#34
人の波に飲まれそうになりながら、オレ達の所へ必死に近づこうとする小柄な姿。
いうまでもなく、それはマールだ。
「はぁ、はぁ……会頭、行って、きました」
「ご苦労だったな、マール。神殿の反応はどうだった?」
「はい、私、先に、帰らされたん、ですけど……なんだか、凄く騒ぎになってて」
「そうか。おいコーディリア、マールに何か飲み物を。あとルゥの傷の手当てもしてやれ」
「承知しました、ボス。……でもボスは?」
「オレはこれから重大イベントを見届ける義務があるんでな。シェラザード、悪いが付き合ってくれ」
「承知」
オレの言葉にコーディリアは不思議そうな顔をしながらも、マールとルゥを伴って冒険者ギルドの建物へと入っていった。
訓練場に残っているのはオレとシェラザード、そしてアーノルド達3人。
アーノルドは既に意識を取り戻しており、何が起きたのかミリーから説明を受けているようだ。
オレがその様子を見るとはなしに見ていると、ギルドの建物から複数の重々しい足音が聞こえた。
振り返るとそこには数名の騎士を従えた、いつぞや話をしたエルフローラ神殿の高司祭の姿があった。
「ヤクザ殿!先ほど頂いた書状の件、まことですかな」
「ええ。丁度あそこにおりますよ。商人殺しと金貸し殺しの犯人、エルフローラ神の契約書を悪用した大罪人ジョーンズがね」
オレの言葉にバルタザールはギョッとした表情でこちらに視線を向ける。
だが、もう手遅れだ。
オレはバルタザールがギルドに姿を現した際、自分で簡易鑑定を行うと同時にシェラザードにも魔眼による鑑定を行わせていた。
シェラザードの魔眼はオレの本名を言い当てたように本名を見抜く力を持つ。
その魔眼をもってヤツの名が「ジョーンズ」であることが判明した時点で、事前にマールに持たせていた「バルタザールこそがエルフローラの契約書を悪用した強盗殺人犯、ジョーンズである」と告発する書状をエルフローラ神殿に届けさせる準備を行っていた訳だが……。
どうやらオレが予想していた以上にエルフローラ神殿は迅速に動いたようだ。
オレがバルタザールこそが過去の殺人犯であるジョーンズと同一人物だと踏んだ理由。
それは重複契約という、エルフローラ神殿が秘匿していた手段を知っている人間は極めて限定的だということだ。
おそらく奴隷商殺しの方は偶発的な事象だが、ジョーンズは契約書の盲点を突いて再現性のある殺人を犯している。
そしてバルタザールがオレを殺したあの手口は随分と手慣れていた様子だった。
なら、あれは初犯ではない……つまり、仕組みを知って過去に犯罪歴のある逃亡犯ジョーンズと同一人物だと考えた訳だが、どうやらオレの推測は正しかったようだ。
「魔術士ジョーンズ。13年前の商人殺し、および11年前の金貸し殺しの件で話を聞かせて貰う」
「ま、待て!我の名はバルタザール……」
「高司祭様、人間鑑定を行いました。やはりこの者の本名はジョーンズです」
「連れて行け。エルフローラ様の契約を破った者にどのような神罰が下されるか、しかと思い知らせるのじゃ」
騎士の1人が板状の魔導具を確認しながら、バルタザールの釈明をこの上なく明快に切り捨てた。
バルタザール……いや、ジョーンズは一瞬、抵抗する素振りを見せたが、騎士達に剣を突きつけられ、観念したかのように連行されていった。
後に残されたアーノルドとミリーは「勇者」の敗北と「賢者」の連行という異常事態の連続に、訳が判らないという表情で茫然としている。
ジョーンズの背を見送りながらオレは思う。
おそらく、ヤツは殺人犯、そして背教者として内密に処刑されることになるのだろう。
ヤクザであるオレには悪党を糾弾する資格なんてないことは百も承知だ。
だがそれでも、だ。
同じ悪事を行うにしても、非合法な……それも殺人に手を染めた外道には、それなりの報いが下る。
やはり物事は「合法的」に行うべきだ。
そう思いながら、オレは懐から取り出した手製のタバコに火を付けた。
ゴタゴタはしたが、結局アーノルドとミリーは与信審査を受けることになった。
賢者を欠き、勇者としての名声も失ったアーノルド達に与えられた与信枠は1人当たり金貨400枚。
並の冒険者としてはそれなりに高額だが、勇者として審査された前回からは大幅な査定ダウンとなった。
オレはてっきりアーノルド達が体面を保てなくなったラーゼンの街から出て行くものだとばかりと思っていたが、2人はこの街に留まることを決めたという。
「いや、パーティのカネを管理していたバルタザールが逮捕されて荷物を押収されたんだ……」
「アタシたちの手持ちだけじゃ、すぐに干上がっちまう。とりあえずこの信用払いってのを使わせて貰うよ」
ろくに契約書も読まずにアーノルドとミリーはサインを行い、そして順調に債務の罠へと片足を突っ込むことになった。
その後、マールが与信手続きを終えるのを待ち、オレ達は連れ立って事務所へと戻ることにした。
「そう言えばお前とこうやって2人というのは初めてだったか?」
「はい、そうかもしれません」
「前は随分とオレに怯えていたように思ったが……」
「会頭、見た目は怖いですけど、悪い人じゃないってわかりましたから」
マールはオレの目を真っ直ぐに見るとそう言った。
ほんの半月足らずで随分と変わったものだ。
そんな事を考えたオレは、ふとマールをからかってやりたくなった。
「そうか。そう言えばマール、今でもオレと愛人契約をする気はあるか?」
「ありません!嫌です!……あ、お姉様となら喜んで契約しますけど!」
「そっちはコーディリア本人に直接言ってくれ」
オレの言葉が冗談であると分かっているのか、マールは鈴を転がすような笑い声を上げた。
「そういえばルゥの祝勝会でも開いてやるか」
「あ、それならお姉様とシェラザードさんが準備するって言ってましたよ」
「手回しのいいことだな」
「だって、お姉様ですから。会頭、早く帰りましょう。たぶんルゥさんがお腹を空かせてます!」
そう言ってマールは夕暮れの街を駆け出した。
だが、オレはその後を追わない。
……なにせあいつがどこへ行くのか、探す必要もないからだ。




