#3
「さすがは主殿、博識だな。ビールなるものは聞いた事がないが……。さぞ旨いのだろうな?」
「ああ。この生ぬるいエールとは比べものにならんさ」
「エールも氷魔法で冷やせば旨くなるぞ?」
「生憎とオレは魔法の才がないらしいからな。それなら素直にビールを造る職人を抱える方を選ぶさ」
シェラザードととりとめなくアルコールの話をしていると、コーディリアが眉をひそめて口を挟んできた。
「ボス、アルコール関係は手を出さない方がいいですよ。王国にとって酒税は重要な収入源の1つですから、新しいお酒のパテントなんて王家や貴族と揉める原因にしかなりません」
「確かに貴族はともかくとして、王族が絡むとなると面倒そうだな」
コーディリアにそう応えながらもオレは頭の中で他の可能性を検討していた。
国家が専売事業として権益を独占する商材と言えば塩や酒が定番で、中世レベルの文化圏であるマーネイなら希少鉱物の類いも取り扱いに制限が掛かっている可能性がある。
コーディリアに確認するまでもなく。既にこの国で普及しているそれらの商材に今から割り込んでも大した旨みは無いだろう。
……なら、今この国で取り扱われておらず、将来的に専売商材となり得るものを事前に押さえておけば、どうだ?
丁度上手い具合にオレにはその商材に心当たりがある。
「コーディリア、この国ではタバコはまだ一般的ではないと言っていたな?」
「ええ、そうですね。葉巻は国外から少数輸入されてますけど、煙を吸って喜ぶ人なんてボスぐらいのものじゃないですか?」
「商業ギルドには同好の士がいたと思うが?それにオレの出身国ではタバコも国家の専売商品でな。今からタバコ事業を開拓しておけば、いずれ国が専売化する際に事業スキームを高値で買い取って貰えるんじゃないか」
オレの言葉にコーディリアはしばらく瞑目して考えたあと、言った。
「可能性はありますけど、王家との関係性次第じゃないですか?大貴族の後ろ盾でもあればボスのシナリオ通りになる可能性は高いですけど、平民の経営する商会なら王命で接収されて終わりだと思いますけど」
「随分と横暴だな」
「うちの国はこれでも公平な方だと思いますけどね。他の国だと王家や貴族家が片っ端から収益事業を強制的に専売化しようとするせいで、商業ギルドが商人の権益を守るために四苦八苦してるところもありますし」
その言葉にオレは嘆息した。
やはり専制君主制の国家では商売の自由は保障されない、ということか。
この国が民主主義に目覚めてくれればオレのビジネスも幾分やりやすくなるし、民主主義ならではの稼ぎ方というのも考えられる。
誰か手頃な活動家でも見繕って、革命でも起こさせるか?
そんな詮無きことをつい考えてしまう。
「まぁ、ボスが消費するタバコを製造する程度の小規模工房を抱えるぐらいなら、いいんじゃないですか?派手にやらなければ貴族にも王家にも目を付けられることはないですし」
コーディリアはそう言うが、オレが消費する分だけなら、葉っぱを買い求めて手作業で作れば済む話だ。
ただこの王国でまともに大商いをするためには、大貴族とやらの後ろ盾が必要であることは判った。
ならバルザックで展開するビジネスで貴族達を絡め取り、オレのケツモチにしてしまえばいいだけだ。
「……お姉様、また会頭が悪い顔してますよ」
「まぁ、いつものことじゃないですか」
「うむ。それでこそ魔王というもの」
「ねぇアニキ!、お肉もう焼けた?もう食べていい?」
勝手なことを言う連中に苦笑しながら、オレは懐から取り出した手製のタバコに火を付けた。
日が傾き始める前にBBQは終わり、片付けをシェラザードと「黄金の獅子」の連中に任せたオレは、コーディリアとルゥ、マールを伴って先にラーゼンへ戻ることにした。
コーディリアのヤツはオレが大枚をはたいて用意したエリクサーをルゥの頬を治すために使ったことで、相変わらず杖を突いて歩いている。
この分だと片付けを終えた連中に途中で追いつかれるかもしれないな。
そんな事を考えている間にラーゼンへと帰り着いた俺達は、門をくぐり街中に足を踏み入れる。
普段あまり街の外へ出ないオレはこのエリアに足を運ぶ機会は少ない。
ふと思い立ち、マールとルゥを先に帰らせ、コーディリアだけを伴って寄り道をすることにする。
……寄り道で歩く距離が長くなるとコーディリアがぼやくかと思ったが、珍しく文句も言わずにコーディリアはオレの後ろをついてくる。
オレ達が立ち寄ったのは、かつて灰鹿亭があった場所だ。
この世界へ飛ばされたオレが目を覚ましたあの宿は燃え落ち、既にその跡形も面影もどこにも残ってはいない。
火災の後、半月ほどは無残に焼け落ちた残骸が放置されるままになっていたが、やがて残骸は撤去され、更地になり、今では新しい建物の建築が始まっている。
「……建築が始まってもう3ヶ月ぐらいか?」
「そうですね。来週の頭ででちょうど3ヶ月になるはずです」
「3ヶ月で土台と柱が立つぐらいなのは、工期的にみてどうなんだ?」
「木造建築ならこんなものじゃないですか?」
この建物が完成するまでにはまだ何ヶ月かの時間が必要なのだろう。
新しく建つ建物は、もちろん再建された灰鹿亭ではない。
なにせ女将も主人も、すでにこの街にはいないからだ。
「……そう言えば女将達はどうしている?」
「オルガさんとフィリップ君ですか?特に続報はありませんから、故郷の村で生活されていると思いますよ」
「そうか」
オレはコーディリア経由で商業ギルドに二人の足跡を追わせていた。
女将は息子を連れて故郷の村へ戻り、オレが渡した見舞金を元手に生活を立て直している最中だと聞く。
主人のほうは結局連帯保証人の件で女将との間に生じた溝が埋まらず、離婚して隣国へと流れて行ったそうだ。
オレが今こうやってグレイディア商会を回しているのは灰鹿亭の一件があってこそだが、それでも二人の関係を含めて……オレにとってはもう終わった話だ。
この建物の完成を見届けることなく、オレは来週にはこの街を出て行く。
いつかここへ戻ってきた時、この建物は……そしてこの街の風景は、オレの知るものと変わっているのだろうか。
大工ギルドの職人達が作業をしている様子を見やりながら、そんなことをふと思う。
「ボス、少し肌寒くなってきたのでそろそろ帰りませんか?」
「ああ、そうだな」
コーディリアに促され、オレはグレイディア商会への帰途についた――
幕間「過眼の煙雲-Smoking Holiday」はこれにて終了です
次の幕間「勇者の聖剣-Wish Answerer」は現在執筆中ですので、公開まで今しばらくお待ちください。




