#5
しばらく瞑目するが、武器のこともこの世界の素材のことも満足に知らないオレでは妙案が浮かぶはずもない。
早々に無駄な思考を放棄し、コーディリアに茶を入れさせようと考えたオレの視線が、コーディリアがいつも手にしている杖に引き寄せられる。
そういえばこいつに与えた歩行用の杖は元々「魔力の杖」という名で、魔法の矢を放つ攻撃用の魔導具だった。
一度目の世界でコーディリアはこの杖を使い、オレを守ろうとした。
あの時放たれた魔力で形成された光の矢のビジョンが、オレの脳裏でガキの頃に見たSF映画のワンシーンと結びづけられてゆく。
「おい、コーディリア、それにシェラザード。この世界に『光の剣』はあるのか?」
「ライト……?なんですか、それ」
「我も心当たりがないな。サタンサーベルなら魔王様が使われていたが」
名前から物騒さが察せられる武器のことはさておき、この二人が知らないということは類似する武器は存在しないということか?
しかしオレが思っている名ではない可能性もある、か。
そう判断したオレは記憶の中で宇宙戦士が振り回していたカラフルな光の剣を思い出しながら説明を行う。
「光を刀身に……?いえ、やはり聞いたことはありません」
「主殿。そもそも、だ。剣に魔力を宿すのであれば付与を行うのが一般的だ。先頃アーノルドが行っていた一時的な付与もそうだが、この国でも魔力回路を内蔵して永続的に属性効果を付与する武器なら普通に出回っているぞ」
「なら、光の魔力で刃を作るってのもおかしな話じゃないだろう?」
「いや、おかしいというよりも不合理だな。なにせ魔力のみで刃を形成するには常に多大な魔力を流し続ける必要がある。それに魔力で刃を形成するよりも、魔力伝導性の高いミスリルで刃を造り、そこへ炎や雷を纏わせた方が遙かに効率的だ」
つまり「光の剣」はこの世界の常識ではありえない存在、ということらしい――
「アニキ!ねぇアニキってば!」
ラーゼンを発つ前の出来事を思い返していたオレは、ルゥの呼びかけで現実へ引き戻されることになった。
焚き火に照らされたルゥの赤毛がキラキラと輝いている。
そんなどうでも良い事を考えていると、再びルゥがオレの名を呼ぶ。
「なんだ?トイレに行きたいなら一人で行け」
「ちがうよ!あのね、何か気持ち悪いのが近づいてきてるよ」
「気持ち悪いの……だと?」
ルゥが視線で指すのはオレ達がいる場所から街道を挟んだ反対側だ。
今、オレ達が馬車を止めている場所は墓参りへ来る連中が馬車を停めておく場所なのか、木が伐採され、ちょっとした広場になっている。
そして街道を挟んだ反対側は、近くにある宿場町の連中が代々使っている墓地だと御者が言っていた。
……いくら馬車を止めやすい広場だとはいえ、野営にはおすすめしない場所だと青い顔で忠告していた。
その懸念が現実のものになったのか、ルゥは墓場から何かが迫っているという。
「こんな時間に墓参りをする酔狂なヤツが……」
「いるはずないよ!」
「なら墓荒らしの類いか?」
「村人が埋葬されてる墓を掘り返すなんて、聞いた事がないよ!」
「なら、気のせいだろう」
オレがそう結論づけると、ルゥは大きくため息をついて言った。
「もう、アニキ!こういうとき、真っ先に候補に挙がるのはアンデッドだよ!」
「アンデッド、ねぇ」
冒険者ギルドの資料にはゾンビやらスケルトンやらの情報はあったし、オレ自身は出くわしたことがないが、ラーゼン近くのダンジョンにもその手のモンスターが出ると聞いている。
視線を墓地に向けるが、夜目が効くわけではない上に気配の察知も出来ないオレには何も感じられない。
「で、どうするんだ?」
