第九話
僕は人を騙すこと自体に、心を痛めない。だからと言って、「騙される方が悪いのだ」という身も蓋もない話ではない。騙されたと思うのは、相手の方の問題で、相手がどう思うのかなんて僕の管轄外だからだ。他人を変えることなんかできない、と迷える管理職啓蒙本のテンプレ文言も、厳密に言えば「他人の心を変えることはできない、なぜならそれは他人には見えないから」である。
結果騙されたら、それを「嘘」と一括りにされるのだが、あなたにとって嘘なわけでと申し添えたい。あなたからは、僕の心も見えていない。それが嘘かどうかは、アナタではなく僕が決めることなのだ。
嘘は悪意から生まれるなんて短絡的な道徳を持ち出す輩には反吐が出る。いやいや、よく考えて欲しい。嘘は人間の生存戦略だよ、となんなら朝から晩まで懇々と説き伏せたい。これを人生哲学なんて大げさに装飾するつもりもないが、唯一クソ母から学んだ「ためになる考え方」だと断言する。
二十歳の夏、通勤途中に父が車にはねられてあっけなく亡くなった。家のすぐ近くだった。交通量は多くはないが、狭い道路で、歩行者・自転車・バイク・自動車・トラックがここは自分の道だ、なんてわが物顔でオラつきながら通る。父もそうだったのだろうか。傲慢ロードなんて、俺は呼んでいる。
当時コロナで葬儀場がパンパンだったが、奇跡的にひと枠空いていた。喪主はどう考えても母だったが、「通夜はアンタに任せたから」と若いアイドルグループのコンサートに四泊五日で行ってしまった。北海道と宮城のコンサートのどちらにも当選していたそうだ。これは、半分本当で、半分嘘だった。後からわかった。
夫の葬儀に欠席する理由があるなら、自分の手術や裁判で出廷ぐらいなのではないか。ほんとそれぐらいしか思いつかない。親族にどう言えばいいのか逡巡したが、母の兄である叔父は「あいつは嘘つきだからな」と切り捨てた。説明が省けてラクだと思う自分が、情けなかった。
母の嘘は、僕や姉貴が「嘘」だと認識すれば、嘘になる。「本当のこと」と認識すれば、本当のことになる。だって、目の前でそれが嘘か本当かなんて確かめて回ることはできないからだ。握った手のひらに、爪が食い込み血が滲んだのをよく覚えている。
この世の中は、すべて「伝聞」でできていると思う。人から聞いたこと、人が見たことをさも自分がその場にいたような錯覚を起こして、理解に努める。そこに感情が乗っかると「共感」だなんていうから、ちゃんちゃらおかしい。
僕は《《自分の目で見たもの》》だけを信じる。みんなだってそうだ、でも、そうじゃない、と「嘘」をついているのだ。
通夜は十八時から、重田家と立派な家名看板がひときわ大きく見えた。父が不本意に亡くなったというのに、不思議と涙も溢れないし、悲しいのかどうかすらわからなかった。
喪主は僕、重田則定だ。姉貴ではなかったのに面食らった。お父さん子の姉貴は憔悴しきっていた。もちろん、僕だってお父さん子だった。お母さん子なんてのは我が家にはいなかった。父は我が家で唯一、まともな人間だった。母は狂っていると思う。常に中心に自分しかいないのだ。親になれば、判断の基準軸が「自分」と「親」の二本立てになると思っていたが、そうではない親もいるのだ。それが母だ。そんな母の血が半分入っている姉貴も僕も、まともな人間ではない。皮肉というか、喪服を持ち合わせていなかった僕は、父の喪服を借りた。少しブカブカとしているが、「そういうものよ」と姉は小さな文句に取り合わない。やけに気が立っているように感じた。
通夜のあとにはそのまま葬式で、火葬。火葬後に、また葬儀場に戻り初七日の供養まで終わらせた。ここまでワンパッケージにするとリーズナブルなのだと、センリ葬儀社の若い女性担当者は力強く言う。
母不在で追えた葬儀に、姉貴も僕も思いつく限りの罵詈雑言をもってして母を非難と批判と断罪を浴びせた。そして、葬儀を欠席した理由が単に「コンサート」ではなかったと、去年知ることとなった。葬儀から六年ほど経った頃だ。
母がアイドルのコンサートに行ったのは確かだが、同行していたのは不倫相手だったそうだ。コンサートを隠れ蓑にして、この十数年逢瀬を重ねてきたのである。姉貴からの情報だ。
姉貴は母と折り合いが悪く、家のことは自分がやってきたという自負があったようだ。大学の学費を振込忘れ、退学になりかけたこと、勝手に車のローンの保証人にさせられたこと、勝手に姉貴が生命保険に加入させられていたこと、母の不誠実な『騙し』は枚挙にいとまがない。だから、姉貴は母の言葉を鵜呑みにせず、裏を取ることが多い。今回の一件は、いつものことだ。
僕たちが母との関係で学んだのは、「母と対峙する時は、逃げ切れないように追い詰めないといけない」ということだ。決して、舐めてはいけない。ザコではないのだ。母は狡猾だ。言い逃れのプロなのだ。落とし穴の手前までは、疑いのないフリをしてやってくる。こっちを油断させる常套手段だ。
こちらの表情、目の動き、鼻のふくらみ、呼吸音、身振り手振り、そういうものをよく見ている。人間ポリグラフと姉貴はよく言った。
そういう背景もあり、母が僕たちの用意した、幼稚な落とし穴に嵌ることはなかった。
アイドル推しと言いつつ、不倫相手に貢ぎに貢いだようだ。父が亡くなったのを機に、銀行口座を整理しているとやたらと大きな出金が多かった。コンサート前になると五十万円もの大金を日に2回出金していた。月のATM出金限度額が100万円だったため、200万円まで拡大したと四つ恋銀行の担当が教えてくれた。おかげで父の銀行口座の残金は数万円程度だった。タバコも酒もギャンブルも嗜まず、女性関係もなく、仕事人だった父。中卒でパン工場で働くも、工場長にまで出世してきた堅実な男だ。山登りぐらいが趣味でお金もたいしてかからないと、僕のも一緒にやらないか? と勧めてきた。
お父さん子であったとしても、そこまでベタベタにならないのが息子というものだ。サラリと父の申し出を断ったのを今になって後悔している。僕が断った時の、がっかりした父の表情が再び脳内で生成された。
そんな、父を裏切って好きなように金を使いまくったのが母なのだ。
新興宗教にのめり込んでほうがまだマシだ。宗教団体相手の方が訴えようもあるから。壺でも、数珠でも、献金の対価があるだけいいってものだ。
だが、母はとかく男に狂ってしまっているから、タチが悪い。父が亡くなって七回忌が終わった。しばらくして姉貴が亡くなった。奇しくも父と同じく、交通事故だった。
二人とも家から十分ほどの、信号のない歩道で事故に遭っている。見通しはいいが道幅は狭い。ワンボックスカー同士ならすれ違うことは難しいほどだ。父と姉貴の事故現場が同じだったのは、偶然なのか。やたらと脇道には奥まった駐車場が多い。
高校を卒業して肉体労働のアルバイトで金を溜めてきた。その金で昨年、運転免許を取り、正社員として通販の配達ドライバーとなった。姉貴もやっと定職につくのね、とホッとしたようだった。それから一年後に姉貴は亡くなるのだ。




