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身代わり殺され屋の藤巳(フジミ)くん  作者: 猫爪とぎ
高篠藤巳から、指揮嶋鳩子へ

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5/12

第五話

 萩尾山はゴリゴリの登山コースというよりも、お気軽ハイキングコースだ。最近のウォーキングブームで健康志向が勢いを取り戻し、楽に登れる萩尾山は老人たちに人気だ。




 展望台のある山頂までは、ものの三十分ほどで登れる。人気の蕎麦店もあり、休日になると家族連れでごった返していた。過去形なのは、萩尾山には二つの事件が人気に水を差してきたからだ。




 ひとつは、人気声優の逮捕。萩尾山は人気声優が出演するアニメの舞台にも選ばれ、実力以上の求められ方をしてきた。国内人気が一通り落ち着くと、次は外国人観光客が訪れるようになった。その後、アニメの主役声優が不同意わいせつで逮捕・起訴されたせいで、アニメ自体も放映が見送られ、映画化の話もとん挫した。


これが一回目の水差し事件。




 もう一つが殺人事件。三年前の今頃、ハイキングコースの中腹あたりから奥の獣道を進んだ先に、身元不明の遺体が見つかったのだ。それも五体。杉の木を間引くために伐採していると、根本あたりに、成人男性の遺体が見つかったという。五体とも膝を抱えこむようにして、青ビニルシートに包まれて埋められていた。




 明らかに他殺ということで、警察も躍起になって犯人を追った。五人とも後頭部を殴られて殺害されおり、不意打ちだったのかと思われる。今なお犯人は見つからず、警察の失態ばかり取り沙汰された未解決事件だ。そのせいで、萩尾山はブームが去っていたのだ。




ようやく、地元の老人たちのハイキングコースとして復活を遂げた萩尾山に俺は呼び出されたというわけだ。山頂は少し寒く、初夏の気配はまだない。鳩子の声が耳を素通りしている。




「……ねぇ、聞いてるの?」


 鳩子が俺の顔を覗き込みながら尋ねた。


「聞いてるよ、仕事の話でしょ」


「ほらぁ、聞いてない」


 鳩子の眉が片方上がった。


「その前にさぁ、常夜さんからはバックりとしか聞いていないし、その、仕事のこと」


 平静を装っているが、瞬きが増えている。自分でもわかる。


「手紙の通りよ、私は殺し屋に復帰するし、藤巳くんは、殺され屋として私に殺されるの」


「どういった仕事内容なの?」




 さすがに殺し屋も殺され屋も物騒パワーワードだからこそ、聞かなければ。新卒無職だからといって、仕事内容もわからないものを受けるわけにはいかない。


「身代わりよ、私の時みたいに。追われる人の代わりに殺される。まぁ結果的にはフリなんだけどね」




 鳩子の軽さに落胆する。俺の命が奪われるわけではないものの、俺の死なるものが、商品として並ぶということだ。そこに、申し訳なさや、悲しみ、慈しみが鳩子の口からは感じ取れない。




 取り分が不満なのかと、怪訝そうに尋ねられると、小刻みに首を横に振った。山頂から見える京都の街並みが、ぼやけて揺れる。


「もちろん、私の特殊メイクはするし、骨格矯正もプラスマイナス十センチまでには抑えるから。それ以上・以下だとさすがに身体に堪えるでしょ」




 優しさを特大武器のようにして振り上げるも、その挙動の大きさのせいで、獲物を仕留め損なう。その言葉に、俺はひらりと余裕でかわした。鳩子とはどこか噛み合わないとわかっりつつも、手に入らない分かり合えなさが、むしろ鳩子への興味へと駆り立てる。




「わかったよ」


 降伏する方が楽だし、もともと仕事は受けるつもりでここに来たのだから、もったいぶっても仕方ない。ただ、俺は俺への配慮が足りているのかを、鳩子から感じ取りたかっただけだ。それがわかったとて、俺は鳩子に殺されては、甦る(実際には死にまで到達していない)のだ。一つだけ条件を出した。




 報酬に毎回キスを付け足すこと。俺は鳩子のキスで目覚める。それが甦りの合図だとルールを提案した。鳩子は、そんなこと? といった驚きというよりも、


「私もそれ、言おうと思ってた」と目尻を下げて、初々しく俺に同意した。




 結局、その日午後には身代わり死の特殊メイクを施された。男性、身長一六八センチ。俺とほとんど変わらない。ヤクザの女に手を出したという、今時そんなの金で解決しろよと言わんばかりの殺し依頼だった。女を寝取られたヤクザは、ヒョロッとしたひ弱そうな男で、凄みも感じなかった。自称ヤクザなのかと思いもしたが、パリッとしたスーツは、仕立てた誂えもののようで、なんといっても革張りの靴はいかにも高そうに見えた。




 その男の前で捕らえられ、二、三発殴られた。不死身でも、殴られれば痛いし、怖い。頬骨が軋む、おそらくヒビが入った。なんて力だ。ヒョロガリ男と思っていたが、武闘派ヤクザだったのか。それとも俺が異常に弱いのか。




 鳩子は、「その辺で」とヒョロガリ男を制した。女を寝取られたことで、ヒョロガリ男は興奮していたのか、終始勃起していた。寝取った男を殴るとそうなるのか? この手の性癖についてはよくわからないが、鳩子が最後にはヒョロガリ男に蹴りを入れて、止めさせたところを見ると、なかなかのクレイジーぶりだった。




