#10
「なるほど、参考になりました。ところで今聞かせて戴いた内容をこちらに書き留めたのですが、内容が正しいことを確認した上でサインを戴けますか?」
「ん……おい、ボブ!」
「……わかんねぇよ、こんな難しい文章。なぁ、アンタ。ちゃんと書いてくれたんだよな?」
「ええ、もちろん。なんならカウンターの彼女に確認して戴いてもいいですよ」
「じゃあ、それでいいぜ。ペンを貸しな」
結局ボブは内容の確認もせずに、オレが差し出した書き付けにサインを書き込もうとする。
「契約と商業の神エルフローラの御名において記す。ここに交わす言葉と印は神聖な契りなり。両者、心魂をもって条々を守護し履行せよ。約束を違える者には報いあれ……。っと、これでいいか?
「ええ、結構です。助かりましたよ。ではこれが謝礼の銀貨6枚です」
オレが差し出した用紙はこの国で使われている正式な契約を行うためのもので、ボブの口からは当人の言葉とは思えないほど滑らかに契約の女神に捧げる文言があふれ出す。
銀貨と引き換えにオレが受け取った宣誓供述書は、ウスラー商会が出した指示は灰鹿亭に対する損害を織り込み済みなもので、今回の火災は未必の故意であることを立証する有力な証拠になりうるという訳だ。
ボブとカイルは2人の言った「悪いのはウスラー商会」と言う言葉をオレが書き記したことに安堵し、この書面を免罪符か何かのように思っているフシがある。
だがこれはウスラーを追い詰める手札であると同時に、自分達の犯罪供述書でもあることにこの2人が気付くのは……おそらく、騎士団なり自警団なりに捕縛された後のことになるのだろう。
冒険者ギルドを後にしたオレが次に向かったのは、マードック商会だ。
本来であれば会頭に対する貸しはもっと時間を掛けて使い道を考えるべきなのかもしれない。
だが使うべき時に手札を使わず、出し渋って温存した切り札がブタになる事もままある話だ。
なら、最善でなくてもここで手札を切るべきだろう。
「お待たせしました、ヤクザ殿。して今日は何用ですかな?」
「実は以前お約束いただいた金貨500枚分の『お願い』をさせて頂こうかと思いまして」
「ほう。それで儂にどのような事をさせようとおっしゃるのかな?」
会頭はオレに興味を持っているらしく、前のめりな様子でそう聞いてきた。
おそらくオレの話が儲け話なら一枚噛んでやろうとでも考えているのだろう。
そんな事を思いながらオレは会頭に望むことを告げる。
オレの言葉に会頭は怪訝げな表情を浮かべ、言った。
「無論、ヤクザ殿の頼みであれば構いませぬが……本当にそのような事で良いのですか?金貨500枚分の価値があるようには思えませぬが」
「いえ。オレにとっては十分、額に見合うだけの価値がありますよ」
「なるほど、それだけ儂を買って下さっているということですな?」
なにやら会頭は1人で納得しているが、今回に関して言えば大店であるマードック商会の会頭であるという、彼自身の価値が目当てであることも事実だ。
「ところで会頭。先ほどのような話をする際に適した場所はありますかね?冒険者ギルドだと少し場違いな気がするんですが」
「うむ、それなら商業ギルドが良いでしょうな」
……なるほど、ギルドは複数存在している訳か。
もともとオレは冒険者ギルドよりも商業ギルドの方が性に合っている。
ただ身一つで異世界へ放り込まれたオレには、商業ギルドで商える商品も、資金も持ち合わせていない。
なら、経済ヤクザとしての活動を本格化させるために、商業ギルドを利用できるようにせいぜい頑張ってカネを稼ぐことにするか。
カネのためにカネを稼ぐ構造は現実世界と同じだが、このクソッタレな世界に合わせたスキームを一から考えるは面白いかもしれない。
オレは自分が水を得た魚のように生き生きしていることを自覚しながら、マードック商会を後にした。
仕込みはこれで十分。
後は、仕上げの時間だ。
「お前、昨日の……。聞いたところによるとお前の依頼主、不幸な事故にあったそうじゃないか。可哀相だが、こちらも仕事だからな。借金のカタには少々足りんが、あそこの土地はこちらで貰うことになる。問題は無いな?」
オレが顔を見せた途端、ウスラーは渋い顔でそう言ってのけた。
なるほど、この男は灰鹿亭の夫婦が金を払えるなんて最初っから考えてもおらず、冒険者を暴れさせて脅し、宿を乗っ取ることが目的だったということか。
満面の笑顔でないところを見るに、火事で全焼するところまではさすがに予想していなかったというところだろう。
「おや、ずいぶんと耳が早いですね」
「当たり前だろう。昨夜の一件は路地裏のガキどもですら噂しているぞ」
「そうですか?しかしその噂には大事な情報が抜け落ちているようだ」
「……何が言いたいのか、わからんな」
オレの言葉にウスラーは眉をひそめる。
もちろんこの小男は自分の指示で暴れた2人が原因で火災が発生したことを、本人達から報告を受けて知っている。
そしておそらくは、小銭を握らせた実行犯はすでに高飛びしているから、自分に火の粉は降りかからないとも思っている。
だが、オレが仕掛けた揺さぶりに、ウスラーの瞳に小さな揺らぎが浮かぶ。
「実はですね。証言を得たんですよ」
「証言……?何のだ」
「なに、宿の女将がね、冒険者が借金の取り立てに来たって言うもんですから」
「だから、何が言いたい?」
「オレの方から全部話す必要、ありますか?それとも……この書類を示せば理解していただけますか?」
そう言ってオレがまず見せたのは、ウスラーが冒険者ギルドに出した依頼書の写しだ。
本来外部には流出しないはずの、しかし見覚えのある書類にウスラーは目を見開く。
「その依頼書をどこから手に入れたのかは知らんが、それはうちが冒険者に恵んでやっている仕事の一つにすぎんぞ。これが何だと言うんだ」
奴も裏の商売を行っている人間らしく、そう簡単に尻尾を掴ませようとしない。
だがそれでいい。それでこそ潰し甲斐があるというものだ。
「ここには昨日、そちらの出した依頼を請け負ったのは……そう、ボブとカイルという2人組だと書かれていますね」
「一山いくらの冒険者の名前など知らんよ」
「そうですか?ですが私はこの2人を知っています。いえ……今日知り合いました」
「……な!?」
オレの言葉にウスラーは絶句する。
それもそうだろう。奴の計画通りなら実行犯2人は街を離れているはずだ。それなのにオレが2人と今日知り合ったと言えば……どこかで歯車が狂っていることを察することは出来るだろう。
「ずいぶん口も、頭も軽い連中でしたよ。小銭を握らせるとよく囀ってくれた。ああ、連中の話してくれた内容なら、こちらに纏めてありますよ。宣誓を行わせた、エルフローラ神の契約書にね」
「……かせっ!」
ウスラーは俺の手から宣誓供述書を奪い取ると、食い入るようにそこに記された文言を読む。
最初はどす黒い疑念に満ちていた表情が怒りを帯びた赤へと変わり、最後には絶望とともに蒼白となるのが判った。
そんなウスラーを見て、オレは思う。
ああ、これこそがオレの見たかったものだったんだ、と。




