#3
本来の予定なら日暮れ前に宿場町へ到着する予定だったというのに、あの野盗共のせいで結局野営をすることになった。
日本で戯れにグランピングとやらを体験したことしかないオレとは違い、ルゥも御者も手慣れた様子で、あっという間に野営の準備を終えてしまった。
少々問題があるとすれば、ここが街道沿いにある共同墓地のすぐ横ということだが……馬車を止められる適当な場所がここしかなかったのだから、致し方ない。
オレはヤクザだ。
幽霊の存在なんて信じていないし、架空の存在に怯えるような無様なマネを妹分の前でさらす訳にもいかない。
ともあれ、ロケーションにはやや難があるとはいえそのことを意識の外に押し出し、パンと干し肉という旅の定番らしい飯を食う。
夜間に火の番をするという御者が仮眠する間、手持ち無沙汰なオレはただ焚き火を見つめていた。
傍らではルゥがしきりに木剣の様子を気にしている。
どうやら野盗の武器はお気に召さなかったようで、全て馬車の荷台に放り出したまま、愛用の木剣を入念に確認しているようだが……。
「どうした?何か問題でもあったか?」
「んー、ちょっと傷が入ってるんだよね……。さっき剣を打ち払った時についたのかなぁ」
ルゥが今手にしている木剣はグリップが金属製で、そこから木製の丸棒のようなものが突き出しているという、一見すると奇妙な構造になっている。
丸棒の部分は市場で買い求めたアイアンウッドなる金属並の硬度を誇る硬木らしいが、あくまでも「金属並」でしかない以上、剣と打ち合うとたやすく傷が入るのだろう。
もっともそれは織り込み済みで、ルゥは丸棒部分のストックを何本か馬車に積んでいるのだが。
そんなルゥの様子を見やりながら、オレは「アンサラー」という銘を与えられたこの木剣を手に入れた際の、一連の出来事を思い起こした――
あれはルゥがアーノルドと対戦した翌日。
対戦時にアーノルドが使った魔法剣とやらのせいで、ルゥが元々使っていた木剣が破損。勝利の褒美として代替品を用意するため、ラーゼンの市場へ向かった時のことだ。
木剣そのものは剣技の修得を志す子供達や冒険者ギルドの訓練場、剣術道場などで日常的に用いられるもので、市場でもそれなりの数が流通している代物だ。
なのでオレは市場で売られている中で最上級のものをルゥに宛がえば事足りると考えていた。
オレのイメージでは木剣――と言うより木刀――といえば樫材のイメージなんだが、この世界ではオレの知らない木材がいくつも存在している。
例えば木剣の素材であれば、アイアンウッドなる黒檀のように見える木材が最高級品だと露店の店主は言った。
ルゥも当初はアイアンウッドの木刀で満足していたんだが、打ち込みのバランスを確認するといって露店の店先に置かれていた鎧を纏った木人にルゥが木剣を振り下ろした際に、事件が起きた。
「え?なにこれ!」
「何っていうか……折れたな」
「馬鹿な……アイアンウッド製の木剣ですよ!?」
露店の店主は驚愕した表情でそう言うが、ルゥが打った中古品らしき金属鎧はべこりとへこみ、一方で木剣の方は打点の部分でへし折れてしまっている。
これは要するにルゥの力が強すぎて、アイアンウッドなる素材ではまともに振り回すことが叶わないということだろうか。
「店主、これが不良品である可能性はありますかね?」
「いえ……うちに納品してる工房はしっかりした仕事をする、信頼できるところですから……」
「なら、念のためもう一本試させて貰っても?ああ、代金はちゃんと二本分払いますよ」
「それならかまいませんが」
店主の了解を得たオレは適当な木剣を選び、ルゥに手渡す。
ルゥは折れた木剣を放り出し、新しい木剣を再び金属鎧に振り下ろし……。
「鎧と木人が壊れたのはともかくとして、アイアンウッドの木剣がまた折れたな?」
「アニキ、こんな小枝みたいなのじゃまともに戦えないよ!」
力任せに振り下ろされたアイアンウッドの木剣は再びへし折れ、この素材ではルゥの全力に耐えられないことが明らかになった。
驚愕する店主をその場に残し、オレは一旦グレイディア商会へ戻ると、ルゥにアーノルドとの戦いで折れた木剣の残骸を取ってこさせた。
「ルゥ、この木剣を使った時は全力で振り回してたのか?」
「うん、そうだよ!」
「となると、これはただの木ではないってことだな。何の素材か判るか?」
「素材……材料だよね?うん、わかるよ」
おそらくルゥが使っていた木剣の素材は普通の木材に見えてアイアンウッドよりも硬度の高いものなのだろう。
街中の露店には出回っていないものでも、素材が何か判ればマードック商会に取り寄せさせればいい。
そう思ったのだが。
「これ、オババの使ってた杖を削ってボクが作ったんだ!」
「杖?なんでまたそんなものを……。いや、それ以前に何の素材だ?」
「素材はわからないけど、村の外へ出て魔物を倒してたらオババに叱られたんだよ!だから腹いせにオババの杖を勝手に削って、木剣にしたんだ!」
……必要な情報は手に入らず、どうでもいい木剣の来歴が明らかになった。
オババというのはハイランダーであるルゥの村で長老的な立場の人物だったと聞く。
そんな人物が持っていた杖なら、何か特別な素材か、あるいは魔法でも込められていたか。
「素材が判らないことには同等品を用意するのは難しいな。ならこれを持ってマードック商会へ出向いて、鑑定がてら素材の取り寄せを頼むか」
「うん、ありがとうアニキ!」
屈託無く笑うルゥに少し呆れながらも、オレ達は連れ立ってマードック商会へと向かった。
「や、ヤクザ様……こ、ここ、これはっ!」
「これは?」
「あ、あのっ、会頭……会頭を呼んで参りますのでっ!」
店番をしていた手代に折れた木剣を示し、廃棄物を鑑定するのかとでも言わんばかりの手代に不審げな目で見られながらも手数料を支払い、鑑定魔法を使わせた結果が、今の態度だ。
なんだ?
ルゥの木剣に勇者パワーでも宿っていたのか?




