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明治時代に転生したら秘密結社だらけだった件 〜ブラック企業出身の俺、10歳にして暗殺組織の幹部(笑)に担ぎ上げられる〜  作者: 斉宮 柴野


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第四話 秘密結社『72時間働けますか』

今回は、朗人が新たな任務で学習院に潜む秘密結社を監視するお話です。

そして、彼の前世に関わる“絶対に許せない敵”が現れます。

意識が、泥沼の底からゆっくりと浮上してくるような感覚だった。

全身が鉛のように重く、そして信じられないくらい痛い。


「いててててて……!!」


俺、拝原朗人は、畳の上でピクッと指を動かし、ゆっくりと目を開ける。


少し身じろぎしただけで、全身の骨格、特に背骨付近から「メキッ」「ミシッ」という、生物として絶対に鳴ってはいけない嫌な音が連鎖して響く。


「息をするだけで肋骨が軋む……! あのアネキ、マジで殺す気かよ……。熊のハグでもあそこまで凶悪じゃねえぞ……」


時の番人・五番の猶井蓮。

はち切れんばかりのダイナマイト・バディと、親しみやすい関西弁の裏に隠された、あの常識外れの怪力。


「愛情たっぷりな抱っこ」とか言っていたが、あれは完全に暗殺技の一種だ。

万力で締め上げられたかのような圧迫感に、危うく三途の川の向こう岸で手を振るご先祖様が見えかけた。


というか、この組織の連中、本当に身体能力の基準がおかしい。

十歳の子供を本気で絞め殺そうとするなんて、児童虐待のレベルを軽く超えている。


「あ、朗人さん。お目覚めですか。闇から帰還しましたね」


顔を上げると、俺の枕元には、我が担当連絡員がちょこんと正座し、湯呑みでお茶を啜っていた。


相変わらずの鉄仮面、相変わらずの死んだ魚の目だ。

俺が気絶している間、ずっと特等席でこの惨状を見守っていたらしい。

助けろよ。少しは。


「なあ、連子れんこよう。この組織、いい加減にまともな奴はいないのか?」


「ブフッ!!」


連絡員が、飲んでいたお茶を盛大に吹き出した。

霧状になったお茶が、俺の顔面にパラパラと降り注ぐ。


「汚ねえな!!」


なんだこいつ、いつもは鉄仮面のくせに、変なところでリアクションがデカいな!


「……な、なんですか『連子』って!! 適当なネーミングをやめてください!! 私が必死に保っているミステリアスなベールが、一気に所帯染みるじゃないですか!」


ミステリアスなベールってなんだよ。自分で言うなよ。

というか、所帯染みてるってことは自覚してるのか。


「だって、お前がいつまで経っても名前を教えてくれないから。お前は俺の連絡員なんだろ? だから『連絡員』の『連』に子をつけて『連子』。妥当なネーミングセンスだろ。俺は前世で、よく行く定食屋のおばちゃんに『定子さん』って勝手にあだ名つけてたぞ」


俺が至極真っ当な(?)理由を説明すると、連絡員は奥歯をギリギリと噛み締め、悔しそうにプルプルと震え出した。


「ぐむむむ!! わかりました! もう教えます! いつまでもそんな田舎臭い名前で呼ばれるくらいなら、自ら名乗った方がマシです!」


「私の名前は、つらね 絡子らくこです!!」


「…………本名??」


聞き間違いだろうか。いや、はっきりとそう聞こえた。


「本名ですよ!! 先祖代々、裏社会で暗躍してきた誇り高き『連』家の由緒正しき長女です!!」


連・絡子れん・らくこ


「……『連絡員』と字面も響きも、一ミリも変わらないな……」


つらね絡子らくこ

縮めて連絡子。音読みすれば連絡。


完全に、そのまんまじゃないか!


