#4
オレがそんな無体なことを考えていると、バタバタと慌ただしい足音と共に先ほどの手代と、贅をこらした服を身に纏ったでっぷりと太った老人、このラーゼンで最も繁盛している大店の商会主であるマードック会頭が姿を現した。
「会頭自らがお越しになるということは、これは結構な珍品ということですか?」
「ヤクザ殿!これは珍品などという生やさしいものではありませんぞ!国宝……間違いなく国宝級の一品!なのに、何故このような無残な姿に……」
ハイランダーの長老が使っていた杖を、ルゥが削り出した木剣が国宝だと?
オレはマードックのことを商人としては信用しているが、さすがに年老いて目利きが甘くなったかと微かに懸念を抱く。
だがそんなオレの様子などどこ吹く風、マードックは愛おしそうに折れた木剣を抱くと、言った。
「この木剣に使われているのは、伝説に謳われる世界樹の枝ですぞ……!これがどれほどの価値があるものか、よもやご存じないと!?」
「世界樹……?」
もちろんオレはそんな素材のことなどご存じない。
冒険者を相手にした商いで目にする希少素材といえば魔石やらミスリルやらだが、その程度のものならマードック商会にもいくつも在庫があると聞いている。
しかしそんな会頭が目の色を変えるということは、余程の素材なのか。
もしそうだとしたら、少々面倒なことになる。
世界樹とは世界の果てに存在する、生命を生み出す根源たる聖なる存在だとかという、マードック会頭の語る素材の来歴よりも、オレはこの素材の入手可能性が極めて低いことに頭を悩ませていた。
「――ということで、これは伝説に謳われるような品なのですよ!」
「ええ、希少性は理解しました。それで、この木剣の換えを作るために同じ素材は……」
「ヤクザ殿!世界樹の枝など、伝説に謳われる勇者が苦難の旅を経てようやく入手できるかどうかという素材ですぞ!我がマーネイ王国の王家ですら保有していないものを、一介の商人である儂が手に入れるなど……!」
再び熱く語り始めた会頭のことは一旦放置し、オレはルゥに声を掛けた。
「そういうことらしい。残念だが同じ部材の木剣を作るのは無理そうだ」
「えー、じゃあオババの新しい杖を奪いに行く?」
「いや、それが世界樹の枝かどうか判らんだろ」
しかし面倒な事になった。
世界樹の枝というのは、素材そのものの強度は並の木材とそう大差ないが、魔力を込めると込めた魔力に応じて強度が増す特徴があるらしい。
並の人間が持っても木材が鋼鉄より堅くなり、人より優れた魔力の持ち主であれば魔法剣と打ち合ってもある程度は耐えることが出来るのだとか。
ルゥがアーノルドの攻撃を何度か凌いだ理由は理解できたが、問題はこいつに約束した代替品の手配が至難であるということだ。
こいつが普通の剣を扱えるのなら、適当な魔剣でも宛がえば事足りるんだが、あいにくとこいつの我流剣術は「刃のある剣」では全力を発揮できないという欠点がある。
「なら、ミスリルの棒でも使うか?」
「だから、棒は格好悪いから嫌だって!」
この我が儘勇者にどう対応するかオレが悩んでいる間にマードック会頭はルゥの折れた木剣に金貨100万枚という、とんでもない価格を提示してきた。
この松明の燃えさしにも見える木片が、日本円換算だと100億円相当だと……?
「ルゥ?」
「えー、これボクのだから売らないよ!だってオババに返せって言われたら困るし!」
「まぁ杖を剣に加工した上に、折れて燃えたとなれば、返して貰っても困るだろうがな……。会頭、申し訳ありませんがこれはお売りできません。そもそも金貨100万枚なんて用意出来ないでしょう?」
「お、王家に掛け合えば……」
「まぁ、持ち主が売らないと言っているんで、ご勘弁を。今日の所は一度お暇させて頂きます」
オレはマードック会頭の手から世界樹で作られた木剣……の残骸を取り戻すとルゥに返却し、自分のねぐらへと戻ることにした。
グレイディア商会へ戻ったオレは、コーディリアとシェラザードにルゥの木剣について相談することにした。
二人とも世界樹という素材について知っていたらしく、むしろオレがどうしてそんなことを知らないのかと呆れられるハメになったのだが、まぁそれはどうでもいい。
「で、これは本当に入手不可能な素材なのか?実際にここに存在しているんだぞ?」
「ボス、念のため私も再鑑定しましたけど、これは間違いなく世界樹の枝から作られたものです。むしろここに存在していることの方が奇跡なんですよ!?」
「うむ、我の魔眼でも同じ結果になっているな」
いつもは冷静な二人がそこはかとなく焦っているように見えるのは、やはりマードック商会の連中と同じくこの燃えさしが莫大な価値を秘めているから、か。
「なら、世界樹とやらそのものでなくてもいいが、魔力を通すと鋼鉄より硬くなる素材に心当たりはあるか?」
「そんな都合の良いものなんて……」
「いや、我に1つ心当たりがある。魔王領の奥深く、深淵と呼ばれる場所に存在する魔王樹の枝だ」
「……その説明だけでそいつも伝説級なのは判るが、一応話を続けてくれ」
「魔王軍の将軍級には魔王樹で作った武具を身に付けていた者も多い。世界樹と比べるとそれなりに流通量はあるが……」
そう言うシェラザードの顔に浮かぶ表情は、名案を思いついた者のそれではない。
つまり「が」の後に何か大きな問題があるのだろう。
「ですが、魔王樹が受け入れるのは闇の魔力のみ。ルゥが持つ光の魔力は魔王樹を朽ちさせてしまいますな」
「……ああ、なるほど。確かに勇者は魔王軍を殺す専門家らしいからな」
つまりは、そういうことか。
いくら素材としての性質が近くとも、ルゥに使えなければ意味がない。
なら、どうする?
最近のルゥは手加減というものを覚えたそうだし、雑魚相手ならアイアンウッド製の木剣を折れない程度の加減で振り回せば事足りるだろう。
だがオレが考えている「勇者ルゥ」を旗印に使うビジネスは、ルゥが全力で戦えることが前提になるものだ。
木剣は素材が入手できず、金属製の剣はルゥに適さない。
なら、打開策は――




