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身代わり殺され屋の藤巳(フジミ)くん【本編完結済・ダークサスペンス】  作者: 槍玉
須藤美紀から、指揮嶋鳩子へ

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第十七話

 鳩子先輩とは大学以外で会うという鉄則がある。万一、高篠藤巳に二人の繋がりをと悟られれば、この計画がすべて水の泡となるからだ。




 落ち合う場所に指定されたのは、【喫茶ハンター】だった。表の路地側は、植え込みに危険な待ち伏せを仕込まれているからと、裏口から入るようにと指示されていた。




 三回生の三月。裏口へ続く細い通路では、梅の蕾が私の頭越しにアーチを描くように覆いかぶさっていた。ほのかな春の香りが鼻腔をくすぐり、この先の歪んだ未来へ、特別な歓迎を受けているような錯覚に陥った。




「この人が常夜、私の教育係だった人」


店内に滑り込むと、鳩子先輩がカウンターの男性を顎でクイッと示した。


「だった?」


「まぁ、今はパートナーってわけ。といっても仕事のね。今風だとバディって言うのかな」


 カウンターの内側で、常夜先輩がコクリと静かに頭を下げ会釈をした。一見すると、感じのいい男性だ。シャツのシルエットがどこか異様で、大きく盛り上がった肩が伸びる生地の中で窮屈そうに蠢いていた。服の下に隠された圧倒的な筋肉の質量が、頼もしくも見えた。




「その……真田さんが言う、『掃式』をお二人とも抜けたというのは本当ですか?」


 真田の所属する掃式と、鳩子先輩や常夜先輩との正確な関係性が、私にはまだ掴めていない。何もわからないままこんな世界を跨ぎ越えるのは、ただただ不安だった。だからこそ、最初に聞いておきたいのだ。




「常夜はもう抜けて、『粛清』は済ませた感じかな。私が彼を始末したってことになってる」


「鳩子先輩が?」


「常夜と私を闘わせようって、真田さんの上が決めたんだよね。でもさ、それじゃマジでどっちが死んじゃうから。常夜が譲ってくれたの」




 鳩子先輩は表にも裏にも出せない非情な事情を、お気に入りの映画のあらすじのように淡々と語る。込み入った話になってきたのを察したのか、常夜先輩がまだ夕方だというのに入口の鍵を閉めた。店内の状況はさして変わらないが、妙な緊張感が狭い空間に満ちていく。




「鳩子先輩は……まだ、その『掃式』に所属しているんですか?」


 私の拙い問いかけに応じるように、カウンターの向こうで常夜先輩が動いている。サイフォンから注がれた美しい漆黒のコーヒーが、白いカップを満たしていく。香ばしい湯気が立ち上がった。


 


 鳩子先輩の前には熱いコーヒーを、私には鮮やかなオレンジジュースを置くと、常夜先輩はホールのチーズケーキにナイフを入れた。迷いのない手つきで、八等分に切り分けられたチーズケーキ。そのひとつを、四角い白皿に乗せて出してくれた。




「まぁ、シンプルに言うとね、私も辞めたの」


 鳩子先輩が熱いコーヒーを啜り、チーズケーキをティースプーンで両断しながら頬張る。


「そのせいで、当然いつかは知らされていないけど、手練れの誰かが『粛清』にくるんだよね」


 仕込みのメモを確認しながら、常夜先輩が冗談めかしで割って入った。


「鋼村さんかもね」


「もう、やめてよ。私、絶対殺されるわ」


 二人のやり取りには妙な軽さがあったが、その裏にある深刻さは想像を絶する。鋼村という殺し屋は相当の手練れで、この二人であっても歯が立たないということだろう。




「じゃぁ、本題に入ろうか」


 鳩子先輩は、リュックから最新型のタブレットを取り出し、顔認証で立ち上げた。


「顔、認証するんだ」


 常夜先輩が驚いた様子で、鳩子先輩の顔を覗き込んだ。お世辞抜きで、彼女は整った美人だ。顔のパーツだけでなく、後頭部のラインに至るまで、頭部全体がひとつの完成された造形物のように美しい。




