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#9

 この一件を使ってウスラー商会に追い込みを掛けるために、オレがまず向かったのは冒険者ギルドだった。


 灰鹿亭に火を放ったのは冒険者。

 ウスラーが取り立てに雇ったのも冒険者。

 そして前日、オレが受注し損なった債権回収の依頼。


 それらが意味することは、冒険者ギルド経由で出された依頼が、灰鹿亭への取り立て依頼だった可能性だ。

 ギルドカウンターにいた受付嬢は顔なじみで、街の噂に耳ざといこの女は当然のように灰鹿亭の火災についても知っていた。


「いえ、その……さすがにヤクザ様が相手でも、誰の依頼かをお話しするのは無理ですよ」

「そうですか?それは残念です。ならこの件は領主か騎士団にでも申し出た方がいいですかね?まぁ、冒険者がギルドからの依頼で犯罪に加担したとなると、面倒な事になるかもしれませんが……」

「ちょ、ヤクザ様!?」

「なに、ここだけの話にしておきますよ。お話しして戴ければむしろ貴女は犯罪者を捕縛する協力を行ったことになる。おそらくこの件は報奨金が出るでしょうから、オレが事前に貴女に立て替え払いしておきますよ」


 受付嬢は債権回収依頼の詳細を他人に話すことは出来ないと渋ったが、ギルドが犯罪の共犯になる可能性を示唆するオレ脅しと、金貨を数枚握らせたことで渋々ながらも口を開いた。

 昨日の依頼はオレの予想通りウスラー商会からのもので、ボブとカイルという2人組が依頼を受けたという事実を聞き出したオレは、もう一手を打つことにした。


「では、その依頼書と受注書を預からせていただけませんかね?」

「え?どうして……」

「何、その書類がギルドにあると、いざというときにギルドは無関係だと言い張れないでしょう?貴女の受注印が押されているのですから、下手をすると貴女も共犯扱いされかねません。かといって勝手に破棄すると問題になるでしょうから……そうですね、ほとぼりが冷めるまでオレがお預かりしておく。それでどうですか?」

「でも、それはギルドの規則が……」

「規則も大事ですが、オレとしては貴女の身が心配なんですよ」


 そう言って優しく微笑んでみせる。

 もちろん、この女がどうなろうとオレの知ったことではないが、無料で使える優しさが交渉カードになるのなら、それを使うまでのことだ。


「変なことに使いませんよね?あとで私を脅したりとか……」

「オレがそんな悪党に見えますか?」

「いて、ヤクザ様はそんな方ではないと思いますが……」


 受付嬢の言葉に思わず吹き出しそうになるが、真顔で堪えた。書類を使って誰かを脅すのはヤクザの本業のようなもので、そこで信じられても困るのだが。

 ともあれ、オレはウスラー商会が発注した、債権回収依頼の証拠を手に入れることに成功した。



 次にオレは受付嬢に頼んでボブとカイルの2人をギルド支部へ呼び出そうと試みた。

 あれだけの騒ぎになった火事を引き起こした当人達だから、2人とも高飛びをしている可能性は高い。だが2人の証言を得られているかどうかで、この後の動きは少々変わってくるからだ。


 半ば無理筋な頼み事だと諦めながらオレが告げた言葉に、受付嬢はきょとんとした表情で答えた。


「えっと……ボブ様とカイル様なら、あそこで依頼掲示板を見ていますが……」

「……あ?」


 受付嬢が視線で指す方向には、確かに二人連れの男がいた。

 片方はひょろりと背ばかり高い禿頭の男。もう1人は体格は良いが小柄な髭面の男。

 どちらも小汚い服装の上から粗末な革防具を身につけていて、一目で低ランクの冒険者だということが見て取れる。


 そしてオレにとっては全く理解出来ないことだが……どちらも放火犯とは思えないような堂々とした様子で、冒険者ギルドに顔を出している。


「……一つ聞いてもいいですか?」

「はい、なんでしょうか?」

「あの2人は……阿呆ですか?」

「……私の口からは、お答えできかねます」


 受付嬢が視線をそっと逸らしてそう言ったということは、そういうことなのだろう。

 つまりあの2人は自分達の行動が何を招いたのか理解せず、平然と日常生活を送っている。


 日本でもトクリュウの連中が使い捨ての実行犯として集める闇バイトの連中がいたが、闇バイトに応募する奴らは目先の利益しか考えることが出来ず、「これはホワイト案件だ」という、あからさまな嘘に簡単に引っかかって犯罪に手を染める。


