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#35

「アニキ!お願いがあるんだけど!」

「おう、なんだ。今日のお前は殊勲賞だから好きな物を言え。何が欲しい?車か?女か?」

「くるま……って馬車?そんなのいらないよ!あと女って意味分からない!」


 祝勝会の途中、今後のビジネス展開について考え事をしていたオレは、思わず日本で舎弟に褒美をやるときの感覚で適当な言葉を発していた。

 だがこの世界に自動車は存在しないし、そもそもルゥも女だ。

 自分の失言に気付いたオレは改めてルゥに何が欲しいのかと聞くと、燃えさしの松明のような焦げた棒きれを示された。


「松明か?」

「違うよ!ボクの剣!……折れて燃えちゃったけど」

「そう言えばお前、あの魔法剣を木剣でよく受け止めたな?」

「師匠に教えて貰った方法で木剣に魔力を通したんだよ!どう、すごい?」

「……主殿、魔王軍の戦士は皆その程度は行いますぞ」

「師匠、酷い!ボクがんばったのに!」


 茶々を入れてきたシェラザードにルゥは文句を言うが、どうやらこの話の流れからすると代わりの武器が欲しいということだろう。

 ルゥがどのタイミングで勇者として覚醒するのかは判らないが、装備をオレが提供してスポンサーとしての立ち位置を確保しておくことは投資戦略として妥当だ。


「ルゥ、明日にでもマードック商会へ連れて行ってやる。剣が欲しいなら好きなものを選べ」

「わ、やったー!」


 頬の傷に雑な湿布を貼り付け、両手を挙げて破顔するルゥの姿からは、高レベルの魔法剣士であるアーノルドを打ち破った強力な戦士としてのオーラは全く感じられない。

 だが、それでも……やはりこいつは勇者なのだ。


「失礼、主殿。その件なのだが……おそらくルゥに普通の剣は使いこなせんと思うぞ」

「どういうことだ?」

「ルゥは長らく木剣……というよりも柄の付いた丸棒を振るっていた。剣術を学んでなお、その癖は抜けておらん」

「……話が見えないが」


 オレの疑問にシェラザードは主殿も少しは剣を学ばれては……と余計なことを言いながら、ルゥの太刀筋についての説明を行った。


 なんでも剣というものを正しく振るうには、刃を相手に向けて綺麗に振るう……いわゆる刃筋を通す必要があるものなのだそうだ。

 確かに刃物である以上、刃が一方に付いていて、それを振り下ろす必要があることはオレにも判る。


 だがルゥは丸棒を剣に見立てて振るう我流剣術を長く続けていた。

 当然丸棒には刃も刃筋も存在しないため、それ故にルゥの「太刀筋」は剣士には読みづらい変幻自在のものとなる。

 だがそんなルゥが剣を握るとどうなるか?


