#38
「勇者ブームは一件落着したとみて問題ないか?」
「そうですね。話題の勇者が背教者だったということが知れ渡って、エセ勇者もぱたりと現れなくなりましたし」
「ルゥの件はどうだ?」
「商業ギルドの情報網で確認出来る範囲ですが、勇者アーノルドが背教者だったという話題があまりにも衝撃的だったようで、彼が直前に敗北した子供の話はほぼ忘れられているようですね」
「そうか。それは何よりだ」
深夜の事務所。
マールとルゥ、それにシェラザードはそれぞれの部屋で休み、オレとコーディリアだけがオフィスでワインを傾けていた。
アーノルド達の一件から一月が経ち、一時はざわついていたラーゼンの街も既に落ち着きを取り戻している。
一方でルゥの方には顕著な変化があった。
ダンジョンアタックを始めてしばらくしてルゥはレベル5に到達し、その時点であいつのステータスには「勇者」の文字が表示されるようになった。
つまり経験を積んだことで勇者としての資質が開花したということなのだろう。
だが、ルゥ自身は何かが変わった様子もなく、これまで通りオレをアニキと慕い、鍛錬の傍らグレイディア商会の下働きを続けている。
そして、つい先日中級ダンジョンをソロで攻略し、レベルも6に到達した。
おそらく、ルゥをただの田舎娘として隠し通すことはじきに難しくなる。
つまり……潮時ということだ。
「それでボス?深夜に私ひとりだけ呼び出すということは、何か大事な用事があるんでしょう?」
「ああ、そうだな」
コーディリアの言葉にオレはついにこの時が来たのかと覚悟を決める。
「コーディリア。これを受け取れ」
「……えっと……ボス?指輪が入っている箱にしては大きいような?」
「指輪?いいから受け取れ」
「はい。……開けても?」
「もちろんだ」
オレが差し出した小さな――しかしこいつが思っていたよりも大きな――木箱をどこか期待したような目で見ていたコーディリアだが、小首をかしげながらも箱を受け取るとそっと箱を開く。
「これ……なんですか?」
「お前の、退職金だ」
「退職……?ボス?どういうことですか?」
「コーディリア。お前との契約を終了し、解雇する」
解雇を通知したオレの言葉にコーディリアは目を瞬かせ、じっとオレを見つめたまま固まった。
「……冗談、ですよね?」
「オレは冗談なぞ言わん。そのエリクサーは退職金だ。それで足を治して、お前は自分の好きなように生きろ。必要ならシェラザードを付けてやる」
「ちょ、ボス!?どういうことですか!それにエリクサーって……そんなもの、どうして!?」
珍しく感情的になるコーディリアの姿を見て、オレはコイツを解雇することを決めたときのことを思い出した。
アーノルド達の一件を通じて、オレはコーディリアを失いたくないと強く思った。
そしてこの情が、オレを弱くすることを自覚した。
その上、勇者に覚醒したルゥを中核に据えた今後のビジネスは、おそらく貴族社会や、場合によっては王族とも関わる可能性の高いものだ。
オレが貴族社会に接触すれば必ずコーディリアの存在が連中に知れてしまう。
そうなれば……こいつは命を狙われるか、政争の具とされるか、あるいはオレに対する攻撃のネタとして使われるか。いずれにせよ、これまでとは異なる危険にさらされることになる。
だがオレは、そんなつまらないことでこいつの才能を潰したくはない。
一方でコーディリアがオレの元にいる最大の理由は、足が不自由ということだ。
社交界に出るにも、結婚をするにしても、この足はこいつの枷となりつづける。
なら、足を治すことが出来れば……コーディリアはもっと違う世界へ自分の足で歩いていけるはず。
オレはそう考えた。
そのためにオレは医療を司るラースフォン神殿へつなぎを取り、こいつの足を治すことが出来るエリクサーを調達した。
万能薬ではなく、古傷の治癒に特化したものとはいえ金貨3万枚という大枚をはたくことになったが、オレが与信ビジネスを成功させる鍵となったのは、コーディリアの存在であることは間違いない。
そのことを思えば、こいつの退職金として「選択の自由」を与えることは、当然の見返りだとオレは考えた。
与信ビジネスそのものはマードック商会と冒険者ギルドに業務を振り分け、与信審査と記章の発行をマールに管理させれば最低限のシステムは回る。
勇者ブームが落ち着いたことでこの街へ新たに流入する冒険者の数も減っている。
現状維持であれば……コーディリアが、そしてオレがいなくてもグレイディア商会は回るだろう。
だからオレはコーディリアを解雇し、この街を離れる。
これはオレが自分のビジネスに対して行う再構築だ。
ビジネスの一環として、オレはコーディリアを……オレ自身から切り離すことを決めた。
そう説明したオレに対してコーディリアは初めて出会った時のようなジト目を向けてくる。
突然の話でこいつも気を悪くしているのだろうが……じきにオレの選択が正しいことをコーディリアも理解するだろう。
だがオレのそんな思いを余所に、コーディリアは固い声で言った。
「会頭。私の雇用契約は双方の同意をもって終了する形になっています。この件は即答できませんので、少しお時間を頂けますか」
「……ああ。好きにしろ」
「では、失礼します」
そう言うとコーディリアは杖を突き、もう片方の手にエリクサーの小箱を持って事務所を出て行った。
独り残されたオレは懐をまさぐり、タバコを探すが……生憎とタバコは残っていなかった。