「いや、むしろ秘密結社の連絡員になるべくして生まれたような名前だな……。親の顔が見てみたいよ。どんな英才教育を施したら、娘にこんなダイレクトな名前をつけられるんだ」


「フフッ、これで私のミステリアスな設定も復活ですね」


絡子(もう名前で呼ぶことにする)は、誇らしげに胸を張る。


「いや、ミステリアス要素ゼロになったわ。むしろ就職先が名前で決まるシステムなのかこの世界は。俺の名前も『暗殺 太郎』とかに改名しないとダメなのか?」


もういい。こいつに常識を求めるだけ無駄だ。

俺は痛む背骨をさすりながら、ゆっくりと上半身を起こす。







◇◇








数十分後。

俺の目の前の机の上には、くしゃくしゃになった一枚の紙が広げられている。


所々破れていたり、謎のシミ(たぶんお茶か何か)がついていたりする、非常に状態の悪い書類だ。


『どうやら俺が気絶している間に、五番の蓮さんは「ほな、次の任務あるさかい!」と大阪へ帰ってしまったらしい。で、残された引き継ぎ書類がこれなんだが……』


「非常ーーーーーーーーーに!! 字がド下手!!」


なんだこれ。本当に文字か?

ミミズが墨壺の中でブレイクダンスを踊ったような、あるいは三歳児が利き手じゃない方の手で殴り書きしたような、解読不能な記号の羅列だ。


「なんだこれ、象形文字か!? 古代エジプトの壁画の方がまだ読めるぞ! おい、ここ見てみろ!」


書類の真ん中あたりを指差す。


「『任務』って漢字の偏とつくりが離れすぎてて、『人』と『壬』と『矛』と『力』に完全に分裂してるぞ!! 一つの単語が四つの謎の文字に分解されてる! これ解読するのに二時間かかったわ!!」


前世で、医者の書いたカルテや、上司の殴り書きのメモを解読するスキルには自信があった俺だが、これには完全に敗北宣言だ。


「蓮さんは情熱と勢いで文字を書く方ですから。紙からハミ出なかっただけマシですよ」


ハミ出なかっただけマシって、どんな基準だよ。


「で、内容は解読できたんですよね?」


「ああ。たぶんな」


俺は、自分の解読結果に全く自信が持てないまま、脳内で整理した情報を口にする。


「どうやら大阪から標的が東京(帝都)に移ってきたから、俺が『監視』の任務を引き継ぐらしい。……つまり、四六時中つきまとって様子を報告する任務ってことだよな?」


「ええ、そうです。瞬き一つ見逃さない、完璧な監視をお願いします」


「ストーカーかよ! ってか、俺は学習院に通う十歳の小学生だぞ!? 学校はどうすれば良いんだよ!! 授業受けてる間に見失うだろ! 四六時中なんて物理的に無理だ!」


前世のサラリーマンなら、出張扱いで業務に専念できるかもしれないが、俺は表向きは由緒正しい華族のお坊ちゃまである。


学校をサボって怪しい男をストーカーしていたら、すぐに家庭教師の筋肉ダルマが飛んできて、物理的に「指導」されるに違いない。


「四番。秘密結社員たるもの、表の顔をおろそかにしてはいけません。優等生として学校に行きながら、24時間監視してください」


「は?」


「二つの顔を完璧に使い分ける……それが『時の番人』の美学です」


出た! 伝家の宝刀「美学」!

なんでもかんでも美学で片付けようとするな!


「どうやって!? ねえ、どうやって物理法則を無視するの!? 俺の体は一つなんだよ!! 学校の教室にいながら、帝都のどこかにいるターゲットを監視するって、遠隔透視でも使えって言うのか!?」


「それを考えるのが一流の秘密結社員でしょう」


絡子は、完全に「私は丸投げしますよ」という態度で、すまし顔をキメている。


どうやら、この世界の秘密結社員とは分身の術でも使える超能力者の集まりらしい……。俺への要求スペックが高すぎる。


完全にブラック企業のノリだ。

「できない理由を考えるな、できる方法を考えろ」という、前世のクソ上司と全く同じセリフだ。


「でも、今回は大丈夫ですよ」


「え?」


「標的は、すでに学習院に『用務員』として潜り込んでいますから。学校にいながら、合法的に監視できます」


「…………」


学習院に潜り込んでいる? 用務員として?

