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#37

 ……やはり、そう来たか。

 オレは内心で嘆息しながら、ミリーに声を掛ける。


「どういうおつもりですか?契約神との誓約に従い、貴方がたはオレに暴力は振るえないことになっているんですが」

「はっ、アンタは慎重すぎたんだよ!」

「そうですか。ですが、今しようとしていることは、止めておいた方がいいと思いますがね?」


 オレはミリーにそう警告するが、剣を抜けなかった先ほどのアーノルドとは違い、今回ミリーは双剣を抜いてしまっている。


「はっ、バルタザールが言ってた通りの展開ってやつだ」

「ほう?あの詐欺師が何を言っていたのです?」

「冥土の土産に教えてやるよ、重複契約(コンフリクト)ってやつさ!」


 ミリーはそう言うと双剣を手にオレに斬りかかってきた。

 同じくダガーを抜いたアーノルドはコーディリアに迫る。


 そして、次の瞬間。



 二人は死んだ。


「一応、警告はしたぜ?」


 攻撃しようとした姿勢のまま、全身の筋肉――その中にはもちろん心筋も含まれている――を止められた二人は、一瞬硬直したあと、バランスを崩してその場に倒れた。


「ぼ、ボス……?」

「ああ、大丈夫だ、もう死んでるからな。しかしこいつがあの詐欺師から話を聞いていたとはな」

「いえ、そうではなくて……どういうことです、これ?」


 目の前で人死にが出たのを見ても叫び声を上げるでもないコーディリアはたいしたタマだと思いながら、オレはエルフローラの契約書に潜むバグと、その対応法について説明してやった。


 オレが行った対処は2つだ。


 まず与信契約書側には武器の使用を禁じる条項を記載し、かつ同種の契約が発生した時点で与信契約を強制的に解除する条項を付記する。

 これによってそもそもコンフリクトが発生しない形式の契約条件を整えた。


 そして労務返済の契約書には、攻撃を禁じるのではなく、借金奴隷が攻撃的な行動を取った場合に全身の筋肉を即座に停止させる条項を――つまり反逆者をその場で処刑する条項を盛り込んだ。


 本来、エルフローラの契約書には相手を殺傷する機能は備わっていないが、動きを止めることは出来る。

 なら、動作を禁止する部位を全ての筋肉と指定してやれば、裏技的に相手を殺すことも不可能ではないということだ。


「……つまり、条件を明示的に指定すれば契約は衝突しないし、本来はできないこともできてしまうってことですか?」

「ああ。そういうことだ。なにせ毎日大量に交わされる契約書は女神もいちいち見ていないらしいからな。やり方さえ判れば破ることも悪用することも出来る」


 ミリーは契約書をハックしてオレを殺し、借金を帳消しにしようとした。

 そして、神をも恐れぬその企ての報いとして、自身が軽視した契約書によってアーノルド共々命を絶たれた。


 これを自業自得と呼ばずになんと呼ぶというんだ。


「これも一種の神罰ってやつだな」

「いえ……罰が下るならボスのほうだと思いますけど……」


 コーディリアが何かを言っているが、オレは聞かなかったことにした。


 なにせオレはミリーとアーノルドに制裁事項が含まれた契約書を提示し、奴らはそれを適当に読み流してサインを行った。

 なら今回のことはオレが奴らを「処刑」した訳ではなく、連中が契約を破った結果として契約内容が執行されただけ。


 要するに、極めて「合法的」な措置が施されたにすぎないからだ。



 しばらくして鍛錬から戻ってきたルゥとシェラザードは事務所に見知った二人の死体が転がっていることに多少は驚いた様子をみせた。

 だがそれでもどちらも悲鳴を上げたり取り乱したりする様子はなかった。

 2人が女である以前に戦士であることを思えば、それは当然だろう。


 それでもシェラザードは自分が事務所を離れていた間に債務者の反乱があったと聞き、護衛である自分の役目が果たせなかったことを痛く悔やみ、平身低頭する勢いでオレに詫びてきた。


 だが今回の不在はオレがシェラザードにルゥへの訓練を頼んでいたことが原因で生じたものだ。

 咎められることがあるとすれば、それはオレが行った判断の甘さだとシェラザードには言っておくことにする。


「寛大なお言葉、感謝いたします。今後はこのような不手際が起こらぬよう……」

「いや、見ての通り債務者が反抗すれば死ぬ仕組みを作った。この件に関しては自動的に制裁可能な仕組みがある以上、今後もお前の介入は不要だ」

「主殿……それでは我の存在意義が……」

「なに、契約締結に関わらない場面の方が多いんだ。期待しているぞ、シェラザード」

「はっ!」


 どこか納得していない様子だったシェラザードだが、オレが期待していると言葉を掛けると表情が明るくなった。

 だが、内輪の対応よりもこの死体をどうにかする必要がある。


「ところでシェラザード、エルフローラ神殿へ走って高司祭を呼んできてくれ。ジョーンズの仲間の件だと言えば話は通るだろう。念のためルゥにはここに残って貰う」

「承知」

「うん、わかったー!姐さん、ボクお腹空いた!」


 雑な湿布治療のせいで頬に傷跡が残ったルゥは歴戦の戦士……というよりもわんぱく小僧のような面持ちになっているが、それでも死体を目にしてなおマイペースな女児というのはある意味空恐ろしい。

 そんな事を考えながら、オレはシェラザードの帰りを待つ。



 結局、オレが示した契約書の内容と、ミリーが口にした「重複契約(コンフリクト)」という言葉から、2人は背教者ジョーンズの仲間として「神罰により処断」されたという形で神殿からの布告が行われることになった。


 もちろんこの布告はオレの要請によるものだが、無料(タダ)で行われた訳ではない。


 なにせ勇者と話題になっていた人物の死だ。

 本来であればエルフローラ神殿もより慎重な発言を行うべき所だが、オレがこの件を揉み消す見返りとして重複契約(コンフリクト)への対処方法をチラつかせたことで、存外に早く話を付けることが出来た。


「本来であれば大金になるはずだったんだがな……」

「だからボス、そんなことしたら本当に神罰が下りますよ?」

「まぁ結果論だが、オレの発案した対処方法は神殿の役に立っているんだ。……背教者が死んだ理由は不明だがな」

「……ボス、きっとこうなることが判ってて文言を書いてましたよね?だいたい、心筋って何ですか……?心に筋肉なんて意味不明ですよ」


 そう。この世界では心臓が命を司る臓器であることは知られていても、心臓の動きが電気信号による筋肉の収縮によるものだということは知られていない。

 従ってオレが記載した「心筋を含む全ての筋肉」という文言も、エルフローラ神殿の連中にも理解不能な語と認識され、結果的に自動制裁の仕組みを秘匿することに成功した。


 つまり、契約を破った相手に対する自動制裁機能については今のところグレイディア商会が独占的に保有しているセキュリティ対策ということになるだろう。


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