#2
「ルゥ、お前この連中全員を見張れるか?」
「んー、できなくはないけど面倒だよ。ボク、細かいこと苦手だし」
「だろうな」
まぁルゥに全員を監視させるのは無理だろうし、仮に縄で縛っておいたとしても野営中に連中が逃げたり、反撃したりしてくるリスクがないとはいえない。
そして、それ以前に――
「ちなみに奴隷が負傷していた場合、治療費は誰が負担するんですかね?」
「え?……それは、まぁ買い主でしょうね」
「ということは負傷した奴隷は買い叩かれる可能性が高い、と?」
「そう、なりますね」
この世界は存外にシビアで、回復魔法の恩恵を受けるにはそれなりの金額をマファーメラ神殿に寄付する必要がある。
薬師のポーションを頼るにしても結構な額を請求されることを思えば、手足を折られた盗賊の商品価値は輸送コストを踏まえるとほぼゼロか、もしくはマイナスになるだろう。
かといって全員を殺して耳を削いだところで、オレがルゥに与える小遣いの半額にもならない。
そんな端金のために道中でギルドへ出向いてまで換金手続きを行うのは時間の無駄でしかない。
なら、オレがこの連中に対して下す裁定は一つだ。
「おい、お前ら。商会主であるオレの時間は貴重なんだ。お前らのせいで馬車は止まり、オレは時間的な損失を被った。この落とし前を付けてもらう」
「う、うう……」
「おい、ルゥ。こいつらの持ってる武器を全部回収しろ。ブーツに仕込んでる短剣もだ」
「いいけど、どうするの?ボロだよ?」
「オレが被った時間的な損失に対する賠償金として頂いておくのさ」
「ボロなのに?まあ、よくわかんないけど、わかった!」
オレの言葉にルゥは一瞬だけ小首をかしげると盗賊達の持っていた武器を全て回収した。
ろくな手入れもされていない安物の剣が6本。
刃こぼれしたなまくら短剣が8本。
弓が2張。
正直、武器屋へ持って行っても二束三文で買い叩かれる程度の代物だが、この連中に持たせたままにするとまた商人を襲う可能性がある。
武装解除を完遂するにはオレがこのガラクタを没収する必要があり、それは損害賠償でもある。
ルゥに命じて武器を馬車の空きスペースに放り込ませていると、街道に転がっていた盗賊の一人が声を掛けてきた。
「お……俺達を……どうするつもりだ……」
「損害に対する補償はもう回収したからな。特に何もせず、ただここへ放り出しておくだけだ」
「なに……?」
オレの言葉に盗賊は殺されることも、奴隷になることもないと知り、むさ苦しい髭面に一瞬何かを期待するような表情を浮かべた。
やはりこの連中は程度が低い。
そう思いながらオレは御者に向かって声を掛けた。
「そういえばこの辺りは魔物が出る場所でしたかね?」
「ええ、そうですね。夜になるとオオカミの魔物が出ると聞いています」
「なるほど。丸腰じゃ、まず魔物の餌ってことですね」
「……ですね」
オレの言葉に盗賊達は表情を曇らせる。
7人のうち2人は足がおかしな方向を向いているし、3人は腕が関節とは異なる箇所で曲がっている。
一撃でノックアウトされ、腹を押さえてうめいているリーダーが一番マシな状態だ。
そんな連中が武器もなく、人里離れたところへ放置されればどうなるかは、言うまでもないだろう。
自分達の運命を悟り、怯えた様子の野盗達にオレは営業用のスマイルで話しかける。
「ところでオレは商人なんですがね。丁度武器が入荷したんですが、一本いかがですか?」
相手が盗賊とはいえ、叩きのめした相手からカネを奪えばこちらが強盗犯になってしまう。
慰謝料としてカネを奪っても良かったが、オレはあえてそうしなかった。
暴力でカネを奪うのは、オレの流儀に反するからだ。
なのでオレは武装解除した連中の武器から厳選した「切れ味の悪い短剣2本セット」を連中の全財産、銀貨47枚と銅貨104枚で売ってやることにした。
「高ぇ……こんな短剣、銀貨1枚もしないだろうが……」
「そもそもこれ、俺の短剣……」
「はて、なんのことですかね。これはオレが被った損失に対する賠償として受け取ったものですし、商品の価格なんて時と場所によって変動するものだ。値段が不満なら返品してもらってもいいんですよ?こっちは困りませんからね」
「くそぉ……この悪魔め……」
このヤクザめ、と呼ばれなくなって久しいが、オレはオレの流儀で盗賊共にけじめを付けさせることができて満足だ。
まぁ怪我人を抱えた連中が短剣2本で身を守れるかどうかは定かじゃないが、それはオレの知ったことじゃない。
その場で殺される訳でもなく、奴隷に堕とされた訳でもないことを感謝して欲しいぐらいだ。
無駄な時間を食ったがオレ達は再び馬車の旅を再開した。
ラーゼンの街を出発してすでに3日。
目的地であるバルザックまではあと2日。
先ほどの些細な出来事のせいで、次の宿場町まで辿り着けるかどうかは微妙だが……。
「……旦那、少しいいですか?」
「ええ、かまいませんよ」
「旦那、なんであんな面倒なことを?全部殺せば武器も金も、討伐報酬も手にはいるんですよ?」
御者の言葉は、おそらくこの世界ではごく普通の価値観なのだろう。
なにせ耳を切り落とすのは良くあるルールらしいからな。
だがそれはオレの価値観にはそぐわないものだ。
「そうですね。確かに貴方の言うとおりかもしれません。そうだ、この短剣を差し上げますから戻って連中を始末して来るのはどうですか?なに、討伐報酬は手数料として進呈しますよ」
「え?それは……その」
御者はオレの言葉にギョッとした表情を浮かべると、もごもごと口の中で謝罪をした。
それもそうだろう。無抵抗の相手を殺すのはそれなりに心理コストが高いものだ。
金貨5枚、オレの価値観だと5万円にも満たない端金のために7人を殺すというのは、余程殺しに慣れている人間でもなければ簡単に飲み込めない話だ。
額に汗を浮かべながら前を向いて馬車を操る御者の様子に軽く嘆息してから、オレはルゥに視線を向ける。
馬車の荷台に腰掛け、手間賃としてくれてやった短剣の品定めをしているルゥの姿は勇者のそれには見えない。
オレは懐から手製タバコを取り出し、火を付ける。
煙を吸い、吐き出す。
再び煙を吸う。
ルゥは確かに手練れだが、まだ人を殺したことはないと言っていた。
初めての殺しがあんな連中じゃ、割に合わない。
そんなことを思いながら……オレは煙を長く吐き出した。