標的というのは、たしか秘密結社『72時間働けますか』の構成員、佐藤さんD(仮名)だ。

またしても痛すぎるネーミングの結社だが、それはさておき。


「…………学習院の警備どうなってんの?」


「どうやらこの世界の秘密結社は、国家の重要機関にでもスルッと潜り込むらしい。凄いな〜。ホント、ザル警備だな〜!!」


学習院といえば、皇族や華族の師弟が通う、日本で最もセキュリティレベルが高いはずの教育機関だ。


そこに、得体の知れない秘密結社の構成員が、あっさりと用務員として採用されている。

身辺調査とか、履歴書の確認とか、そういう概念はこの時代には存在しないのだろうか。

それとも、敵の偽装工作が完璧すぎるのか。


「というわけで、明日からの学校生活が楽しみですね、四番」


全く楽しくない。

明日から、授業を受けながら、その怪しげな用務員の動きを監視し続けなければならないのだ。

学校生活が、地獄のサバイバルミッションに変わってしまった。


「……前世のサビ残の方が、まだマシだったかもしれない……」


俺はくしゃくしゃの書類を握りしめ、再び畳に突っ伏した。

背骨の痛みが、俺の絶望に拍車をかける。


転生して十年、俺の人生に安息の日は訪れるのだろうか。

答えは「否」であると、俺のゴースト(社畜魂)が囁いているのだった。




◇◇






初夏の日差しが、容赦なく帝都の地面を焼きつけている。

ジリジリと肌を焦がすような陽気の中、俺たち学習院の生徒は本来なら優雅な昼休みを満喫しているはずの時間帯だ。


校舎の窓からは、育ちの良いお坊ちゃんやお嬢ちゃんたちが楽しげに談笑する声が、涼やかな風に乗って聞こえてくる。

しかし、俺の現実はそんな煌びやかな青春のワンシーンからは程遠い場所にある。


ここは学習院の敷地の端っこ、鬱蒼と茂る校舎裏の植え込みの中だ。

土と青臭い葉っぱの匂いにまみれながら、俺は膝を抱えて息を殺している。


隣には、相変わらず無表情な鉄仮面を貼り付けた我が連絡員、絡子が、なぜか頭に木の枝を何本も突き刺した謎のカモフラージュ姿でしゃがみ込んでいる。


スナイパーのギリースーツのつもりかもしれないが、制服の着物の上から適当に枝を挿しているだけなので、ただの「木に突っ込んだ痛い人」にしか見えない。


しかし、そんなツッコミを入れている余裕は今の俺にはない。

俺たちの視線の先、校庭の片隅に、今回の任務の標的がいるからだ。


照りつける太陽の下、麦わら帽子を深く被り、竹箒を手にした初老の男が一人。

彼は、リズムよく「サッサッ」と音を立てながら、落ち葉を綺麗に一箇所に集めている。


どこからどう見ても、ただの人の良さそうな用務員のおじさんだ。

額に浮かぶ汗を首に巻いた手ぬぐいで拭う仕草なんて、労働者の鑑そのものである。

この男が、あの痛すぎる名前の秘密結社『72時間働けますか』の構成員、佐藤さんD(もちろん仮名だ)だというのか。


「なあ。あの一見人の良さそうなおじさんが標的のテロリストなんだよな? この結社の目的って何なんだ? 外務省の時みたいに爆破か? それとも要人の暗殺?」


俺は、隣で双眼鏡を構えている絡子に、声を限界まで潜めて尋ねる。


いくら秘密結社とはいえ、こんな真っ昼間の学校に用務員として潜入しているのだ。


何かとんでもない陰謀が進行しているに違いない。

毒を盛るとか、朝礼の最中に校舎を爆破して日本の未来を担うエリートの卵たちを一網打尽にするとか、そういうスケールのデカい悪事を企んでいるはずだ。


俺の脳内では、ハリウッド映画ばりのパニック展開がすでに予想されている。

しかし、絡子は双眼鏡から目を離すことなく、淡々とした声で俺の予想をあっさりと否定する。


「いえ、朗人さん。この秘密結社の目的は、国家転覆や武力支配とか、そういった物騒なものではないみたいです」


「へー、なんだ? 偉い政治家の弱みでも握るとか? あるいは女の尻を追いかけるとか?」


拍子抜けして、適当な推測を口にする。

武力を使わない秘密結社なんて、ただの詐欺集団か、変態の集まりか、あるいは怪しい新興宗教くらいしか思いつかない。


「惜しいです」


「尻を追いかけるのが惜しいのかよ。どんな変態結社だ」


女子生徒の着替えでも覗くつもりか、あのエロ親父!

