#11
「馬鹿な……あの連中、なんでこんなものを……!」
「悪いのはあんただ、オレ達は指示されただけだ、と言えば免罪されるとでも思っていたんじゃないですかね」
「くそっ、これだから冒険者は……!」
「誤解しているようですがね。ウスラーさん、ヘタを打ったのはあの2人だけじゃありませんよ。こういうときにカネをケチるのは三流のすることだ。あんたは昨夜、報酬の支払いをケチった時点で既に失敗していたんですよ」
オレの言葉にわなわなと震えるウスラーは宣誓供述書を破り捨てようとするが、契約神の名において作製された書面はただの紙ではなく魔法の産物となっている。
破ることも、書き換えることもできないそれは、ウスラーが灰鹿亭炎上の首謀者であるという事実を、ただ冷淡に告げていた。
「……これをどうするつもりだ?俺を役人に突き出すのか?」
「まさか、そんな事をしてもカネにならないじゃないですか。取り引きしましょうや、ウスラーさん」
「取り引き……だと?」
おそらく予想もしていなかった申し出なのだろう。
普通に考えれば、借金を抱えた宿屋の夫婦から依頼されて金貸しに乗り込んでゆく人間というのは、お人好しか正義の味方だ。
そんな連中が犯罪の証拠を得たら、金貸しを糾弾し、断罪しようとするのが王道というものだ。
だが生憎とオレはお人好しでも正義の味方でもない、ただの経済ヤクザだ。
ここまで掛けた手間はあくまでもカネに繋げるための初期投資。
ここからは先は回収のフェーズだ。
「ええ。この証拠をしかるべき所へ届け出てもオレにはなんの益も無い。そしてオレ自身は別にあんたに恨みがある訳でもない」
「……なら、カネで解決できるということか?」
「話が早いと助かりますよ」
ウスラーの言葉に、オレが浮かべた笑みはさぞ邪なものだったことだろう。
だが奴にとってはオレの笑みが邪であればあるほど、安心材料になったはずだ。
なにせこの笑みは、オレが奴の同類であり、同じ価値観で交渉が可能な相手だというサインになりうるものだから。
「……金額を聞かせてくれ。交渉はさせて貰えるんだろう?」
「なに、そんな無茶なことは言いませんよ。お願いしたいことは2つだけです」
「……2つ?なんだ?」
「まず1つ目は、このゴタゴタの発火点になっている件の解決です」
「……例のパン屋に貸したカネのことか」
「ええ。この債権を放棄していただきたい。なにせこれが残っていると、こちらも、そちらも……再び炎上しかねませんからね」
オレの言葉にウスラーは肩をすくめると判ったと言った。
「で、もう一つはなんだ?」
「損害賠償請求です」
「賠償だと?」
「ええ。宿が燃えたせいであの夫婦も、オレも、被害を被りました。それを補償していただきたい」
「ふむ……。宿そのものは難しいが……」
「なら、建造物ではなく燃えた物品に対する補償でいかがですか?」
「それなら問題は無いな。何が燃えたんだ?」
「オレですか?オレもいくつか持ち物を失いましたが……」
そう言ってオレがウスラーに示したのは、半ば燃え、水でふやけた魔法の教本だ。
それが何であるのかを悟ったウスラーは目を細めるが、その視線にはどこか安堵した表情が見える。
「魔法の書か。いくらだ?」
「金貨100枚です」
「わかった。その程度なら十分払うことが出来る」
「助かりますよ、ウスラーさん。実は他にもあるんですがね」
「ああ、一々見せなくてもいい。リストにでもまとめて請求書を作ってくれ」
「わかりました。では……先に賠償契約書だけ作製していただけますか?」
オレの言葉にウスラーは頷くと契約書を作成する準備に取りかかった。
随分と物わかりの良いことだが、おそらくこの程度の額で放火の件がチャラになるなら安いものだとでも考えているのだろう。
そして、オレの気が変わらないうちに契約書に纏めてしまいさえすれば、オレが後から文句を言えないとでも思っているのだろう。
奴はオレが示した賠償対象が「魔法の教本」であったことに内心で喝采を上げているはずだ。
確かにこの教本は高価なものではあるが、異世界から流れ着いたオレが手にすることが出来る程度のモノでしかない。
つまり、こう言った品が他にあったとしても、自分の財力で十分に弁済は可能だし、支払いが済めばオレが持っている証拠を回収して、今回の一件を無かったことに出来ると考えているのだろう。
実に浅はかなことだが……オレが、そう仕向けた事でもある。
「それで、文言はこれでいいか?」
「……そうですね、大筋は問題ありません。ですが少し付記させていただきたいことがあります」
「何をだ?」
「この弁済条項についてですがね。『甲は現金をもって乙が喪失した財の弁済を行う』となっていますが、この後ろに『甲に支払い能力が無いと見なされた場合、現金以外のその他資産での支払いを行う義務を負うこととする』と加えていただけませんか?」
「オレが、金貨100枚程度払えないとでも?」
「まさか。念のためですよ」
「……ふん。随分と慎重な事だな」
ウスラーは少し警戒したようにそう言うが、オレがペンを取りサインに応じようとしないことで、追記が必須条件であることを理解したのか、嘆息してからオレが要求した一文を追加した。
それが自分の首を絞めることになるとも知らずに。
「では明日、賠償をお願いする品のリストをもって来ます。実際の支払い契約については商業ギルドの方でお願いできますかね?」
「商業ギルドだ?なんでまたそんなところで」
「なに、そちらのためですよ。オレはともかくとして宿屋の夫婦が適当な割れた皿を工芸品だと言い張って高額請求するかもしれません。異議があればすぐにでも商業ギルドの目利きに鑑定してもらえるようにしておいた方が安心でしょう」
「お前が何を考えているのかさっぱりわからん」
「オレはただ、誠実な取り引きを心がけているだけですよ」
「ふん、どうだか……。まぁいい、こちらとしては否定する理由はない。では明日、昼四つの鐘が鳴るころに商業ギルドへ来い」
親切めかして言ったオレの言葉を深く疑いもせず、ウスラーはそう言った。
用事はもう終わりだといわんばかりに、オレに向かって出て行けと手を振る奴に背を向けながら、オレは笑いをかみ殺すのに必死だった。
明日は楽しいことになりそうだ。
その日、オレは翌日に備えてラーゼンの街の中心部、商業ギルドに近い場所に宿を取った。
1泊2食付きで銀貨5枚という安宿に分類される灰鹿亭とは違い、その宿には1泊朝食付きで銀貨15枚を請求された。
高いだけあって確かに部屋は灰鹿亭よりも清潔で、調度品の類いも整備が行き届いている。
何なら晩飯に頼んだ料理も、味の薄い灰鹿亭とは違い、そこそこに喰えるものだった。
だが……何故かオレは、この宿ではくつろぐことが出来ず、深夜まで眠りにつくことが出来なかった。
――きっと明日のビジネスの事で気が高ぶっているせいだ。
自分にそう聞かせてシーツを頭から被り、無理矢理に目を閉じる。
落ち着かないまどろみの中、気付けばいつの間にか窓の外が白み始めていた。




