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#33

 ルゥは健闘したが、さすがに格上で装備も整った相手では分が悪い。


 既にアーノルドの面目を潰すという目的を達した以上、これ以上ルゥを戦わせる意味がないと判断したオレが試合の終了を告げようとした時だった。


「試合だから魔導具は禁止だと思ってたけど、使っていいんだね?じゃあ、ボクも……!」


 ルゥが勝ち誇るアーノルドにそう言い放つと、胸元と足に魔力の光が生まれる。


 次の瞬間、ルゥの姿がかき消えたかと思うと、アーノルドの身体が吹き飛ばされていた。


 倒れ伏したアーノルドの身体は何故か炎上し……そして、ルゥが踏み込んだ場所にも、大きな火柱が立ち上っている。


「勇者殿!?」

「ちょ、アーノルド!?」

「誰か、消火魔法を!いや、水でもかまいませんぞ!」


 バルタザールとミリーが倒れたアーノルドに駆け寄り、胸元から燃え広がった火を消そうとしている。

 セコンドが介入した以上、勝負はルゥの勝ちで決まりだ。


 蹴りを放った姿勢のまま残心を決めたルゥの足元では、未だ熾火が燻るアッシュメイカーが赤い光を放っていた。



 誰もが――そう、オレも含めてだ――予想していなかった成り行きに訓練場が一瞬静まりかえる。

 だが、そんな静寂の中、オレの姿を見つけたルゥがいつもの屈託のない笑顔と共に大声を上げた。


「アニキー!ボク、勝ったよー!」


 ルゥの宣言により、周囲の野次馬達も勇者アーノルドがグレイディア商会の小間使い、ルゥに敗れたという事実を初めて認識したのだろう。

 割れるような歓声が訓練場に湧き上がり、一拍おいて冒険者ギルドの外、大通りの方からも歓声が上がった。


 しかし、予想外だった。

 昨日、ルゥのレベルが4から成長していないことを確認したオレは、ルゥが惜敗する前提で策を組み立てていた。

 最悪、ルゥが敗れてもアーノルドの勇者としての名声を貶めることが出来れば、十分に奴のプライドをへし折れると考えて。

 だが、実際にはルゥが「勇者」を倒してしまった。


 訓練場の傍らで倒れたアーノルドは意識を失っているようで、これは誰が見てもルゥの完全勝利だ。


 周囲の野次馬達は無責任に騒ぎ立てているが、オレは内心で自分の読み違えに歯がみしていた。

 これは……長期的な人的資産運用(アセットマネジメント)プランを大幅に見直す必要があるイレギュラーだ。


 そんな事を考えているオレの元に、コーディリアとシェラザードがやってきた。


「ボス、狙い通りですか?」

「ああ、少々やり過ぎた感はあるがな。それで、そちらの首尾はどうだ?」

「正直、納得はいきませんが……ボスの見立ては正しかったと言わざるを得ません」

「ほう。シェラザード、お前の目から見てどうだった?」

「実物より少し精度は落ちる上に視点が固定ゆえ、戦士が見切りの鍛錬に使うには不向きかと。ですが見世物としては十二分でしょうよ」


 オレが確認したのは、事前に仕込んでいたサブル・カムルの新作魔導具の動作状況についてだ。


 サブルが開発した新しい魔導具。

 それは通信装置を目指しながら通信であることを放棄した、コーディリアに言わせればゴミだった。


「しかし映像を大きく映すだけの魔導具があんな風に使えるなんて……」

「主殿、あれはどの程度遠くまで映像を送れるものだろうか?」

「サイズ次第だが、サブルが言うにはあの大きさの映像ならせいぜい100ヤード(約90m)程度だろうな」

「それでは通信には使えませぬぞ?」

「だからこそコーディリアはゴミだと評価したんだろう」


 オレの言葉にコーディリアはうんうんと頷いている。

 そう、サブルの魔導具は捉えた映像を遠隔地に大きな立体映像で表示するというものだった。

 だが投影距離と投影サイズ、そしてフレームレートと稼働時間がトレードオフになるという代物でもあった。


 サブルはこの魔導具に手近な映像を巨大な立体映像として表示し、離れた場所から遠眼鏡で観察する相手に手旗信号で伝える……という本末転倒な運用方法を考えていたらしい。

 そのアイデアはコーディリアが評価したように実用性を無視した失敗作でしかなかったが、オレにとってはこの魔導具はプロジェクターや大型街頭ビジョンの代替物だと思えた。


 なので今回オレは勇者が失態を演じるさまをギルドの訓練場のような、そう収容人数の多くない場所で直接野次馬に見せるだけではなく、冒険者ギルド前の大通りへ投影することでより多くの人目に晒す仕掛けとして使用した。


