#1
「大人しく荷物を置いていけば命だけは助けてやる。おっと、女がいれば女も置いていけ!」
随分と陳腐な台詞を吐くものだと思いながら、オレは馬車の行く手を遮った連中に冷めた視線を送る。
ここはラーゼンからバルザックへ向かう街道の途中、事前に難所だと聞かされていたいくつかのポイントの1つだ。
「なるほど、これは確かに難所だな」
「そうなの?」
「おい、何をこそこそ話してやがる!さっさと馬車を降りろ!抵抗する素振りを見せたら殺すぞ!」
脅し文句もまた陳腐だと思いかけたオレは、よくよく考えればこれまでの人生で実際にこんな台詞を耳にする機会は無かったことに思い当たる。
「ルゥ、全部で何人いるか判るか?」
「うん。前に3人、後ろに2人、あと街道沿いの林の中に2人いるかな」
「なるほど」
武術の達人が気配を読むというのは話だけなら聞いた事があるが、ルゥやシェラザードのような達人はまるでレーダーかセンサーでも持っているかのようにたやすく相手の位置を把握する。
「おい!さっさとしろ!ぶっ殺されたいのか!」
オレは魔導具に手を当て、前方でわめく男を人間鑑定する。
『レベル1:盗賊』
『レベル2:盗賊』
『レベル1:盗賊』
表示されるクラスとレベルの数字に拍子抜けしてしまう。
クラスはともかくとして、表示されたレベルは冒険者ギルドなら駆け出しと呼ばれる程度のものでしかない。
それもそうか。
もし連中に熱心に鍛錬を積むだけの根気があれば、野盗に身をやつす必要なぞあるはずもない。
衛兵になるなり、冒険者になるなり、いくらでもまっとうに生きていく方法はあっただろう。
それを選ばず、自分より弱い者を相手に集団での暴力に訴えている時点で程度が知れるというものだ。
「ルゥ。やれるな?」
「うん、もちろん。暇だったから、ちょうどいい運動になるよ!」
とても良い笑顔でルゥはそう言うと、愛用の木剣を手に1人馬車を降りた。
「ようやく降りてきやがった……ってガキか?なんだ、木剣なんて持って、もしかして抵抗するつもりか?」
リーダーらしき男――しかしこいつはレベルが1だった――はルゥの姿を見て馬鹿笑いをしている。
いまのルゥは新品の旅装を身に纏った中性的な出で立ちで、ぱっと見は旅慣れない世間知らずの子供に思えたのだろう。
ルゥが手にしているものが金属製の剣ではなく、丸棒を削っただけの木剣と呼ぶのも烏滸がましい代物であることも、盗賊達の油断を誘っているに違いない。
だが馬鹿笑いする野盗を気にした様子もなく、ルゥは馬車の中に留まったオレの方を振り返ると、言った。
「ね、アニキ!もういい?」
「ああ、まかせる。だがやり過ぎるなよ。死人が出ると処理が面倒だ」
「りょ!」
攻撃前にオレに最終確認をするあたり、ルゥは野盗連中よりもずいぶんクレバーだ。
師であるシェラザードの仕込みが良かったのだろう。
一言短く答えたルゥの姿が一瞬かき消えたように見えた。
既に勇者として覚醒し、レベル6に到達したルゥの動きは武闘派ではない経済ヤクザのオレの目では捉えることが出来ない域に達している。
もちろん、ろくな鍛練を積んでいない野盗共がルゥの動きに反応できる訳もなく、馬鹿笑いしていたリーダーは横殴りに振るわれたとおぼしき木剣の一撃を受け、まるで車に跳ね飛ばされたかの勢いで街道脇の樹木に叩き付けられた。
オレが醒めた目でノックアウトされた野盗を見ている間にも、幾度かの悲鳴が上がる。
もちろん、聞こえるのはむさ苦しい男達の悲鳴ばかりだ。
何かが折れる音や、大きな物体が地面に叩き付けられる音が混じっているところから察するに、馬車の旅で暇を持て余していたルゥにとっては程よいストレス発散になっているのだろう。
オレがそんな事を考えている間にもルゥは街道を塞いでいた男達を叩きのめし、木立の中に潜んだ射手へと向かって行った。
途中、何度か矢が飛んで来ていたようだが、ルゥはことごとくそれを木剣で叩き落としていた。
フィクションではよく見かけるシーンだが、実際に矢が飛来するのを見れば、それがいかに無理筋なことであるのかは武闘派ではないオレにも肌感覚で分かる。
だがルゥはバケモノじみた動体視力と反射神経で軽々と矢を打ち落としている。
さすが勇者というところだろうか。
オレが残り少なくなったタバコに火を付けるかどうか思案している間に戦闘とも呼べない戦闘は終わり、馬車の後方にはうめき声を上げる7人の盗賊達が転がることになった。
さて、問題はこの連中をどうするか、だが……。
「ね、アニキ。これどうするの?」
「今思案中だ」
今まさに考えているところだが、冒険者のライセンスを持っているとはいえ基本的に街で商売にいそしんでいたオレは、盗賊討伐後の処理なぞ専門外だ。
これが日本なら警察を呼んで場所だけ教え、その場をさっさと立ち去るところだが……。
ルゥは特に意見はないようだし、マードック商会のお抱えである御者にでも話を聞いてみることにするか。
「盗賊の処理、ですか?そうですね……生かしたまま大きな街の役所へ連れて行けば犯罪奴隷としてそこそこの値で買い取って貰えますよ。あとは殺して右耳を切り取れば討伐証明になりますから、冒険者ギルドで換金して貰えます」
耳を削いで、というのは随分と物騒だが、確か冒険者ギルドに張り出されていたゴブリン討伐の条件にも同じ事が書いてあった覚えがある。
つまりこの世界では殺した相手の耳を持ち去るのは一般的な討伐証明とされているか、もしくは盗賊はゴブリンと同程度の扱いなのか……。
「犯罪奴隷として売った場合の金額と、耳を換金した場合の金額はそれぞれどれぐらいになりますかね?」
「そうですね……奴隷の方は金貨15枚から30枚というところでしょうか。耳の場合は銀貨7枚だったと思いますが」
「ふむ……」
御者の言葉をオレは吟味する。
盗賊を全員街まで連行すれば最低でも金貨105枚、最大で金貨210枚になる。
一方でこの場で殺して耳を切り取れば銀貨49枚……つまり金貨5枚未満ということか。
馬車に乗っているのはオレとルゥ、そして御者の3名だけで、目的地であるバルザックの街まではまだ2日は掛かる。
最寄りの宿場町までであってもおそらく半日はかかるだろうし、既に陽は暮れかけている。
となれば……。