 それは決まっている。

 ルゥの振るう剣の多くは刃筋が通らず、刃の腹や峰で打つ殺傷力の低い一撃になってしまう。

 かといって今から矯正するのも難しいとシェラザードは言う。


「つまり、こいつは棒でしか戦えないと?」

「一般的な棒術とはまた異なる戦い方だが。さしずめルゥ式戦闘術とでも評すべきものだろうな」

「わ、それ格好いい!ルゥ式免許皆伝!」

「いや、そもそもお前が開祖だろうが。まあいい、今回の褒美としてオレがお前に最適な武器を見繕ってやろう」

「やったー!約束だよ、アニキ!」


 そう言いながらもオレは、耐久力があってどの方向からでも攻撃可能な武器とはどういったものかと思案する。


「……最適なのは鉄の棒か?」

「そんなの嫌だよ!格好よくないもん!」

「木剣は格好いいのか?」

「アレはボクが自分で作ったやつだし!」


 オレにはよく判らないが、ルゥには何かの拘りがあるらしい。

 約束した以上、明日にでもルゥとシェラザードを連れてマードック商会へ出向いてみることにするか。


 アーノルドとミリーは改良した契約書で縛り、バルタザールを排除した今となっては、コーディリアに護衛を付けておく必要性も薄くなった。

 当面はシェラザードを自由に動かして問題ないだろう。



 その夜はコーディリアから「業務報告」を求められた。

 身体を重ね、情を交わし、事業についての報告を受ける。

 もはやオレとコーディリアにとってルーチンワークとなった、営みだ。


 だが今回は業務報告の際にコーディリアが珍しく仕事とは関係の無い話を持ち出してきた。


「ボス、今日の勇者対応は見事でしたけど……少し見事すぎませんか?」

「オレの手並みを褒めている……訳ではなさそうだな?」

「褒めてますよ、もちろん。でも、あの偽賢者の件やルゥを鍛えていたこと、まるで予めこういう展開になることを予見していたように見えますけど」


 そう言うコーディリアの目に浮かんでいるのは、疑念というよりも純粋な興味であるように思える。


 オレはふと、こいつにならオレが経験したことを話しても良いかと思いかけ……止めた。

 なにせ既に回避した未来とはいえ、あの記憶の結末はコーディリアの死を伴うものだったからだ。


 だからオレはあえて冗談めかして言った。


「そうだな。実はオレは未来から舞い戻ってきていて、先の事を知っている……と言えばどうする?」

「ん……。ボスならありえそうな気がします」


 オレの言葉が冗談だと思ったのか、コーディリアはクスクス笑うとそう言った。

 ベッドの中限定とは言え、こいつは随分と表情豊かになったし、それに綺麗になった気もする。

 そんなことを考えていると、コーディリアはオレの目を覗き込みながら囁いてきた。


「ねぇボス。その未来で、私はどうなっていました?もしかして、ボスのお嫁さんになってましたか?」


 冗談めかしてそう言うコーディリア。


 ……だが、オレの記憶の中でこいつは――


「なんだ、そんな未来を期待してるのか?」

「もしもの話ですよ。それに私、重い女になるつもりはないですし、今の右腕ポジションで満足しています」


 コーディリアはそう言って笑う。

 だが、オレ自身はどうなのだろう。


 コンティニューによって時間が巻き戻ったことに気付いたオレが真っ先に考えたのは、マールを救うことでも、バルタザールへの報復でも、アーノルドへの対処でもなかった。


 ……コーディリアを死なせないこと。


 それがオレが真っ先に考えたことだった。


 冷静に考えれば、アーノルド達の件を回避するだけなら商会を畳んで余所の街へ逃げ出せば済む話だった。

 実際、日本でビジネスを展開していた頃のオレなら、状況がきな臭くなったと感じたら即座に拠点を畳んで撤収するなんてことは日常茶飯事だったはずだ。


 なのにオレはここへ踏みとどまり、コーディリアを死なせないために奔走した。


 ……そうだ。オレはこいつが……。


 ……いや、オレはこいつの商才を失いたくない。ただそれだけだ。


 だがそれでも、こいつの存在はオレの判断を鈍らせる。

 なら、どうすべきだ……?


「……ボス?聞いてます?」


 そんな事を考えていたオレの顔をコーディリアが覗き込んでいた。


「ん……なんの話だ?」

「ですから、ルゥのことです。隣国から招いた勇者様を倒したとなれば、必然的にあの子に注目が集まります。グレイディア商会そのものへの注目ではないですが、あの子がうちにいることは街でも知られていますから……」

「連鎖的に商会にも王侯貴族の目が向く、ということか」

「おそらく。勇者を手元に置くリスクとベネフィットは慎重に検討しておいたほうが良いかもしれません」


 いつの間にかまた、真面目な話に戻っていたらしい。


 ルゥの件。

 今日の「見世物」。

 そして、なによりもコーディリアの件。


 それらが渾然一体となってオレの中で次の事業計画を形作ってゆく。



 ルゥの新しい剣を巡る一件は様々な試行錯誤があったが、長くなるのでその話はまた今度で良いだろう。


 結果的にルゥは金属製のグリップが付いた木剣という、訳の分からないものを腰に佩き、再びダンジョンアタックに挑戦することになった。


 ダンジョンといえば与信契約を結んだアーノルド達だが、前回同様、やはり宿に引きこもり酒を浴びるように飲んでいるという話を人づてに聞いた。

 ただ前回は陽気な豪遊と称されていた飲みっぷりが、くだを巻くやけ酒になっているらしいのは……オレが改変を行った影響だろう。


 アーノルド達については当面動きがないだろうと考え、オレは新事業の立ち上げに向けて各所へ出向き、協力の要請を行った。

 主な要請先はオレのケツモチであるマードック商会。そして冒険者ギルドにサブル・カムルの工房。そして別件としてラースフォン神殿にも話をしに行った。


 マードック商会の会頭も、冒険者ギルドのギルマスも、オレの新事業に微妙な顔をしていたが、最終的には協力を約束してくれた。


 まぁ、連中が諸手を挙げて賛成しない理由は分かっているが、しがらみに縛られてビジネスチャンスを逃すオレではない。


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