 連中が衝動的としか言いようのない愚行に加担する理由は知能や想像力の欠如という言葉で説明されているが、闇バイトに応募する連中と同様、ボブとカイルという2人もまた知能や想像力というものが根本的に欠如しているのだろう。


 ……そうでなければ、債権の取り立てで向かった先で、火の付いたランプが載ったテーブルを蹴り倒すような愚行はしないはずだから。



 だが、これはオレにとって好都合だ。想像力が欠如した人間は容易に操ることが出来る。

 そう考えながら2人の元へ歩み寄るオレは、無意識のうちに笑みを浮かべていた。


「失礼、ボブさんとカイルさんでしょうか?」

「なんだ、お前。……おい、ボブの知り合いか?」

「知らねえよ。誰だよ、お前」

「申し遅れました。オレも冒険者で……ヤクザと言うものです」

「で、そのヤクザが何の用だ?俺達、仕事を探すので忙しいんだ。おいボブ、良い依頼ないのか?」

「うるせぇ、難しい字が並んでるから読めねぇんだよ!なんで今日に限って代読屋のガキがいねえんだ」


 代読屋というのは、オレもギルドの中で見たことがある。

 この国の識字率はそう高くなく、下層労働者である冒険者の中には字がろくに読めないものも多い。

 そんな冒険者が依頼書を読む際に使うのが、小遣い稼ぎのためにギルドに出入りしている商家の子女や魔法使いの弟子達――つまり文字が読める子供達の小遣い稼ぎが、代読屋なのだと聞いた事がある。


 そして代読屋に頼るということは、この2人組も契約書がろくに読めていない可能性が高い。


「実はお二人にお話を伺いたいと思っていまして。お時間を取らせてしまいますから、オレからの依頼という事で……半刻ほどお話しを聞かせていただければ、銀貨3枚ずつお支払いしますよ」

「おお、いいじゃねぇか!話するだけでメシにありつける!な、カイル!」

「ああ、いいぜヤクザさんよ」

「ではあちらのテーブルで……」


 愚か者もこういうときには役に立つ。これが半端に小賢しければ、話を聞くだけでちょっとした依頼に匹敵する額を貰えることに不信感を抱くはずだ。

 だがこの二人は想像力の欠如から、この依頼が自分達の……そして依頼主たるウスラー商会の息の根を止める一撃になることを想像だにしていない。


 その後、オレはお話を伺うという体裁を保ったまま、二人を尋問した。

 聞き出す内容は二人が請け負った依頼内容の確認と、依頼書には書かれていない依頼達成条件に関する詳細な指示内容だ。


 尋問の結果、依頼書には「合法的な債権回収」と書かれていたにも関わらず、実際の所ウスラー商会はこの二人に暴力の行使や灰鹿亭内での破壊工作を行うことを推奨していたことの言質が取れた。

 まるでホワイト案件だと言われて強盗に入る闇バイトの連中と同じノリだ。


 聞けばウスラー商会はこの一件が終わったら2人に街を出てしばらくほとぼりを冷ますよう指示をしてたようだ。


 だが呆れたことにこの2人は自分達の行いで火が出たことに焦って現場を逃走、ウスラー商会にことの顛末を報告したが、当然取り立てに失敗している以上満額の依頼料を受け取ることが出来ず、酒場でクダをまいている間に受け取ったカネを使い果たしてしまったらしい。


 2人とも自分達の行いが犯罪行為となることには薄々感じているようだが、金を使い切って街から逃げることができず、仕方なく冒険者ギルドで逃走資金を稼ぐための依頼を探しているうちに、元々の目的を忘れて飯の種探しを行っていたという証言に、オレは頭痛を感じた。


 随分と悠長なことだと思いながらそれで良いのかと問うたオレに、連中は「オレ達は悪くねぇ。悪いのは依頼を出したウスラーと、カネを払わなかった宿屋の連中だ」と言った。


 清々しいまでの他責思考には笑うほかないが、連中が街を離れていなかったおかげでオレとしては随分話は楽になる。

 おそらく連中の口が軽い理由は金払いの悪いウスラーに対する不満もあるのだろうが、それにしてもここまで囀るとは、ウスラーの人を見る目のなさにも呆れるほかない。


 そんな事を考えながら、オレは証言内容を一語一句正確に書面へと落とし込んでゆく。

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