#2
「すみませんがオレは甲斐性無しでね。囲う情婦はこいつ独りで手一杯なんですよ」
「まぁ……ヤクザ様とコーディリア様はそんなご関係だったのですね」
「ボス?そういうことを公言されるのはどうかと思いますけど」
オレが弾よけ代わりに使ったコーディリアがジト目で文句を言うが、情婦であることそのものは否定しない。
まぁ、なんだかんだで最低でも週に一度はベッドを共にしている上に、愛人手当ても支給している。当然といえば当然か。
それにしてもこいつと出会った当初はまさかこんな関係になるとは想像もしていなかった。
無愛想で、無遠慮で、だが抜け目なく、頭が回る。
面白く、利用価値のある女だとは思っていたが、ただそれだけだったはずなんだが――。
「ボス?聞いてます?」
「ああ、聞いてるぞ。今さらお前がオレの愛人であることをバラして困ることなんてないだろう」
「一応、体面っていうものが……」
「それこそ今さらだろう」
この世界では、金持ちや有力者に娘を差し出して関係改善を図るような枕営業的な行いはごく一般的だと聞く。
なら、羽振りの良い商会主が愛人の一人や二人囲っているのは珍しいことでもないだろう。
「でもヤクザ様、愛人を増やすおつもりはないのですか?」
「愛人の増員ですか?そうですね……」
コーディリアと適当な話をすることでごまかせたかと思っていたが、受付嬢は本気で愛人に立候補するつもりなのか、しつこく食いついてきた。
これは面倒な事になったと考えていると、ふと別の女の姿が目に入る。
「もし愛人を増やすなら、彼女のようなタイプが好みですかね」
「え?……あれ、ケイリナさん、ですよね?」
「ええ、そうですね」
オレが視線で指したのは、受付嬢の知己でもあるグレイディア商会の従業員、ケイリナだ。
コーディリアが採用し、マールの部下として働いているケイリナについてオレは良く知らないが、適当な女をダシに使うよりも身内を使う方がいいと考えた訳だ。
だがオレの言葉に受付嬢はあからさまに失望したという表情を浮かべる。
「ああ、なるほど……そうですか。やはりヤクザ様は高貴な女性がお好みなんですね」
「……?ええ、まぁそんなところですかね」
受付嬢が何を言っているのかはわからないが、適当に話を合わせておくことにする。
ケイリナが高貴な女?身なりからして到底そうは思えないが……。
「ケイリナさんも、元は貴族家のご令嬢ですからねぇ……。そうですか、私みたいな平民だとヤクザ様のお眼鏡に適わないんですね……」
そう言うと受付嬢は肩を落とし、他の招待客達の元へと戻っていった。
しかし、今の話は事実だろうか?
オレは傍らで肉をつついているコーディリアに視線を向ける。
声を掛けるまでもなく、コーディリアは器用に肩をすくめると言った。
「事実ですよ。没落貴族……というよりも、不祥事でお取り潰しになった男爵家の元令嬢だそうです」
「おい、初耳だぞ?」
「ええ、報告していませんからね。そもそもボス?市井で読み書きと高度な計算が出来る女性を見つけようとしたら、必然的に商家の娘か貴族の令嬢に行き着きますよ?」
コーディリア任せにしていたせいでケイリナの経歴を自分で確認しなかったのはオレの手落ちだが、よりによってあいつも貴族令嬢だったとはな。
案外、街中にはゴロゴロといるのかもしれないな、貴族令嬢ってやつは。
「それにしてもお取り潰しか。貴族なんてものは一度なれば一生安泰だと思ってたが」
「ボス?私にそれを言うんですか?」
「……ああ、そういえばお前も元貴族令嬢だったな」
「まったく……」
呆れたようにコーディリアはそう言う。
それにしても貴族というのは日本出身であるオレにとってはどうも縁遠く、理解しづらい連中だ。
面倒なしきたりや爵位継承にまつわる諸々。
正直関わり合いになりたくない相手だが……。
「……そう言えばボス、バルザックでは貴族を相手にビジネスをするって言ってましたよね」
「ああ、そうだな」
コーディリアが言うように、次にオレが考えているビジネスは貴族連中がメインターゲットになる。
冒険者や商人と違い、貴族は動かせるカネが大きい。
となれば貴族相手のビジネスは当然のように規模が大きくなる。
「どんなビジネスなのか、私も教えてもらってないんですけど」
「秘密にしている訳じゃないが、形になるかどうか現地で確認する必要があるんでな。落ち着いて商売を始めたら、もちろんお前にも情報共有は行う」
「ヒントもなしですか?」
「ヒントなら教えてあるだろう?ルゥに関係するビジネスだ」
「……バルザックと言えば闘技場ですけど、ルゥを闘技場に出場させるのはビジネスとは呼びませんよね……」
そう言ってコーディリアは小首をかしげるが、まぁこいつが想像できないのなら貴族連中をはじめとしたバルザックの連中にも、オレの手の内は読めないだろう。
そんな事を言っていると森の中から、獲物を担いだ数名の冒険者が姿を現した。
「ヤクザの旦那!大物が狩れたぜ」
「ああ、すまないな。解体はルゥにでも任せて、酒でも飲んで一休みしてくれ」
「すまねぇ、旦那。おい、今日は旦那の奢りだ!」
解体係に指名されたルゥは手にしていた肉を慌てて頬張るとイノシシだか豚だかに似た獲物の解体に向かう。
オレが獲物を狩ってきた冒険者パーティ、「黄金の獅子」の連中にエールの入ったジョッキを渡すと、連中は旨そうにエールをあおった。
オレとしてはBBQにはビールが最適だと思っているが、この世界では生憎とラガービールの類いはまだ発明されていないらしい。
アルコール類といえばコーディリアが好んで飲む比較的価格の高いワインか、それとも庶民向けのエールか、時折ミードやどぶろくのようなものが少数流通する程度だ。
エールとラガーの違いは発酵させる温度や期間の違いだと聞いた事があるが、聞きかじった程度の知識でビール造りに手を出すつもりはない。
むしろビール造りを行っている有望そうな職人がいれば出資をし、パテントごと買い上げるのがオレのスタイルだ。