「締まらないことだな……。だが、これが一番冴えたやり方だ」
そう呟いたオレの声は、自分自身ですら……どこか自信のない弱々しいものであるように聞こえた。
そして翌朝。
目覚めたオレは、いつもは騒々しい商会の建物がやけに静まりかえっていることに気が付いた。
もしかしたら夜のうちにコーディリアは出て行ったのかもしれない。
そんな事を考えて階下へ降りた。
ダイニングに人気はない。
いつもならルゥが腹を空かせて騒いでいる時間帯だというのに。
訝しく思いながら、オレは事務所の扉を開く。
と、そこには……コーディリアをはじめとした4人――ルゥが言うにはヤクザ四天王――が全員揃っていた。
全員が黙ってオレの方を見つめているが、オレの視線は自然とコーディリアに向かう。
右手で杖を突き、左手にはエリクサーの小瓶。
どうやらまだ足は治していないようだ。
「どうした、全員揃って」
「会頭に昨日の答えをお伝えするにあたって、他の従業員にも情報共有を行おうと思いまして」
「そうか。契約書はデスクに入っていたな?」
「少し、待っていただけますか」
契約解除の手続きを始めようとオレがデスクへ向かおうとすると、コーディリアが感情の乗っていない声でオレを呼び止めた。
「なんだ?退職金が足りないなら金貨1,000枚程度なら……」
「いえ、そうではありません。会頭、私に選択肢を与えてくださったことを感謝します」
「……ああ」
コーディリアの言葉に、オレはこいつが商会を辞めて出て行く決意を固めたのだと理解した。
なら、こいつと顔を合わせるのもおそらくこれが最後になる。
何を言うつもりなのかはわからないが……話ぐらいは聞いてやるべきだろう。
「一つだけ聞かせてください。私に与えられた選択肢をどう選ぶのかは、私が自由に決めて良いのでしょうか?」
「当たり前だ。オレはお前の人生に干渉するつもりはない。……ただ……オレがこんな事を言うのは烏滸がましいが、お前には幸せになって欲しい、とは思うがな」
「……判りました。では私は私の自由を行使させていただきます」
コーディリアのその言葉はオレへの決別宣言だ。
視線を悟られないようにサングラスを掛けておいて良かった。
思わずそんな情けないことを思う。
全員が見守る中、コーディリアはエリクサーの栓を抜く。
そして――
コーディリアは、傍らにいたルゥの頬にエリクサーを注いだ。
「おい、コーディリア!何をしている!」
「ボス。私は私の自由を行使しています。私は女の子の顔に傷が残ることを容認できません」
「馬鹿な……それは金貨3万枚もしたんだぞ!?」
「ケツの穴の小さいことを言わないでください。そして私は自分の意思で、ここに残ることを選びました。この足ではどこへも行けませんからね」
そう言うとコーディリアは悪い笑みを浮かべて見せた。
……馬鹿な……こいつは何を言っている?
「会頭、いきなり解雇とかやめてください。私、まだお姉様に経営の極意を教わってないんです。それにお姉様が解雇されるなら、私も後をケイリナさんに任せて辞めますよ?」
「マール?お前、何を言って……」
「主殿?我が忠誠を誓っているのはあくまでも主殿だ。コーディは良き友人だが、商会を離れたとなると我は守護できぬぞ?」
「おい、シェラザード!?」
「えっと……よくわからないけど、お腹空いたからご飯食べよ?」
「……お前はいつも通りだな、ルゥ」
3人がそれぞれオレに声を掛けてくる。
それはオレの選択が間違っているという事実を突きつけるもので……。
「そういうことですから、朝ご飯にしましょう。私、契約を解除する気なんてありませんよ。右腕がなくなったらボスはどうなるかわかりませんし」
「コーディリア、お前……自分が何をしたのか判ってるのか?」
「ええ。私は私の生きたいように生きる。その選択を行いました」
そう言うとコーディリアは軽やかに笑って見せた。
「だいたい、会頭はちょっとセンスがないです!夜中に女の子を呼び出して解雇通知とか、経営センスを疑います」
「マール、この朴念仁な魔王にもっと言ってあげてください」
「私的には不本意ですけど、そこは婚約指輪を渡すところですよね?吟遊詩人の物語でも、恋愛小説でも普通はそういう展開です!」
「……マール?私、そこまでは……。その、期待してなかった訳ではないですけど」
「お姉様!?私というものがありながら、浮気ですか!?」
……マールの言葉は支離滅裂だが、食卓でのオレに対する激詰めの矛先が逸れたことは歓迎すべきか。
「あー、お前たち?先ほども伝えたように、オレが新規事業のためにルゥを伴ってラーゼンを離れることは決定事項だからな?」
「それは……まぁ、かまいませんけど。でもボス?」
コーディリアはオレの方をじっと見つめて、言った。
「……必ずここへ、帰ってきてくれるんですよね?」
オレはその言葉に、首肯する以外の選択肢を持ち合わせていなかった――
これにて第三章は終了です。
現在、並行連載している「勇者狩り」を集中して書き溜めているため、第四章「二択の幻影-Binary Illusion」の執筆と連載は少し先になる予定です。
また第四章公開までに、二つほど「異世界ヤクザ」幕間の公開を予定しております。
執筆状況については活動記録、もしくは羽生のXで随時告知を行いますので、よろしければそちらをご確認ください。
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