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身代わり殺され屋の藤巳(フジミ)くん  作者: 猫爪とぎ
重田則定から、指揮嶋鳩子へ

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第十一話

 仕方なかった、と我が口から出る場合は甘えだ。仕方ない以外の方法だって、探せばいくらでもある。




 行為に夢中になる禽獣――母と都世原に気づかれずに、二人を縛り上げるのは簡単な作業だった。まずは都世原からだ。密集する竹と竹の間に張ったロープの中央には、消防の結索で使われる『アルパインバタフライノット(中間つなぎ)』を作っておいた。ロープの途中に頑丈な輪を作る結び方だ。両側からどれほど強い力で引っ張ってもほどけにくい。登山や救助で使われる結束の技術だ。かつて父から叩き込まれた登山の知識が、皮肉にもここで役に立った。荷重をかけてもびくともしないその輪に、もう一本ロープを通す。こちらはあらかじめ、大きな投げ縄のような大きな輪を作ってある。西部劇のカウボーイが使うような。ターゲットが足を踏み入れた瞬間、引き絞るだけの単純な罠だ。




 射精しきったあとの都世原を待った。ひたすら長い時間に感じた。彼は母を立たせたまま、背後から自身を抜き、一人でふらふらと歩き始めた。その瞬間を狙った。母は地面にうつ伏せになったまま、満たされたように肩で息をしている。だらしなく垂れた尻が、たまらなくみっともなかった。




 都世原は何が起こったのか、死ぬまで理解できなかったと思う。テーブルの上を無遠慮にはい回り、気が付く前にペシャンコに潰されている羽虫のように――あの感覚に近いだろう。




 ロープを引き、都世原のくるぶし当たりを一気に締め上げた。「気を付け」の姿勢で後ろから引っ張られた都世原は、前方につんのめり、手を突いて地面にダイブした。腐葉土のフカフカとした地面がクッションになり、静かな鈍い音だけが響いた。そのせいか、母もまだ呻き声を上げたまま、土下座のようなポーズで動かない。いや動けないと言うべきか。




 僕は、間髪入れず都世原の後頭部を登山道で拾っておいた手のひら大の平らな石で殴りつけた。「ぎゃぁあん!」と聞いたことのない歪んだ金属音のような悲鳴が都世原から漏れる。三度、四度と振り下ろして、都世原の手足がピクッピクッと小さく痙攣したのを確認し、後ろ手にして淡々と縛り上げた。




 人の気配を感じたのか、母が「……どうしたの?」と呟いた。この場所を以前に偵察した際には、この二人は「ここにギャラリーを招いて、見せつけよう」などと楽し気に話をしていた。クソみたいな二人だが、そこまで性に貪欲になれるエネルギーは羨ましくもある。




 だが、それが結局二人の子種を残すという生物の本能に従った行為でありながら、何ひとつ未来を育まない刹那な快楽でしかない、と理解しなおせば、愚か極まりない。その時、「二人を断罪することに揺らぐことなく、粛々と実行するのだ」と決意を結び直した。




 地面に立てた膝が痛んだのか、母は四つん這いの姿勢から、ゆっくりと身体を捻った。振り返った母の瞳には、都世原ではなく血濡れた石を持った僕が映った。




 母の正確な年齢を忘れてしまったが、五十代半ばにしては色気もあると思う。男受けしそうな、「甘え」が顔のシワに掘りこまれたような、ある意味永遠の幼さを抱えこんでいた。




 その母が、半身捻って間抜けな姿勢で、今何が起こっているのか理解できないでいる。そのキョトンとした表情、泥にまみれた裸体、垂れた尻と胸、全てが滑稽でおかしくって、僕は思わず「だぁはははは」と腹の底からこみ上げる大笑いを放った。静寂に包まれた竹林で、僕の力強い爆笑だけがその場所を支配した。




則定(のりさだ)ッ……!」


 我が子であって我が子でない。馴れ馴れしいものだ。だが、それ以上は聞く耳もたない。容赦なく腰を蹴り込み、ドラマの刑事が犯人を組み伏せるように膝を立てて体重を乗せ、動きを封じてから両手首をきつく縛り上げた。




 現状が理解できなくとも、これから自分に起こる惨劇は、血まみれで呻き苦しむ都世原を見て察したようだった。




「父さんや、姉貴のところには行けないよ」


 恐怖に震えはじめた母の耳元で、誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。


 


 都世原は無様に命乞いをし、自分だけは助けて欲しいと懇願した。母は、拘束されたまま失禁した。




 謝罪も後悔もさせるつもりは毛頭ない。都世原を時間をかけて丁寧に痛めつけ、その様子を母にしっかりと見るように命令した。「最後まで目を逸らさずにしっかり見れば、命だけは助けてやる」と、母に約束した。 




 かつて母が僕や姉貴を飼い慣らすために囁いてきた「子供だましの口上」そのものだった。あの頃の僕たちがそうだったように、目の前の哀れな母もまた、その安っぽい支配の言葉をすんなりと信じて、コクリと頷いた。目の前に訪れてきた予定外の死が恐ろしいのか。それとも、父や姉貴を殺したという因果応報への怯えなのか。いずれにしても、母は僕に支配されている。




 やがて丁寧な拷問の末に、都世原の息の根が止まった。苦痛に満ちた都世原の死を、母は最後まで見届けた。「よくやった」と声をかけ、一瞬安堵に包まれた母の醜い笑みを確認してから、約束をあっさりと反故にした。




 竹林が吹きおろしの風を受けてガサガサと不穏な音を奏でている。不思議なほど、復讐を遂げた達成感がなかった。父や姉貴も喜ぶとも思えなかった。もちろん、僕も「嬉しい、やったー」なんていう歓喜すら、微塵も感じていなかった。




 母を殺害したとなると、いよいよもって僕も天涯孤独の身になったのだなと、まずは客観的事実を理解するように努めた。冷静さのなかに、焦りで胸が締め付けられてきた。まだ、殺さないといけない奴らがいると。

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