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身代わり殺され屋の藤巳(フジミ)くん  作者: 猫爪とぎ
高篠藤巳から、指揮嶋鳩子へ

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6/11

第六話

 鳩子からの連絡が二ヵ月ほど途絶えた。七月に差し掛かり、京都は湿気を包み込んだ熱気で盆地自体を沸騰させている。巨大な耐熱皿のような地形に、蓋をして蒸しあげているのに近い。要は、不快な暑さなのだ。


 今までのところ、三回死んだ。刺殺、銃殺、銃殺、とバリエーションは少ない。切腹は介錯があるかないか、ここのところは重要だと改めて感じる。できるだけ痛みを感じないようにという配慮は、優しさが最大拡張された形だと思う。言い換えれば愛だ。。




 優しく殺されることが確約さえれていたとしても、恐怖耐性はつきそうもない。だから、せめて痛み耐性に全振りして、ジムに通うことにした。身体を鍛えるのだ。どうせ殺されるのにそんな無駄なことを? 鳩子もそう言うだろうが、のうのうと殺され仕事の依頼を待つ方が怖いのだ。身体を鍛えることは、自分なりの抵抗だ。生きるということは誰かと関わること。摩擦を増やしていくということだ。摩擦には抵抗がつきもの。やすやすとは殺されないぞ、と殺され屋としての矛盾を抱えていることに、少し満足していた。




 16時過ぎ、右隣の202号室の大学生が帰って来たのか、薄い壁の向こうで笑い声が聞こえる。一人じゃない、二人だ。最近彼女ができたのか、深夜の喘ぎ声が腹立たしい。当てつけのように聞こえるからだ。馬鹿にしやがって。




 着信あり




 カバンにしまいっぱなしのスマホを手にして気づいた。二時間前、常夜からだ。留守電を確認する。「今すぐハンターに来てくれ」と随分とあっさりしていた。




 まだ日が暮れず、西日が肌の奥まで浸透する。京都駅から市バスに乗る。祇園祭のコンコンチキチが聞こえてくるも、これは地元民の祭りでなくなった。観光資源だ。




「京都人は人生で二度祇園祭に行けばいい。一度目は、どんなものか下調べに。中心部から外れにある、比較的空いている鉾を探す。油小路通当たりは穴場だ。二度目は、通ぶって彼女を祇園祭に誘う。四条室町あたりで南に下がる。綾小路通で西に向かう。階段を降りるように、南に西、を繰り返してダンダンと進むと、人の大波が多少は落ち着いている。それで十分だ。




 山鉾巡行は朝から混み合うから、働いている京都府民は見られない。あそこにいるのは、大学生と観光客、一部の地元民なのだ」と。




 ハンターに着くなり、常夜は祇園祭あるあるを一息でまくしたてるように説いた。なんだか説教臭くもある。俺が鳩子を祇園祭に誘うとでも思ったのだろうか。エスコートするなら準備をせよ、と言うことだと思うが。二ヶ月音信不通のビジネスパートナーを呼び出す用件が祇園祭デートとは、いささか情緒不安が過ぎるだろう。




 今日も頼みもしていないアイスコーヒーがコースターの上に置かれた。氷がびっしり埋まっている。背の高いグラスは、よく磨き込まれていて、常夜の几帳面さを無言でアピールしている。店内の気圧がグッと変わった。木製のドアが開き、古びたベルがカランコロンと安っぽいハーモニーを奏でる。




「久しぶり、元気?」




 鳩子だった。ケロッとしてる。俺が鳩子を思ってきた時間、同じだけ思ってくれているのか? 俺の顔をまじまじと見る姿に、そりゃないなと妙な納得感を得る。二ヶ月会っていないと、はっきりと顔は思い出せない。大学時代も夏休み明けは、サラッと知っているレベルの友達だったら、名前と顔が一致しないものだった。鳩子も同じだろう。




「あぁ、元気。頭の傷もおかげさまで」




 不貞腐れた声と顔で、鳩子に挨拶をしてやった。銃弾がめり込んだままになるのかと思いきゃ、生き返り中に体外に排出された。砕けた脳細胞は翌日には元通りになって、知らん顔して通常営業をしている。




「これからは、同じ場所に撃つのやめとくから」


 鳩子は隣に座り、俺が飲む直前のアイスコーヒーに口をつけた。俺の喉はもうカラカラだ。




「それ、ダスティローズ?」


 手持無沙汰の俺が取り繕うように質問すると、鳩子はキョトンとした表情で、いつものように、すぐ返事が返ってこなかった。


「口紅に詳しいの?」


「いや、色の勉強してたから。その色血色感があるのに、大人ぽくって上品だな」




 常夜は鳩子にアイスコーヒーを出した。飲みかけの俺のアイスコーヒーを元の位置に戻した。ストローを使わず、アスリートがプロテインを飲む姿のように、一気に飲み干した。喉の奥が夕立のようなゴロゴロと音を立てている。




重田則定(しげたのりさだs)って覚えてるでしょ。藤巳くんを刺し殺した」


 落ち着いたのか鳩子は、今回の仕事について切り出した。あぁ、覚えているとも。俺を突然刺したアイツ! ネットニュースにもなっていたから名前だけは覚えていた。捕まったんじゃないのか? 刺された俺が現場から消えてしまった以上、立件もされていないのか?




