#1
ヤクザという存在は、基本的に体育会系だとオレは思っている。
上意下達が徹底され、上の命令には基本逆らうことができないが、手柄を立てれば十分な見返りを与える……いわゆる論功行賞が徹底されている。
何も持たない若造が成り上がるのなら、ヤクザという選択肢もアリだとオレは考えている。
……そう、オレ自身がそうであったように。
とはいえ今のご時世、ヤクザになりたがる若い衆も少ない。
ただ上から偉そうにどやしつけるだけじゃ、あっという間に舎弟に逃げられかねない。
それは経済ヤクザだったオレと舎弟の関係も同じだ。
大きなビジネスを成功させた舎弟にカネや車、それに女を与えたことは何度もあったし、それほど功績をあげた訳でもない奴らについても、ある程度は飴を与える必要があった。
そういうときには旨い飯でも喰わせてやれば舎弟連中も納得するものだが、暴対法が施行されて以来、ヤクザが大手を振って飲食店を利用することは難しくなった。
なのでそんなオレが、舎弟に対して旨いものを喰わせる手段として良く行っていたのが――
「ボス、お肉が焦げてますよ」
「気付いたなら自分でなんとかしろ、コーディリア」
「でもトングを持ってるのはボスじゃないですか」
「む……。おい、マール。オレの代わりに肉の面倒を見てやれ」
「会頭、今日は福利厚生、従業員サービスって言ってましたよね?」
「随分と生意気になったな、お前」
そう、BBQだ。
舎弟に金を渡して買い出しを行わせ、適当な場所を確保できればそれで慰安の目的は達成できる。
実に便利で手軽な福利厚生手法だ。
……まぁ、準備を行う舎弟の中には面倒そうな顔をする輩がいたことは否定しないが。
「ねぇアニキ!もう食べていい?」
「いや、まだ肉が焼けてないだろうが。そもそも分厚く切りすぎだぞ、ルゥ」
「いーじゃん、別に!生でも食べられるし!」
「それはさすがに腹を壊すだろうが。ちゃんと焼いて食え」
オレは今日、グレイディア商会の面々を引き連れてラーゼンの街から少し離れた小川の畔でBBQを行っている。
名目は近日中にラーゼンを発つオレとルゥの壮行会だが、実際にはアーノルド達偽勇者の一件を無事に処理できたことと、コーディリアを死なせずに済んだことの祝勝会だ。
もちろんこの世界に暴対法は存在しないし、ヤクザを名乗りつつも、オレはこの街でカタギの―そして有力な―商会経営者として認識されている。
ラーゼンの街では飛ぶ鳥を落とす勢いのグレイディア商会が開催する会食を断る店なんて存在しないが、オレが迂闊にもBBQの事を口にしたせいで、ルゥとマールのヤツがやってみたいと騒いだのだ。
まぁ、オレとしても未だ野生児スタイルの抜けないルゥを連れて上品な店へ出向くのは気が引けていたし、渡りに船だったのも事実なんだが。
ともあれそんな事情で今日はグレイディア商会主宰の壮行会としてBBQを行っている訳だ。
そう、壮行会だ。
ラーゼンの街で冒険者を相手にしたビジネスは成功した部類だといえるが、既に与信を新規で求める冒険者は頭打ち状態で、これ以上の大幅な事業拡大は望めない。
かといって他の街で同じようなビジネスをするのも面白みがない。
さらにいえば、偽勇者を倒したルゥが王侯貴族に目を付けられる可能性を考えると、早急に力ある後ろ盾を得ておく必要があった。
そう考えたオレはラーゼンでのビジネスをコーディリアに任せ、マーネイ王国で二番目に大きい都市であるバルザックへ河岸を変えることにした。
「ボス、そこのお肉を取ってください」
「人を便利使いしようとするな、コーディリア。自分の喰う分ぐらいは自分で取れ」
「ですからボスがトングを……」
本来ならラーゼンでの商売を畳み、資金を全て回収した上で拠点を移すことを考えていたところだが、結局オレはコーディリアに絆される形での決断を行うハメになった。
最初、こいつと出会った時はとんでもない変人を雇用したと後悔したものだが、今になってみればオレのビジネスがここまで大きくなったのもこいつあってのことだとも思える。
成り行きで随分と関係も深くなったが、重い女にありがちな恋人面をしないところも気に入っているが――。
「ヤクザ様ぁ~、私にもお肉を取ってくださいよ」
「申し訳ありませんがね、うちはセルフサービスなんですよ」
コーディリアとオレの間に割り込みながら面倒なことを言ってきたのは、ギルドの受付嬢だ。
今回のBBQはグレイディア商会のメンツだけでなく、ラーゼンで世話になった連中にも声を掛けていて、その中の1人がこの冒険者ギルドの受付嬢な訳だが。
名前は……なんだったか。この街に来てすぐのころに一度自己紹介された気もするが、特に興味がなかったので記憶には残っていない。
後から知り合った、なにかと姦しいエミリアの名前は覚えているんだが……。
「それにしても私、ヤクザ様がここまで商いを大きくされるとは思っていませんでした。なにせ初めて冒険者ギルドに来られた時は、登録料の捻出にも困られていましたから」
「……ああ、そういうこともありましたね」
灰鹿亭で目を覚ましたオレはこの世界へ飛ばされた直後で、万札はあっても現地通貨の持ち合わせはなかった。
そんな時にライターを売って種銭を作ったのは今となっては遠い昔のように思える話だ。
オレがそんなことを思い返していると、受付嬢はオレにしなだれかかりながら、言った。
「ねぇ、ヤクザ様?私を愛人してくださいませんか?私、ヤクザ様に弱みを握られていますし、誘われたらお断りできませんよ……?」
受付嬢の言う弱みとは、ウスラー商会を乗っ取る際に冒険者ギルドの機密文書をオレに提供させたことだろう。
随分と懐かしい話で、改めて言われるまで完全に忘れていたが……。
あの一件は、こいつが故あれば簡単に誰かを裏切る人間だという証でもある。
愛人とは身近に置くものである以上、何時寝首を掻かれるか判らないような人間を選ぶ趣味はオレにはない。
……いや、それ以前にそもそもオレはこいつに興味はないが。
ただそのことを馬鹿正直に告げて冒険者ギルドとの関係を悪化させるのは悪手だ。
なら、相手が冗談めかしていることを逆手に取って、適当にあしらうのがいいだろう。




