第2巻第1話:『よそ者は皆殺しだ』元エリート官僚、横浜のゾンビを迎え撃つ
第2巻始まります。羅刹抗争編です
数日後の夜、正義のマンションの広々としたリビングに、ヒロと谷中の二人が集まっていた。
テーブルの上には、谷中が裏のルートから必死にハッキングや聞き込みをして集めてきた、新興勢力に関する分厚い資料が広げられている。
「荒川の兄貴。例の半グレ集団『羅刹』について、全容が分かりました」
谷中が鋭い目で正義を見据え、重々しい口調で報告を始めた。
「何か分かったか?」
正義はソファに深く腰掛け、カップ酒を片手に淡々と促す。
「はい。まず『羅刹』ですが、元々は横浜を拠点にしている半グレ集団です。構成員の数は、確認されているだけでおよそ500人。かなりの大規模組織です」
「500人か。国家公務員のキャリア試験の同期より多いな。かなり大規模だ」
正義はフムと頷く。その数を聞いて震え上がっているヒロとは対照的に、全く動じる気配がない。谷中は資料の写真を指差しながら、さらに言葉を続けた。
「はい。実際、横浜でもやりたい放題で、地元じゃ手が付けられない危険分子です。特に幹部の鮫島と、トップの武田という二人は、横浜の修羅場の中でも群を抜いて強い。おそらく、さらなる勢力拡大のために、この東京の俺たちのシマまで遠征してきたんだと思われます」
すると、横で話を聞いていたヒロが、思い出すだけでも恐ろしいといった様子で、ガタガタと肩を震わせながら補足した。
「正義さん、特にその幹部の鮫島って奴がマジでヤバいんスよ……! 薬をキメてるのか何なのか分かりませんけど、『ビルの6階から飛び降りたのに無傷で立ち上がった』とか『時速60キロの車に正面から轢かれたのに、そのまま相手のフロントガラスを素手で叩き割った』とか、そんな都市伝説みたいな噂ばかりで……。喧嘩の実力も凄腕の、まるでゾンビみたいな化け物です」
「なるほど。ゾンビか。厚生労働省の管轄外だな」
正義は妙な納得の仕方をして酒をあおる。
谷中が再び真剣な表情になり、正義に詰め寄った。
「おそらく、この東京地域への勢力拡大の陣頭指揮を執っているのが、そのゾンビ鮫島です。……どうしますか、兄貴。奴らは地元の老舗極道すら、力技でねじ伏せて止められなかったほどのイカれた軍団ですが……」
地元のヤクザすら敗北した、500人の魔性のアウトロー集団。
普通なら、ここで全面戦争を避けるために手打ちにするか、警察を頼る場面だ。
だが、荒川正義という男の脳内は、すでに別の計算を弾き出していた。
正義はカップ酒をテーブルにドンと置くと、血走った目を爛々と輝かせ、耳の裏まで裂けるような凶悪な笑みを浮かべた。
「——だからどうした」
「えっ……?」
「数が何人いようが、ゾンビだろうが関係ない。何はともあれ、俺の街を荒らし、俺の安眠を脅かすよそ者は、全員皆殺しだ」
ゾクッ、とヒロと谷中の背筋に激しい鳥肌が立った。
500人の大軍勢を前にして、このおっさんは退くどころか、最初から全員を『一括処分』する気満々なのだ。
「谷中。お前はそのまま羅刹の動向のリサーチを続けろ。敵の指揮所の位置を特定するんだ」
「は、はいっ! 了解です、兄貴!」
「ヒロ。お前は地元の若い奴らに声をかけて、いつでも兵隊を集められる準備をしておけ。コンプライアンス(暴力)の準備だ」
「ひ、はいぃぃ! もうどうにでもなれッス!!」
こうして、東京の『最凶の守護神』荒川正義と、横浜から進出してきた不死身の半グレ集団『羅刹』による、東京の覇権を賭けた大抗争の火蓋が、本人の睡眠時間を守るためだけに切って落とされたのだった。
東京の片隅、夜の帳が下りた薄暗い雑居ビルの一室。
床には地元の不良グループの生き残りたちが血まみれで転がり、その中心で、羅刹の幹部・鮫島は退屈そうにスマホを耳に当てていた。
「——武田よぉ。東京の奴ら、ずいぶんと弱い奴ばかりで面白くないよ。手応えがねえ。俺ぁもう横浜に帰りてーよ」
鮫島は首の骨をボキボキと鳴らしながら、電話の向こうのトップに向けて不満をぶちまけた。
通話の相手であり、500人を束ねる羅刹のトップ・武田は、呆れたように苦笑する。
『まあまあ、そう言うな。お前に喧嘩で勝てる奴なんか、そうそういないさ。……ところで、例の薬の売り上げはどうだ?』
武田の言葉に、鮫島は部屋の隅に積まれたアタッシュケースをチラリと見た。
「今、東京の売人どもに流したところだ。そろそろ、見たこともねえ大金がこっちに流れてくるさ」
『そうか、計画通りだな。東京の裏ルートを完全に掌握すれば、俺たちの勝ちだ。もうじき俺もそっちに合流するつもりだ。本当の戦争はそこからだぞ、鮫島』
ビジネスの成功を確信し、冷徹に語る武田。
だが、鮫島はそんな組織の利益など、これっぽっちも興味がなさそうに、低く冷たい声で笑った。
「おいおい、武田さんよ。俺がなんで『羅刹』に入ったか、忘れてないよな……?」
『……あ?』
「俺は金やナワバリのために動いてんじゃねえ。俺は、もっと強い奴との喧嘩がしたいから、お前の下に入ったんだぜ。 それだけは忘れんなよ。じゃあな」
ガチャン、と鮫島は一方的に通話を切った。
横浜の拠点でスマホを耳から離した武田は、ふぅと深いため息をつき、誰もいない部屋でぽつりと呟いた。
「……全く、イカれたゾンビが」
ビルの6階から落ちても、車に轢かれても立ち上がる不死身の狂戦士、鮫島。
彼は血の匂いが染み付いた東京の夜空を見上げ、狂気的な飢えを瞳に宿していた。
「あーあ、誰でもいいからよぉ……俺を心の底から楽しませてくれるような、本物の化け物はいないのかねぇ……」
彼が望む「本物の化け物」は、すでにすぐ近くまで迫っていた。
翌朝の通勤途中にコンビニでカップ酒を煽りながら、理不尽に人をボコすモーニングルーティンを持つ、コンプライアンス(理性のネジ)を紛失した元エリート官僚という名の怪物が——。