「瞳の模様、虹彩は変えられないからね」


 最新型タブレットの顔認証は、虹彩によるものが主流だ。瞳の模様は人それぞれ異なる。そこまでのなりすましは、不可能なのだ。


 鳩子先輩はススっと細い指先で、深い階層の書類フォルダにアクセスした。




「まず、このミッションの目的は重田則定を非合法で『暗殺』すること。ただし、掃式は一切関知をしないと言う前提である」


 鳩子先輩の通る声に、常夜先輩の顔が険しく引き締まった。


「そのため、重田との接触時は、指揮嶋鳩子が須藤美紀になりすますこと。その状況は、インカメを通じてすべてリアルタイムで真田・常夜・須藤の三名に共有する」


「それって、須藤さんを掃式の一員だけど、矢面に立たせないってこと?」  常夜先輩が私の気持ちを代弁するように尋ねてくれた。私は姉の仇を討つためなら、どんな危険だって厭わない覚悟なのに。


「そうよ、須藤さんを危険な目にあわせないように、というのは真田さんからの強いリクエスト。その交換条件として、本ミッションのために高篠藤巳の身柄をこちらで預かることとしたの」




 鳩子先輩による詳細な説明は、三十分近くに及んだ。


 重田と接触する。彼に「高篠藤巳の暗殺」という偽掃式暗殺事案をもちかける。高篠藤巳は掃式・鑑識部チームが以前から徹底マークしていた異能者だった。その再生能力・不死性は彼が三歳の頃に実証されており、他国に研究・兵器利用されないよう、過去には暗殺指示が発令されたことすらあるという。


 


 だが不死身の異能者の暗殺に失敗すれば、自分が粛清対象となるた。現場の殺し屋たちはこぞってその任務を嫌がった。そこで、重田に「高篠藤巳の暗殺」という絶対に失敗する無理難題を押し付け、その失敗の責任(粛清)という形で重田を追い詰める。これが、真田さんと鳩子先輩が描いた青写真だった。




「高篠藤巳が他国に奪われれば、間違いなく戦争の道具になる。それが政府の懸念なのよ」


 鳩子先輩が議論の相手ではないとわかっているが、無邪気な小学生のように思いをぶつけた。


「それって、医療の現場で活用すれば、人類全体のためになるんじゃないですか?」


「医療の発達のために利用されるのが正しいと私も思うよ。他国にもし高篠藤巳を奪われたらと考えたら、暗殺を選ぶのは短絡的すぎるもの」


「でも、暗殺なんて無理だろ?」


 常夜先輩が人差し指を左右に振りながらおどける。


「だから、掃式はこの二十年近く、高篠藤巳を拉致監禁するとする国内外の勢力に対象をシフトさせた。不埒な奴らを『先に暗殺する』ことに特化しているのよね」


 つまり、名目上は高篠藤巳を護る形になっている。それほど厄介な兵器を、この国は不本意に抱え込んでいるということだ。




 重田を追い込んで、そのまま粛清することは難しいだろう。あの男は悪知恵が回り、勘が働く。悪運も強いだろう。だから罠は何重にも張り巡らせる必要があると、鳩子先輩が言った。




 鳩子先輩の特殊メイクは完璧だった。私もそれなりに容姿を褒められて生きてきたけれど、鳩子先輩の美貌にはかなわない。鳩子先輩は私の顔へとレベルを落とすようなマイナーダウンのメイクを施していく。「須藤さんのなりすましメイクは、テンション上がるわー」と鏡の中で私の顔に変わっていく先輩が、嬉しいそうに言ってくれるのを強く覚えている。




 重田との偶然の接触、助手席に乗り込む、ラブホテルでの特別掃討式課についての説明、ストーカーになって欲しい、高篠藤巳の暗殺依頼まで、計画は驚くほど滑らかに進んだ。




 そして、卒業式。高篠藤巳の暗殺に予定通り失敗した。あの日だけは、鳩子先輩は高篠藤巳に接触する必要があったため、本物の私が美紀として現場に立った。初めて間近で見る重田の姿に、胸の奥から沸々と黒い殺意が涌き上がって仕方なかった。




 高篠藤巳暗殺失敗の責任を、真田さんまで引っ張り出して、重田を「粛清対象」へと追い詰める。私・須藤美紀の手で粛清されると恐れた重田がどう行動するかは、本当のところわからなかったと、鳩子先輩は振り返って言った。