麦わら帽子の下でどんな卑猥な妄想を膨らませているんだ!


そんなくだらない目的のために、わざわざ用務員として雇われる労力を割いているのか。


「彼らの目的は……全国の学校に潜入して、若くて見込みのある真面目な子供を少しずつ洗脳し、将来、自社の社員として【24時間文句一つ言わずに働く人間】に育てることだそうです」


「…………はい?」


今、この女は何と言った。

24時間、文句一つ言わずに働く人間?


「給料は最低限、休日はゼロ。それでも『やりがい』という言葉だけで命を削って働く兵隊を作り上げる……。その名も、秘密結社『72時間働けますか』だそうです」


「………………」


時が、止まる。

校舎から聞こえていた生徒たちの笑い声も、風が木々を揺らす音も、すべてが俺の意識からフェードアウトしていく。

ただ、絡子の放った無機質な言葉だけが、俺の脳内に木霊している。


……随分と歴史を先取りした目的だな!!


明治時代だぞ、今は!

チョンマゲを切ってまだ十年、ようやく近代国家としての歩みを始めたばかりのこの時代に、すでに昭和から平成、令和にまで蔓延る【ブラック企業】の概念を完成させようとしているだと!?


労働者を安い賃金でこき使い、精神論と「やりがい搾取」で洗脳し、使い捨てのボロ雑巾のように絞り尽くす。


前世の俺が所属していた、あの地獄のようなIT土方企業と全く同じ手口じゃないか!


しかも、結社の名前が『72時間働けますか』だと!?

前世のバブル期に流行った栄養ドリンクのキャッチコピー「24時間戦えますか」のさらに3倍働かせようとしてるじゃねーか!!


人間は72時間連続で起きていたら幻覚を見るんだぞ! 脳の処理能力が低下して、キーボードの「A」を押すだけの作業すらまともにできなくなるんだぞ!


「恐ろしい結社です。このままでは、罪のない子供たちの健やかな睡眠時間が奪われ、休日の公園遊びが失われてしまいます」


だが、そんな生ぬるい言葉では、今の俺の心に渦巻く感情を表現することなど到底できない。


俺の奥歯が、ギリッ、と強く噛み締められる。

同時に、脳の奥底に厳重に封印していたはずの、前世の忌まわしい記憶が、土石流のようにフラッシュバックしてくる。


夜中。日付が変わっても煌々と明かりが点き続ける、生気の全くないオフィス。

鳴りやまない深夜の着信音。

デスクの横にジェンガのように積み上げられた、エナジードリンクと栄養剤の空き瓶の山。


目の下にどす黒いクマを作り、ゾンビのように虚ろな目でモニターを見つめ続ける同僚たち。


そして、奥のふかふかの椅子にふんぞり返りながら放たれる、上司の「明日までにこれよろしく。君の成長のためだから」という、血も涙もない無慈悲な声。


成長のため。やりがい。自己実現。

そんな耳障りの良い魔法の言葉で呪いをかけられ、俺は来る日も来る日も、終電を逃し、会社に泊まり込み、安いカプセルホテルで数時間の仮眠をとるだけの生活を続けていた。


家族との時間は消え失せ、趣味を楽しむ気力も尽き果て、ただただ「仕事」という名の無限軌道を走り続けるモルモット。


そしてついに、過労で心臓が警鐘を鳴らし、会社のトイレの個室で意識がブツンと途切れたあの瞬間の、圧倒的な絶望と後悔――。


どうして、あの時「ノー」と言えなかったのか。

どうして、逃げ出さなかったのか。

自分の命より大切な仕事なんて、この世に一つも存在しないというのに。


前世で味わったその究極の苦痛と絶望を、この世界の、しかもこれから未来を担う子供たちに味合わせようとしているだと?


純粋で真面目な子供たちの心に付け込み、「君は特別な存在だ」「この仕事は君にしかできない」と甘い言葉で洗脳し、精神を縛り付け、労働力として搾取し尽くす。


そんな悪魔の所業を、この帝都のど真ん中で、しかも由緒ある学習院の敷地内で企てているというのか!


