱暴に緩めながら、ガハハと豪快に笑い飛ばした。
「あぁ? 罠? そんなの圧倒的な暴力の前には全て無力さ。気にするな!!」
その堂々たる言葉に、周囲を走るゴロツキたちは「おおお、さすが兄貴……!」と一瞬感動の眼差しを向けた。
だが、一番近くで正義の背中を見ているヒロだけは、白目を剥いて心の中で激しくツッコんでいた。
(だめだ……。さっき出発するときは『街の薬物を殲滅する』とか言ってめっちゃ格好良かったのに。このおっさん、内心ただ合法的に大暴れしたいだけだからな……!)
そう、正義の脳内はすでに、休日の前夜に味わう極上の娯楽への期待で、完全に飽和していたのだ。
正義はさらに目を血走らせ、バイクの全軍に向けて、地獄の総大将のような声を張り上げた。
「おい、お前ら! 羅刹の拠点にいる奴らは全員殺せ! 生きて返すな、いいなァァァ!!!」
「「「は、はいぃぃぃぃ!?!?!? 旦那ァ!?」」」
今度は、後ろに従う二百五十人のゴロツキたちの顔が引きつった。
いくら裏社会の抗争とはいえ、元国家公務員の口から飛び出した「生きて返すな」という不穏すぎる大号令。
「正義さん、ストップ! だめだ、この人完全にハイになってる!!」
ヒロは涙目でアクセルを握り直した。
しかし、もう誰にもこの男を止められなかった。
キキィィィィィッ!!! と激しい制動音を立てて、二百五十人の連合軍は、羅刹の拠点である巨大な不法占拠ビルを包囲した。
ビルの正面入り口には、不気味なほど人影がない。静寂が、不吉な罠の存在を物語っている。
正義はバイクから飛び降りると、血まみれの角材を地面に引きずり、満面の笑みでビルの扉を蹴り破った。