「反撃に出てきたら、まぁその場で殺すだけだし。それよりも、藤巳くんに重田役をさせておいて、あの修羅場で私は、須藤さんとの二役でテンパってた」




 少し気の毒なのは、高篠藤巳だ。彼はキーパーソンであるにも関わらず、何一つ真相を知らされないまま、この復讐劇に巻き込まれている。




 私は姉と同じ歯科医院に通い、専属の歯科衛生士にささやかな金を握らせた。姉のカルテの『上顎右側中切歯のセラミッククラウン』『左犬歯の著しい唇側転位』という特徴的な記述を私のカルテにも仕込ませた。




 意外と言うと失礼だが、高篠藤巳がそこに気づいて、私の歯形を調べようとしたのは随分と頭が切れるなと感心した。


 そう言えば鳩子先輩は、妙な液体を大事に【喫茶ハンター】の冷凍庫に大切に保管していた。聞くと、『再生の液体』なのだという。鳩子先輩は高篠藤巳と何度もキスを交わしていた。インカメでその様子は確認していた。高篠藤巳に恋したの? と誤解していた。真相は、高篠藤巳の唾液や口中の細胞を舌でこそぎとり、集めていたのだという。




 「食中毒になりそうだからやめて」と、常夜先輩は本気で嫌がっていたそうだ。




 姉たちが眠る、萩尾山に鳩子先輩と何度も足を運んだ。切り株の周囲の湿った土を掘り返し、姉の頭蓋骨を確認した。あの偽造したカルテと歯型の特徴が一致した。鳩子先輩は、


「自分の唾液が混ざっているから、うまくいくかどうか分からないけど」


そう言いながら実験のように『再生の液体』を頭蓋骨の口元に数滴垂らした。純度が高くないからか、再生速度は遅かったが、唇の一部の組織がじわじわと形を成し始めたのだ。




「高篠藤巳に頼めば、お姉さんを完全に蘇生できるかもしれないよ」


鳩子先輩は冷静に提案してくれたが、私は首を振った。


「わかったよ」と優しく私を抱きしめてくれた。姉が二人いるような、暖かくて切ない錯覚に涙が零れた。




 鳩子先輩は高篠藤巳に、「萩尾山に須藤美紀の遺骨が埋まっている」と説明した。もちろん、そこに埋まっているのは私ではない。姉・真理の遺骨だ。




 常夜先輩の口癖である「自分の目で見たものしか信じない」という信念が高篠藤巳にも浸透したのか、彼は夜陰に乗じて萩尾山に現れ、私の遺骨(実際は姉の遺骨)を掘り返した。そして、事前に手に入れた姉の歯形カルテの特徴と照らし合わせた。完全にそれを私の歯形と誤認し、「須藤美紀の遺骨」だと誤認した。




 後日、鳩子先輩とともに再び姉の遺骨を掘り起こした。萩尾山は八月、夏真っ盛りだったが、山に入ると肌寒いくらいに涼しかった。鬱蒼とした茂みを抜け、湿った腐葉土の匂いが鼻腔を突く。地面を踏みしめる度に泥が靴底に絡みつく。この暗闇の底に、姉を含めた五人の無念な命が埋められていると思うと、胸と胃の奥が収縮して痛みを感じた。




 白骨化しているはずの姉の遺骨は、「皮膚めいた組織」が再生していた。元々は完全に白骨化した頭蓋骨に『再生の液体』を振りかけるつもりだった。重田に「少し顔の肉が残った美紀の遺体」と誤認させるための細工だった。だが、藤巳の恐るべき再生能力は、私たちの予想を超えていた。結果として、追加の液体―『再生の液体』は無用となった。




 私たちは、重田が予め開けていたという「六体目の空席」の穴へ、姉の遺骨とブルーシートを移動させ、丁寧に土を被せ埋め直した。枯れたはずの涙が次々と零れ落ちたが、私は唇を噛んで堪えた。




 遺体を同心円状に埋めた切り株が見下ろせる傾斜にテントを張った。夜が更ける前に、麓での監視を終えた常夜先輩も合流した。




「重田は本当に、今日来るんですか?」


いつ訪れるかもわからない暗闇に耐えかねて、鳩子先輩に漏らすと、先輩は確信に満ちた声で囁いた。




「今日来るよ、だって今日は八月八日だもの。重田の姉と父親の命日だからさ」




 私たちは、テントの灯りを最小限に絞った。衣服が擦れる音すら殺しながら、暗闇の向こうから這い上がってくるであろう重田の足音を、じっと待ち続けた。

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