「……許せねえ」


「え?」


「爆弾テロより……国家転覆より……俺はっ……俺はあいつらが許せねええええええええっ!!!」


ふざけるな。絶対に許さない。

国家がどうなろうと知ったことか。政治の主導権がどこに渡ろうと俺の知る由もない。


だが、労働者を食い物にするブラック企業だけは、絶対に、絶対にこの世に存在させてはならない!


これは、前世でサビ残を極め、過労の果てに命を落とした一人の社畜としての、譲れない矜持だ!


俺の全身から、凄まじい怒りのオーラが立ち上る。

いや、比喩ではない。本当に、目に見えるような高密度の殺気が、俺の十歳の小さな体から陽炎のように立ち昇っているのだ。


あまりの気迫とプレッシャーに、周囲の植え込みがガサガサと揺れ、青葉がパラパラと悲鳴を上げるように地に落ちる。

足元の土が微かに振動し、空気が一気に重く冷たくなる。


「おお! 四番がかつてないほど任務に燃えています! 素晴らしい美学です!」


絡子が、俺の放つ異常な殺気を前にして、なぜか手を叩いて喜んでいる。


美学じゃない! これは怨念だ! 全国の、いや、時空を超えたすべての社畜たちのルサンチマンの結晶だ!


俺は腰に下げた中二病装備、短剣『刻巡刃』の束に手をかける。


今まで一度もまともに使えたことのない、三メートル先でポトリと落ちるあのポンコツ短剣。


だが今は違う。

俺の体内に満ち溢れるこの凄まじい怒りのエネルギーがあれば、鋼鉄の装甲だろうと、因習に囚われた古い企業体質だろうと、すべてをぶち抜ける気がする。


「おい絡子! 俺の短剣『刻巡刃』の刃を極限まで研いでおけ!!」


「あのふざけた労働基準法違反結社を、今日、今ここで! 俺が木っ端微塵に殲滅してやる!! 外務省の時みたいな『可能であれば』なんて甘い条件はいらない! 奴らのアジトの場所を吐かせ、幹部から末端の構成員に至るまで、全員のタイムカードを強制的に切らせてやる!!」


俺は弾かれたように立ち上がり、茂みから飛び出してあの麦わら帽子のおじさんに斬りかかろうとする。


「落ち着いてください朗人さん!」


しかし、その瞬間、絡子が俺の腰に勢いよくしがみついてくる。

見た目にそぐわない強い力で、俺の突撃を引き止める。


「離せ! あの洗脳おじさんを血祭りに上げるんだ! 奴の口から『残業』という単語が二度と出ないように、顎の骨を砕いてやる!」


「ダメです! まだ労働基準法という法律はこの国にありませんよ! 明治ですよ今!」


そうだ。ここは明治。

一日の労働時間を八時間に制限する法律も、週休二日制も、有給休暇の概念も、すべてが未来の産物だ。


今の時代、ブラック企業という言葉すら存在せず、過酷な労働は「お国のため」「丁稚奉公の常識」としてまかり通っている。


「うるせえ!! 法律がないなら俺が法律だ!!」


法律がないなら、作ればいい。

俺のこの短剣が、新たな労働基準法第一条を刻み込んでやる!


「サビ残を強要する奴は、俺の短剣で定時に帰してやる(物理で)!! サービス残業なんてこの世の悪だ! 労働の対価は一円単位で支払われるべきなんだよぉぉっ!!」


「ステイ! 四番、ステイです! 隠密行動の美学が台無しです!!」


「美学の前に労働者の権利を守れぇぇぇ!!」


俺たちのそんな命がけのやり取りなど全く知る由もないターゲットのおじさんは、初夏の心地よい風に吹かれながら、実にのんきな様子で「サッサッ」と落ち葉を掃き続けている。


その顔には、労働の喜びを噛み締めるような、穏やかな笑みすら浮かんでいる。


あの笑顔の裏で、未来の子供たちを地獄の労働環境へ突き落とす計画が進行していると思うと、俺の怒りのボルテージはさらに跳ね上がる。


見ているがいい、秘密結社『72時間働けますか』

お前らの野望は、俺が必ず打ち砕く。


すべての労働者に、定時退社と有給休暇の光を!

ここまで読んでくださりありがとうございます。

朗人が珍しく本気で怒る回でした。

秘密結社『72時間働けますか』への感想など、気軽にいただけると嬉しいです。

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