「倒した方がいいでしょ?」
「まぁ、睡眠の邪魔をされるのは迷惑だからな」
「うん。それに……もうすぐそこまで来てるし。ほらっ!」
そういうとルゥは焚き火から燃えさしを一本取ると、街道の方へ向かって軽く放り投げた。
火の粉を撒き散らしながら燃えさしはくるくると回り、短い距離を飛ぶと墓地の入口付近に小さな灯りを灯す。
……そこには、半ば朽ち果てた死体が1体。
ああ、確かにアレはゾンビだろう。
ホラー映画はオレの好みではないが、対抗手段もなくゾンビに殺戮される映画の中の雑魚共と違い、オレの傍らには勇者がいる。
「で、倒せるか?」
「もちろん!でも、なんか変なんだよね、あれ」
木剣を手に立ち上がったルゥは小首をかしげてそう言う。
オレの感性からすれば、死体が動いて歩く時点で十二分に変だとは思うが……。
「ま、いいか!……やっ!」
軽いかけ声と共にルゥは跳躍すると、木剣の一撃をゾンビの脳天に食らわせた。
アイアンウッド製の木剣が砕けない所を見ると、相手が柔らかいのか、もしくは十分手加減が出来ているのだろう。
しかしいくら手加減しているとはいえ、今のは勇者の一撃だ。
木剣はたやすくゾンビの頭を砕き、胴体の半ばまでめり込んだグロテスクな状態になっている。
辺りに腐肉の臭いが漂い、事態を察したのか起き出してきた御者が青い顔でルゥとゾンビを凝視している。
しかし既にゾンビは頭部を破壊され、戦闘は終わっている。
だがオレがルゥにねぎらいの言葉を掛けようとした時だった。
ルゥはゾンビの腹部に蹴りを入れると、その反動で大きく飛び退った。
「ルゥ?」
「アニキ、やっぱりこいつ変だよ……!」
光源が燃えさし一本では状況が良くわからない。
そう考えたオレは焚き火から燃えさかる薪を一本取り、松明代わりとして掲げた。
炎に照らされた死体は、ルゥの蹴りを食らった反動でよろめいていたが、やがて仰向けに倒れた。
そこまでは、いい。
だが、ゾンビが倒れる前に立っていた場所に漂う、青黒いものはなんだ……?
「ゴ、ゴースト……!?」
「ゾンビの中からゴーストだと?」
「師匠が言ってた!アレ、『憑依霊だよ!』」
言葉の意味からすれば、死体に憑依をして操る悪霊の類いか。
わざわざ死体に憑依する意味はわからないが……まぁ悪霊程度は勇者であるルゥの手に掛かれば問題なく倒せるだろう。
「おい、ルゥ!いけるな?」
「うーん……まぁ、やってみる!」
これまでと違い、少し自信なさげな返事が気がかりだが、それでもルゥは木剣を構えると低空を漂うゴーストに上段から斬りかかった。
「わっ……あ!」
しかしルゥの木剣はゴーストを素通りし、勢い余ったルゥは木剣を地面に叩き付けてしまった。
もしかしたらそうではないかと思っていたが、やはり霊体に物理攻撃は効果がないのだろう。
ルゥが以前使っていた世界樹の木剣であれば、素材に流し込まれた魔力を使って霊体を攻撃することが出来たのかもしれない。
だが、ただの木材でしかないアイアンウッドの丸棒には、都合良く魔力を流すような能力は備わっていないようだ。
そして最後の「あ」が意味するのは、力任せに地面に叩き付けられたルゥの木剣が折れたことを意味している。
「アニキ!折れた!」
「見れば判る」
「えっと……どうしたらいい?」
「いけるんだろ?」
「まぁ、いけるけど……いいの?」
「かまわんぞ」
「わかった!」
そう言うルゥは木剣のグリップに取り付けられたボタンを押し込みながら腕を大きく横に振り、折れた刀身部分をグリップから切り離した。
「じゃ、行くよ!……光よ!」
ルゥの呼びかけに応え、「答えし者」がその真の姿を現す――