 常夜がカウンター越しに食べ残しのトマトを三角コーナーに捨てている。


「重田は組織から追われている。依頼人は須藤美紀(すどうみき)だ」




 須藤美紀と聞いて最初はピンと来なかった。ミキチャンで記憶していたからだ。スドウミキとは認識できていなかったのだ。




 誰が話し始めるのか? という妙な沈黙のあと、鳩子が「あの美紀ちゃんだよ」と到底ヒントになりえないヒントを投げかける。




「やっぱり、頭撃っちゃったからかな」


 鳩子が悪びれもせず、俺の頭をさする。


「脳細胞は死んじゃってるってことだな。よくこの店までたどり着けたもんだ」


 常夜がゆっくりと息を吐きながら、ダメ押しをする。いやいや、頭撃たれたあの日だってこの店来れたのだが。




「あぁ、あの美紀ちゃんね」俺の回答に二人が畳みかける。


「わかってるの?」


「わかってなさそうだな」


 一人で二人を相手するのは疲れる。




重田とセットで覚えておくべきなのに。卒業式で助けた同級生。デートに何度か誘っても断られ続けた、美紀ちゃんだ。完全に思い出した。




「あの、美紀ちゃんか!」


 話が進んでいないことに、鳩子は苛ついているも、「そう、須藤美紀、藤巳くんが卒業式に助けた女の子」とすぐさま正解を発表した。




 須藤美紀、そう言えば卒業式以降何の連絡もなかった。彼女のストーカーに刺されたというのに。どちらかというとトバッチリを食った形だ。


「美紀ちゃんが依頼主?」


 鳩子は淡々と説明を始めた。




 須藤美紀は殺し屋であると、ダスティローズの唇が言う。理解が追い付かないが、ひとまず聞くしかない。


 ストーカーの重田を利用して、あの日俺を殺そうと試みた、と。これまた、理解を置いてけぼりにされている。美紀ちゃんが俺を殺そうとしていたってこと?




 重田は美紀ちゃんから依頼の「俺殺し」には失敗した。だが、幸いにも被害者=俺が忽然と現場から消えていたことから、証拠不十分で釈放されていた。そもそも被害者がいないのだから。




――美紀ちゃんは殺し屋? 重田は利用されていた? 俺を殺す? 




 美紀ちゃんが俺を殺す動機なんて、思いもつかない。




「今回は須藤美紀が依頼主じゃない。重田だ。重田が須藤美紀に狙われているから、助けて欲しいってやつだよ」


 鳩子が目も合わせず、言い放つ。前のヒョロガリヤクザの時みたいじゃなく、二重スパイみたいな依頼形式ではなかった。重田がどこで聞きつけたのか、須藤美紀を殺して欲しいと常夜が依頼を受けたのは三日前。




 常夜が喫茶ハンターを隠れ蓑にして、組織では手を付けられない殺しの依頼を受けていることは、暗黙の了解のようだ。組織も以前の常夜は死んだということになっているし、鳩子も同じく。鳩子はアップデートだが、常夜はモデルチェンジぐらいの整形と肉体改造を行っている。当の本人が死んだということで組織も了解し、それ以上の追跡はしない。ヤクザよりもメンツを重んじるのだと、素人の俺にすらそのメンツとやらが透けて見える。




 常夜は須藤美紀の経歴を調べ、中堅殺し屋だと判明。組織のデーターベースをハッキングしたらしく、今年に入って八人もターゲットを始末していたことが判明した。さすがに骨が折れるとみた常夜は、重田に


「あなたの身代わりに、死んでもらうことにしませんか」と打診した。




 須藤美紀を殺した場合、組織は必ず報復をする。重田が返り討ちにしたか、他の誰かを雇ったか、そのあたりはどうでもいいらしく、今度は組織がメンツをかけて、重田を正式に追うこととなるらしい。




