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身代わり殺され屋の藤巳(フジミ)くん  作者: 猫爪とぎ
重田則定から、指揮嶋鳩子へ

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第十二話

 その焦る流れのままで、僕は平田さんを殺害した。都世原へとつながる接点を、綺麗に除去したかったのだ。母たちを埋めた場所、登山道を外れた獣道に「自生している大麻がある」と誘い込んだのだ。以前、平田さんの配達車のダッシュボードに、無造作に植物片の入った小型ジップロックを目撃したからだ。最初の数秒はギョロリと睨みつけ、煙草臭い車内に重苦しい沈黙が流れた。僕が無言でただ微笑み返しをすると、一瞬で空気が変わった。平田さんは「うんうん」と小声でせわしなく首を上下に振り、エサを期待してすり寄る野良猫のように、目を輝かせて僕に近づいてきた。




 「リュックを背負って、普通の登山客みたいな恰好で来てください」という僕からのリクエストを平田さんはあまりにも真に受けた。わざわざ近くのスポーツ用品店へ配達中にも関わらず足を運び、靴からウェア上下、帽子に大き目の登山用リュックまで一式新品で揃えたのだと言った。「何度も来れば元も取れるから」と急な出費も痛くなさそうだった。




 「重田くん、アレどこにあるのー?」なんて間抜けな質問が、自分の人生の最期の言葉になるなんて、平田さんも想像すらしていなかったろうに。平田さんは暑かったのか帽子を脱いで手に持っていた。子供みたいだ。僕は母たちに使った凶器の石を、リュックから取り出し、薄くなった平田さんの頭頂部目掛けて振り降ろした。新品の黄色のマウンテンパーカーが、どす濁った赤色で染まっていった。




 三人殺すのも、五人殺すのも同じだ、このまま僕の殺人がひとつでも露見すれば、あとは芋づる式で見つかるだろうし、そうなれば死刑は確実だろう。




 じゃぁ、「より露見しない方向」へと局面を動かしていくまでだ。




 ということで、廻探偵とその事務員もまとめて始末することにした。これには少しばかり時間がかかった。まず、事務員のオカッパメガネ女を、誠実に丁寧に口説き落とした。年下の青年というだけあって明らかに舞い上がっていたのはわかる。日にLINEが何通も来るようになっていた。三十歳を過ぎてもなお、男慣れしていなかったようで、僕が二人目だと恥ずかしそうにベッドで告白してきた。




 「そう、光栄だね」と心にもない気のない返事を敢えて繰り返す。LINEの返信も量を減らし、敢えて既読無視を続けた。




 途端に不安になったようで、束縛が強くなっていく。相手を束縛するというのは、依存度が高まっている証だ。どんどんつけあがって、独占欲が強く変質していった。その鬱陶しさがピークに達したタイミングで、僕はオカッパメガネ女の独占欲を利用し、上司である廻探偵を誘惑するように命令した。




 「三人で楽しもう、刺激的に。でも、誰の目にもつかない野外がいい。そう、萩尾山の竹林でなんてどうかな?」と優しさも愛情も男気も僕らしさも、なにも存在しない、「無僕(むぼく)」の状態の申し出にも、「はい」と二つ返事で応じた。




 朝起きても、トイレで用を足していても、ゲームをしていても、酒を飲んでいる時も、他の女を抱いていても。そんな時に、ふと思い出しそうだが、どうしても思い出せない。何かの拍子すら記憶を掘り起こさない。




 僕は、あのオカッパメガネ女の本名を思い出せないのだ。わからない。殺した後こそなおさらで、名前を聞く機会もない。だいたい、何度もセックスをしておいて、相手の名前すら覚えていないのだから、始末に負えない。ハナから記憶する必要がないと脳がはんだんしたのだろうか。つくづく、僕は人でなしだと思う。




 萩尾山に誘い出す以前に、廻探偵を事務所で誘惑させ、しっかりとオカッパメガネ女漬けにしておいた。その仕込みのおかげで、廻探偵は何の疑念も抱くことなく萩尾山の暗くて狭い獣道を意気揚々と進み、都世原や母、平田さんが埋められている竹林にまでノコノコとやって来たのだ。




 僕は前日から、少し離れた小高い斜面にテントを張り、待ち伏せしていた。都世原の時と同じ罠では芸がないと思ったが、快これは楽殺人ではない。きっちりとこれまでの成功体験を活かした、確実な殺し方にしようと決心しなおした。




 結果、廻探偵をすんなりと同じ凶器の石で撲殺し、用済みのオカッパメガネ女を背後から絞殺した。ここで殺し方に欲が出たと思われては困る


。撲殺じゃぁ可哀そうすぎると情けをかけてしまったのだ。せめてもの、僕を感じながら殺してあげないとと、竹林を結ぶのに使ったロープを再利用した。




「ノリくん……」と最期の呼吸が漏れるその瞬間まで僕にすがるように、僕の名前を呼び続けた馬鹿な女だった。




 という一連のいきさつで、五人を殺害し、萩尾山の竹林に埋めたというわけだ。竹林なのに不自然にデカい木の切り株があった。その周辺を囲むように、円状に深い穴を掘り、死体を埋めなおしていった。母や都世原、平田さんを無造作に埋めたのを少し後悔していたからだ。掘り起こした時には、ずいぶんと腐敗が進んでいて、森は生きているんだな、と興奮した。こんなヤツラでも役に立つんだと。