 俺は鳩子とひとつ約束を交わしている。殺されるにしても、楽に殺されたい。依頼人に殺されるなんてまっぴらごめんだ。痛みを与え続けて、復讐されるに決まってる。




 そもそも、依頼人のその間男を思うと腹が立ってきた。お前の不倫相手の先にいる男は、ヤクザだったと気づいたら、さっさと逃げろやと言ってやりたい。ここまで問題をグズグズと悪化させて、挙句の果てに殺されそうだから身代わりになって欲しいだの。殺されて来いや、と心から叫びたかった。




 が、鳩子はもう仕上げに入ろうとしていた。このままではヒョロガリ男が前のめりで俺を殺しても不思議ではなかったからだ。せめて痛みはないように、そうでないと継続的に仕事として受け入れられない。




 手慣れたものだった。鳩子は俺の頭部目掛けて、三発銃弾を放った。グロッグ十七だ。樹脂製のマットな銃、鳩子の大きい手にもやや持て余すグリップは深く握り込まれている。




 恰好は付けず、右手を左手で添えるように包み込む。両手撃ちで、確実に俺の急所を狙った。薬莢が火花とともに排出されるのを見た気がする。あとはわからない。三発銃声を聞きとったかもわからない。後ろ手に縛られ殴られていた俺は、頭を下げていたのだと思う。それは無意識に恐怖を感じていたからだ。当然だ。




 撃たれる直前、俺は見上げるようにして鳩子に命乞いした。殺さないでくれ、と。


 俺は気が付くと頭痛にも似た痛みを抱えて意識が戻っていた。地面にうつ伏せになり、口には萩尾山の湿った土が侵入していた。


 顔は血まみれで、鳩子が俺の顔を起こし、後ろの杉の切り株に持たれかけさせていた。地面から盛り上がって出たうねる根っこが、自我の溢れる生命力の象徴のようだった。切り株だから、死んでいるのに、と俺は冷静に思えた。




「大丈夫? 生きてる?」


 鳩子の愚問に、俺は軽く頷いた。血と土が混じった口、目の周りも同じだった。目を開くと滲んだ視界が少しずつクリアになっていった。生まれたての感覚。あの日、卒業式で殺されたとき、翌日、鳩子の身代わりで殺されたとき、どちらとも違う感覚だった。




 リボーン、俺の中の細胞ごと入れ替わった感覚だった。口に入った土をペッと吐き出す。


 ジャリジャリする上あごを、舌先でケアするが何とも変わらない。水をくれ、と鳩子に頼むと鳩子は口移しで飲ませてくれた。


「私のキスで目覚めるルールじゃなかった?」


 鳩子はそう言って、拗ねた。




 俺に三発も、頭に銃弾を撃ち込んだとは思えないそのツンデレを越えた仕打ちに、言葉を失った。というより、終始鳩子のペースだった。ヒョロガリ男は、俺が死んだのを確認してその場を去った。常夜が送迎を担当していると後から知った。




 依頼人からだけ報酬をもらっているのだと思っていたがどうも違った。殺しの依頼人、今回で言うとヒョロガリ男。あのヤクザだ。殺されるターゲット、ヤクザの女を寝取った間男。ここからも身代わりの依頼を受けて、報酬をもらっている。




 二重スパイみたいなもんだ、タチの悪い商売だと思う。常夜が仕事を取ってきて、殺される側にも売り込みをするということだ。身代わり死の話は、喫茶ハンターでするらしい。その方が安全なのだと、鳩子は俺への視線を外さずに言った。




 誰も死なないから、ほら、平和だし。殺し屋の唯一のネックって、遺体を処理することなんだけど、それもいらないでしょ。




 鳩子の話しぶりから、鳩子と常夜がもともと組織に追われていたのは、組織抜けしてフリーの殺し屋になったからだ、と容易に推察できた。もしかしたら、あの萩尾山の五人の遺体はこの二人の仕業かもしれない。だから今日の現場は、萩尾山だったのか。そう思わざるを得ない。




 こんな、五人も人が殺された現場を選ぶなんて、遺体を見つけられたリベンジなのだとも思える。見つけられるもんなら、見つけて見な、と言わんばかりに。俺の血痕はそのままにして、見つかるはずのない遺体探しに、組織も警察も翻弄しようとしているのか。




 鳩子は俺の口をゆすがせたあと、優しくキスをし始めた。順番違っちゃったけど、いいでしょ、と添えて。




 誰もいない自宅に帰りついたのは、午後八時過ぎだった。鳩子が用意してくれた服に着替え、特殊メイクを外し、再び迎えに来てくれた常夜の車に乗ってハンターに向かった。二階にある風呂場でシャワーを浴びた。自分の血がなかなか落ちず、手にボディソープをつけ泡立て、皮膚を削り取るほどの強い力でこそぎ落した。こびり付いた血は手強かった。自分の身体から、自分を取り除くような感覚だった。




 シャワーから上がると、もう鳩子はいなかった。常夜は事務的に、俺の前に大ぶりなリュックを差し出した。中には三百万円入っていた。高いのか安いのか、相場がわからないが、当面生きていくのには不自由はしないとだけわかった。鳩子はどこに? と聞きたかったが、聞いて教えてくれるわけでもないと思ったのを強く覚えている。




 再び自宅に戻る。シミが顔に見える天井を眺める。そうすればいつの間にか眠れるのだ。どんなに、眠れない日でも。




――俺を殺しておいて、鳩子は平気なのか? と問いかける。答えなんてわかりっこない。今日は眠れそうにない。天井のシミが笑っているようにも見える。俺をバカにしているのか。自分の臭いがこびり付いた枕に顔を沈める。ふと落ち着く。自分の残骸にハグされている感覚。疲れた身体は、悲鳴を上げていたのだろう。ぼんやりと意識が残っていたが、いつしか深い眠りに落ちていた。

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