「やってくれるよね。重田になって、殺されるの」


 俺は躊躇せず


「あぁ、でも、この場合……」


「そう、鳩子に殺されるわけじゃない。須藤美紀に殺されるんだ」


 常夜がまどろっこしい会話に痺れを切らして、口を挟んだ。腕まくりして、溜まった洗い物をしている。鍛えられた肩や腕は男らしかったが、指先だけは別モノだった。節は目立たず、長くしなやか。コップを持つ仕草には妙な優雅さがあった。




 重田の身代わり、いつ殺されるのかわからないという不安さだけを抱えるような日々が今日から始まった。この瞬間から俺は重田則定なのだ。




 重田則定、無職。二十五歳・独身。どうにもならない男だ。メゾン・アリテージ三〇九号室。1LDKの一人暮らし。学生マンションのようだ。不規則な時間に廊下を歩く音がする。角部屋で隣の住人は殆ど不在だ。




 重田が家族と同居だったら、うまく演じきれなかったところだ。そう思えば前回のヒョロガリヤクザの時のように、依頼即殺害、の方がうんとラクだ。




 いつ殺されるのか、わからない状態で、この部屋で待ち続ける。援軍を待つ籠城ではない。処刑を待つ、死刑囚のようだ。




 学生マンションとは言ったもののセキュリティーはしっかりしており、エントランスキーがないと建物内には入れない。しかも、部屋の鍵は簡単に開きそうにはない。ディンプルキーだ。ピッキングに強いと言われている。だが、殺し屋ならどうってことなくエントランスを潜り抜け、ドアも数秒で開錠するのだろう。




 不安と恐怖は、報酬に含まれているのか? 「殺される」という点だけが評価されているのか。




 そもそも、俺は鳩子に利用されているだけじゃないのか?




 今まで敢えて考えずにいたことが、重田の部屋では考えざるを得ない。ヒマだと人間余計なことばかり考える、とはよく言ったものだ。




「メイクはお風呂に入っても持つけど、二日置きには付け直した方がいいね。偶数日の朝八時に、部屋に行くよ。藤巳くんは、部屋から出ずに、須藤に殺され待ちで。食料は、メイクの時に運び込むから」




 鳩子の一方的な指示には面食らうことがなくなった。この間重田はどこでどう暮らすのか。見つかったら、殺されるのは本物の方ではないか? できるだけ遠くへと逃げていることを祈っていた。は? 祈る? 俺を刺したアイツの無事を祈願するだなんて。どうしようもないお人好しとは、俺のことだ。




 重田は漫画好きだ。俺の背ほどある書棚は2つあり、幅は合計百二十センチほど。びっしりと漫画本だけで埋め尽くされている。スポーツものから恋愛もの、ヤンキーものまで、昔の漫画ばかりで地元の理髪店を思い出す。




 重田生活五日目にして、その漫画たちを読破してしまった。この頃になると、初日のように、ディンプルのキーがカチリと音を立てる度に驚くこともなくなった。特に最初の三日間は物音に敏感で、廊下の歩く音が聞こえる度に心臓が跳ね上がった。




 偶数日の朝八時、鳩子はメイクのやり直しと食料を運び込む。帰り際には、キスを懇願する。俺ではない、鳩子が懇願するのだ。この時なぜこれほどに鳩子が俺にキスを求めるのか、わからなかった。




 知らないベッドで寝る。重田の枕のニオイはそれほど気にならない。が、下着は勘弁だ。天井に俺の家と同じような顔型のシミを探す。




 そもそも、須藤美紀はどうして俺を殺そうとしたのか? しかも重田を使って回りくどく。あれからずっと考えているが、答えはでない。顔型のシミが教えてくれそうで、何も語らない。




 重田の部屋に潜伏して、十日目。偶数日の七月十四日。祇園祭の最中で、宵山だ。朝、八時少し前。厳密には七時五十分。いつもの如くディンプルキーのドアがガチャガチャとうるさく音を立てる。




 恐怖心はなく、早めに鳩子が来たのかと、ドアスコープを覗いた。狭い視界は死ぬ時に似ている。死ぬ直前は視界がブレる。ドアスコープを覗いているだけなのに、なぜか視界がグラグラと激しく揺れ動いた。ブレるどころではない。


 


 凄まじい衝撃音が窓の奥にまで響くのを感じた。あれだけ鍛えていたのに、その衝撃には踏ん張ることもできず、受け身を取ることもなく吹き飛ばされた。


 ぶっ壊れたドアは、室内玄関側に倒れ込んだ。逆光で良く表情が見えないが、どう考えても須藤美紀だろう。このままじゃ、鳩子と鉢合わせしてしまう。




「さっさと、殺せ!」


俺はそう叫ぶと、仰向けのまま抵抗の意思がないことを示した。生きるには抵抗が必要だというのに。




 



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