 三六〇度の円を六で割った。ホームセンターで購入しておいた組み立て式のシャベルを取り出し、六〇度間隔で穴を掘った。美しい配置だった。だが死体は五つしかないことにこの時点で気づいた。1つ分余ってしまった。仕方がないのでそのまま穴を埋め戻した。埋め戻しながら、そのうちもう一人埋めればいいと考えた。


 


 僕にはまだやることがあった。母の失踪届をいつ出すかという問題だ。




 母は以前から生活にはだらしなく、失踪届を出したのは殺害してから二カ月が経過した頃だった。父と姉貴の月命日は避けた。




 普段から実家に出入りしない僕としては、それくらい泳がせるのが妥当だ。むしろ殺害直後や一ヵ月程度で届けでるようであれば、逆に不自然だと警察に怪しまれるだろう。疑いの目が一瞬でもこちらに向くことはあっても、持続されるのは困る。なにせ、穴はあと一つしかないのだから。




 都世原は車の修理を依頼していた整備会社から、連絡がつかないと騒がれ、最終的に別れた前妻経由で警察に相談がいったようだった。この程度の世間話なら、地元の飲み屋に顔を出していればいくらでも手に入る情報だ。僕が知っていても不思議ではない。




 廻探偵はそもそも普段から所在が不明な男で、事務所の近隣住民も彼の顔をよく覚えていない。職業柄、他人に顔を覚えられないようにしていた彼の習性が、図らずも失踪という判断を大幅に遅らせる結果となった。




 最大の誤算は、オカッパメガネ女だった。アパートから凄まじい異臭が漂っていると大騒ぎになった。警察立ち合いのもと、訴えた隣人たちを後ろに控えつつ大家が踏み込んだのだ。




 彼女が部屋で飼っていた猫二匹が餓死していた。ペット禁止のアパートで、主の帰宅を心待ちにしながら、腹を空かせたまま死んだのだ。リビングとベッドで別々に横たわり、夏の暑さも相まってドロドロに腐敗していた。




 同時期に勤め先の廻探偵も行方不明となっていたため、警察は早々に「探偵と事務員による二人しての駆け落ち失踪」と結論付けた。というのも、廻探偵は妻との離婚協議が膠着状態で、妻側からオカッパメガネ女との不倫関係を厳しく追及されていた背景があると。探偵でありながら、探偵を使われて調査されいたのだという。




――-そして、この警察による捜査状況の裏話を、僕は他ならぬ須藤美紀の口から直接聞かされた。須藤美紀は、僕が五人殺害したことをお見通しだったのだ。もちろん初対面である。




 大学の事務室には、通販での納品物が毎日大量に届く。基本的には大手の配達業者が牛耳っているのだが、たまに僕の委託先のような弱小配達業者にお零れのようなスポットの配達依頼が流れてくることがあった。いつものルート外の配達は、みんな嫌がる。当時、平田さんは「絶対やらねぇ」と強気で言っていた。そう言う事情で美紀の大学のスポット配達は僕に任されていた。




 しっかりとした二重に、すっと通った作りもののような完璧な鼻筋。細身で、背がもう少し高ければ雑誌のモデルぐらいにはなれたろうに、と僕の妄想を掻き立てるほどの美貌の持ち主だった。




 ある日、大学構内の駐車場に車を停めていた。すると、助手席側のドアが音を立てずに開いた。タイトなジーンズ姿で、すっと尻から滑り込んできた須藤美紀は、信じられない程に甘い香りを漂わせていた。荷物に匂いが移ると困るが、この理解不能な状況を受け入れた。それほど、美しかったのだ。




「重田則定くぅん、キミ、人殺しているでしょー?」


 と言ってのけた。フルネームも竹林の秘密のことも知っている? この女をすぐに始末せねば、と車内に殺気が漏れた。だがそれは、僕だけの殺気ではなかった。


 


 僕が胸ポケットのボールペンに手を伸ばそうとした途端、彼女の細い右手人差し指・中指がⅤの字に開き、鋭く手入れされたインペリアルパープルのネイル先端が、僕の両目を捕らえた。眼球の数ミリ手前でピタッと静止した、睫毛に触れているのを感じた。




「映画じゃないんだから、ボールペンじゃぁ殺せないわよ。ましてや、私、プロだもの」




 須藤美紀はクスリと冷たい笑いを漏らした。胸元まで流れる灰色がかった茶髪を、左手でふわりとかき上げた。右手は僕の眼球前で制止したままだ。少しでも指先が動けば、容易に破裂させられる。




「どうする気ですか?」




 僕は視界を遮られた爪越しに、視線をスマホの配達リストに戻し、極めて冷静を装いながら須藤美紀の要求を探った。ハンドルを握る手持無沙汰の左手が湿っている。背中には大粒の冷たい汗がツツッと流れ落ちた。




「私のストーカーになって欲しいの」




 須藤美紀の依頼は、いつも僕の貧相な予想が届かないところに放たれる。俺は、理由を聞かずに「わかった」とだけ答えて、須藤美紀と連絡先を交換した。不条理な要求を飲んだのは、この依頼の先にあるものを見たかったからだ。




 そして、その依頼が指揮嶋鳩子につながるものだとは夢にも思わなかった。

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