 その結果が、先ほどギルド前から聞こえてきた歓声で、オレの仕組んだパブリック・ビューイングによって多くの人々がルゥの勝利を目の当たりにしたことだろう。


 ――だがそれ故に、ルゥが勝ちすぎたことが問題になるのだが。


「アニキ、褒めて!」

「ああ、よくやった。想像以上だったぞ」

「ホント?やったー!」


 オレの元へやってきたルゥはまるでじゃれつく犬のような様子でそう言った。

 しかしその頬には目立つ裂傷と火傷の痕。


「ルゥ、傷の手当てを……」

「大丈夫だよ、姐さん。こんなのツバ付けといたら治るって!」

「そういう訳にもいかないでしょう。ほら、あそこにちょうどマファーメラの司祭様がいますから」


 そう言ってコーディリアが指さした先には、アーノルドの元に屈み込み、治療を施しているとおぼしき神官服姿の若い女。

 後ろ姿でも判る。あれは……シェリルだ。


 オレはアーノルドが到着した時点でマファーメラ神殿に使いを送っていた。

 そして「勇者」がラーゼンの街に現れたと知った神殿が、勇者の品定めに人を送ってくることを期待したが……まさか聖女候補本人が出向いてくるとは。


 だが結果としてシェリルは自らアーノルドが敗北する姿を目の当たりにすることになった。


 そしてアーノルドへの治療を終えたシェリルは、周囲の様子を無視するように訓練場を出て行ってしまった。


 つまるところ、この時点で聖女願望の強いシェリルがアーノルドのパーティに加わる可能性を潰すことが出来たとみて間違いないだろう。


「……ルゥの治療を頼みたかったのですが」

「いいよ、神官に頼んだらお金取られるし!」

「ルゥちゃん!すごかったですね!」


 ルゥの治療が出来ないと知ったコーディリアがジト目でシェリルを見送っていると、ギルド受付のエミリアが興奮した様子で声を掛けてきた。


「うん、ボク村で一番強かったからね!でも師匠には全然勝てないから、まだまだだよ!」

「村一番の腕自慢だったんですね!でも……師匠?」

「我のことだ」

「ああ、なるほど……!」


 エミリアの言葉にルゥは謙遜し……いや、あれは素だな。

 そして自らがルゥの師匠であると名乗り出たシェラザードを見て、エミリアは何かを納得したようだ。


 しかしこれは良い兆候かもしれない。

 ルゥはグレイディア商会の小間使いだと認知されてはいるが、その強さの理由は今のところ誰にも知られていない。


 だがエミリアはおそらく今の会話で「村一番の腕自慢が、戦闘メイドに師事して強くなった」というストーリーを連想したはずだ。


 それは事実ではあるが、「未覚醒の勇者が魔王軍四天王の訓練を受けた」という真相を覆い隠すには十分な隠れ蓑になると同時に、その程度の相手に負けたアーノルドの勇者としての名声を完全に失墜させる効果が期待できる。


「エミリア嬢、このことはあまり公言されませんように。頼みますよ?」

「ええ、もちろんです、ヤクザ様!」


 オレの言葉にエミリアは笑顔でそう言うとギルドカウンターの方へ戻っていったが、おそらく口止めされたことで奴の口はより軽くなるに違いない。

 噂好きの連中のことだ「ここだけの話」と前置きされた、ルゥが強い理由は……おそらくギルド中、そして街中へあっという間に拡散されることになるだろう。



 これでオレは勇者(アーノルド)聖女(シェリル)斃す(・・)ことに成功したが……本丸がまだ残っている。


 ざわめきながら訓練場を出て行く野次馬達の中に、オレが探している人影は……あった。

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