#36
そしてアーノルドが恥をさらした翌週。
グレイディア商会の事務所へ青い顔をしたアーノルドと、無表情なミリーが姿を見せた。
「おや、これは勇者様じゃないですか。今日はどういったご用件で?」
「……恥を忍んで頼みたいことがある。金を、貸してくれないか?」
「うちは元々金貸しですから融資の相談は賜りますがね。アーノルドさん達には金貨800枚分の与信枠があったはずじゃないですか」
オレがアーノルドにそう確認すると、執務机に向かっていたコーディリアが傍らの帳簿をめくり始めた。
おそらくアーノルドとミリーの債務がどうなっているか確認しているのだろう。
「大半は探索用の魔導具をそろえるのに使った。残りは……まぁ、飲み食いはしたが」
「ほう。探索用の魔導具をお持ちなら、オレに金を借りるよりもダンジョンへ潜って稼ぐほうが健全だと思いますがね?」
「ダンジョンには行ったさ。だが……これを見てくれ!」
そう言うとアーノルドは腰に佩いていた剣を抜こうとするが、その動きは途中で止まる。
当然だ。与信契約の書類にはグレイディア商会の人間に武器を向ける行為を禁則事項として盛り込んである。
オレはアーノルドの行いに肩をすくめると声を掛けた。
「ここでは剣を抜けませんよ。剣を見せたいのなら、鞘ごとこちらへ」
「あ、ああ……」
オレの言葉に契約書をろくに読んでいなかったアーノルドは戸惑いながら剣帯を外し、オレに剣を手渡してくる。
だがそのとき、それまで無表情だったミリーが薄く笑ったような気がしたのは……気のせいだろうか?
ルゥの鍛錬のためシェラザードが事務所を離れている状況にいささかの不安を覚えながら、オレはアーノルドの剣を抜き放つ。
「……これは……なんです?」
「見ての通りだ。真ん中で折れちまったんだ」
「なるほど」
アーノルドが言うように、奴の魔剣とやらは中央付近で折れてしまっている。
元は長剣だったものが、今では短剣サイズだが……しかし何があった?
「魔法の武器が折れるなんてことがあるんですか?」
「俺が聞きたいぐらいだ。だが、この前あのガキと戦った後に刃こぼれが出来ていたことは判っている」
その言葉にオレはアーノルドの剣が折れた理由を理解した。
ルゥの木剣は見た目こそただの木の棒だったが、実際はとんでもない代物だった。
木剣の正体を知った今となっては、魔力を通したあれと打ち合い、アーノルドの剣がその場で砕けなかった方がむしろ不思議に思えるほどに。
「もしかしてオレの舎弟のせいだとでも?」
「その可能性があるとは思っている」
「お言葉ですがね。あいつの武器もあの場で破壊されましたが、弁済はして頂いていませんよね?もしそのことで難癖を付けられるつもりなら、出るところへ出てもかまいませんよ?」
オレの言葉にアーノルドは怯んだ様子を見せる。
大方、オレが同情したり下手に出たりすれば剣を弁償しろとでも言うつもりだったのだろう。
だがもし両者の武器を査定し、互いに弁済を行うことにでもなれば……。おそらく木っ端魔剣程度の弁済額ではルゥの木剣の欠片分にも値せず、査定が出た瞬間にアーノルドは破産することになるだろう。
「それで、新しい剣を買うために金を貸せと?」
「ああ。そうでないと返済が出来ない。あんたにとってもそれは困るだろう?」
アーノルドの言葉は、並の金貸しであればしぶしぶとはいえ同意せざるを得ない程度の説得力があった。だが、オレはこういった事態を織り込んで契約書を作成している。
「いえ、オレは一向に困りませんよ。そちらが返済できないのなら、労務返済の契約へ移行していただく……まぁ、判りやすく言えば身体で返してもらうことになるだけですから」
「なっ……!」
「アーノルド、だから言っただろ?説得なんて無理だって」
それまで黙っていたミリーが口を挟んできた。
と、コーディリアがオレにアーノルド達の債務についての情報と、契約書を纏めたファイルを手渡してきた。
相変わらず仕事が早く、良く気が付くことだ。
「……こちらの書類によれば現在お二人の与信枠、金貨800枚のうち既に金貨768枚分を使われているようですね。リボ払いは使用されていないようですから、今日の分割払い分である金貨50枚をお支払いいただけなければ、その時点で債務不履行になりますが?」
オレが示した信用払いでの債務リストにアーノルドの顔色が悪くなる。
その様子を見ていたミリーがオレに声を掛けてきた。
「会頭さん、悪いけど契約書の内容を確認させて貰えないかい?アタシ、よく読んでなかったからこういう時にどうなるか見ておきたいんだけど」
「……ええ、かまいませんよ」
こいつらが契約時に内容をろくに確認していなかったということは知っているが、控えすら確認していないという時点で胡散臭いものを感じる。
だが、オレはミリーの求めに応じ、与信枠に関わる契約書をミリーに手渡した。
「……アーノルド、やっぱり言ってた通りだよ」
「そうか。じゃあ、覚悟を決めないといけないということか」
「会頭さん、聞いての通りだ。残念だけどアタシ達は今週分の支払いが出来そうにない。まぁ金貨何百枚か程度ならすぐに稼げるだろうから、働いて返す契約にしてもらえるかい?」
軽く肩をすくめてそう言うミリーを、コーディリアは無言で……だが少し怪訝げな表情で見やっている。
それもそうだろう。
これまで債務不履行になった連中は嘆き、悲しみ、時に怒鳴り散らして呪いの言葉を吐いていた。
ここまで飄々と運命を受け入れるような言動は、こう言ったシノギが長いオレにもあまり経験のないパターンだ。
だが返せないというのであれば労務返済の契約に切り替えを行い、借金奴隷としてオレの傘下に加わって貰うことになる。
それは当初の計画通りではあるが、前回同様、話がうまく出来すぎているようにも思える。
「……コーディリア。契約切り替えの準備だ」
「承知しました、会頭。書類はこちらに」
手際のいいことにコーディリアはすでに新しい契約のための書類を用意していたらしい。
先にオレがサインを行い、次にアーノルドへサインを促す。
ペンと共に差し出された契約書にミリーはちらりと目を落とすと……ほくそ笑んだように見えた。
「アーノルド、ごたごた言ってても仕方ないからさ、さっさとサインしちまいなよ」
「わかった」
仲間から急かされる形でアーノルドはペンを取る。
「契約と商業の神エルフローラの御名において記す。ここに交わす言葉と印は神聖な契りなり。両者、心魂をもって条々を守護し履行せよ。約束を違える者には報いあれ……。書いたぞ」
「結構です。ではこれで契約は――」
アーノルドは契約神エルフローラの名とともに誓約を行い、自らの氏名をサインする。
それを見届けたオレが契約の完了を告げようとした時だった。
「アーノルド、今だよ!」
「おうっ!」
そう言うとミリーは背中に挿していた双剣に。
アーノルドは懐に忍ばせていたダガーに手を伸ばした。




