#32
旅装を解き、帯剣したアーノルドは訓練場の中央に陣取った。
訓練場の外周を取り囲む観客席に群がった野次馬達の歓声に手を挙げ、応える姿は勇者的な振る舞いにも、単なる自己陶酔にも思える。
「それで、誰が俺の相手をするんだ?貴様が俺と戦うのか?」
「まさか。オレはただの金貸しですよ。ですがオレの舎弟が勇者サマのお力を見たいと言いましてね。手合わせしてやってもらえますか?」
オレの言葉にアーノルドは鼻白んだ様子を見せるが、オレに与信枠3倍の約束を再確認すると、手合わせを了承すると言った。
なら、これで話は決まりだ。
「ルゥ!勇者サマが手合わせを了承してくださったぞ」
「はーい!ありがとう、アニキ!」
オレの声に、人混みを掻き分けて姿を現したのは派手な衣装――言うまでもなくそれは魔導具、ウインドダンサーだ――を身に纏い、いつもの木剣を握ったルゥだった。
「おい、あれってヤクザさんのところのルゥちゃんか?」
「ルゥって言ってたよな?あの赤毛、見覚えがあるし」
「そう言えば朝にあの格好でメイドさんと街の外へ出かけていくのを見たことあるよ」
「いつもマールちゃんを迎えに来てる子じゃねぇか!あの子、戦えるのか?」
「よくお使いにも来てるけど、あの子が勇者様と?」
「この間うちの焼き菓子を沢山買ってくれたけど……怪我しないだろうね。アタシは心配だよ……」
野次馬達は見知ったルゥが勇者に対峙したことに困惑した声を上げている。
オレの狙い通りだ。
ここでアーノルドを打ち倒す役割を担うべきなのは、他の勇者でも、手練れの冒険者でも……ましてや、得体の知れない無名の強力な戦士でもない。
勇者が戦うべき相手は皆が知っている存在。
そのためにオレはルゥを小間使いとして街中走り回らせたのだから。
一方でアーノルドは自分の前に進み出てきたのが背の低い子供だと知って不快げな表情を浮かべた。おおかた、侮辱されたとでも思っているのだろう。
「おい、これは一体――」
「いいではないですか、アーノルド殿。子供が相手ですから少々手加減をして器の大きいところを見せるだけで3倍の与信枠を頂けるのですぞ?」
「手加減か……なるほどな。おい、そこの子供!手加減はしてやるが、怪我をしても泣くなよ!」
セコンドに付いていたバルタザールの言葉にアーノルドは納得したように頷くと、ルゥに向かって声を上げる。
だが、その言葉を聞いたルゥは不満げに応じた。
「えー!手加減なんていらないよ!負けたときの言い訳なんて、格好悪いよ!」
「何っ……このガキが!」
オレが演技指導をした訳ではないが、ルゥがいい感じにアーノルドを挑発してくれた。
今のルゥの言葉に周囲の観客達は笑っているが……これでアーノルドの退路は断たれた。
「それで俺も武器は訓練用の木剣を使えばいいのか?」
「え?別に真剣でいいよ?」
「木剣を持ったガキ相手に俺の魔剣を振るえる訳がないだろうが!」
「師匠はいつも真剣だけどなぁ……」
悪意のないルゥの挑発にアーノルドは苛つきを隠せない。
だが身に帯びていた魔剣を外そうとしたアーノルドに対してバルタザールが歩み寄り、声を掛けた。
「アーノルド殿。どうも不穏な雰囲気を感じますぞ。ここは剣を手放されぬ方が吉かと」
「何?……まぁ、お前がそういうのなら……」
「ええ。あのヤクザなる者、勇者の剣を狙っているのやもしれませぬからな」
バルタザールの言葉にオレは吹き出しそうになった。
悪党であるバルタザールはオレが何かを企んでいることには気付いているようだが、その狙いをアーノルドが持つ金目の物……つまり魔法の武器だと勘違いしている。
オレが狙うのは金貨数百枚程度の玩具なんかじゃない。
アーノルドを完全に屈服させ、大きなカネを生み出すための歯車に陥れるために必要な既成事実だ。
結局アーノルドはバルタザールの言葉に従い、腰に魔剣とやらを佩いたまま訓練用の木剣を手にし、ルゥと対峙した。
体格の良いアーノルドの身長は180cm以上だろうか。
対するルゥは140cm程度で、その差は頭二つ分ほどにもなる。
2人の距離は約10m程度。それだけ離れていても、まるで大人と子供のように見える……と思いかけたオレは思わず苦笑した。
実際に対峙しているのは大人と子供なのだということに気付いて。
「さっさと終わらせるぞ。おいガキ、さっさと打ってこい!適当に相手してやる」
「ぶー!適当じゃなくて真剣に相手してよ!じゃないと……死んじゃうよ?」
余裕ぶってアーノルドが発した言葉にルゥはそう言うと、それまでの笑顔から一転すると剣呑な表情を浮かべた。
獰猛な獣のような笑顔は普段のルゥとは全く異なる、戦士――それもおそらくは魔王軍の――それだ。
一瞬で10mの間合いを詰め、アーノルドに肉薄したルゥは下段から掬い上げるような一撃を振るう。
だがアーノルドも熟練の戦士らしく、咄嗟にかざした木剣でルゥの一撃を凌ぐ。
「なっ……!?なんだ、このガキ!?」
「さすが勇者だけあって強いね!」
驚愕するアーノルドと、平然とした様子のルゥ。好対照な様子に野次馬達が歓声を上げる。
ルゥの動きは先日、シェラザードと初めて手合わせした時の力任せの我流剣術から大きく変化していることは素人目にも見て取れた。
打ち込む一撃一撃の早さや重さは以前とそう変わらないように見える。
だが、ただ木剣を振り回し自分が打ちたい箇所を打つのではなく、相手の隙を突き、行動を先読みして潰すような動きをしているようにも見える。
「お、おい……勇者様、押されてないか?」
「ルゥちゃんの動き、並の戦士より早いぞ……?」
「あの子、ハイランダーだって聞いたけど」
「それにしても強すぎないか?いや、勇者様が手加減してくれてるんだろうけど……」
ルゥの善戦に周囲の野次馬達がどよめきの声を上げる。
だが奴の表情を注視すれば、アーノルドが一切手加減などしていないことは火を見るよりも明らかだ。
焦りの表情を浮かべるアーノルドはルゥの連撃を防ぎきった後、一度距離を取る。
「ねぇ、訓練用の武器だから負けたって言い訳されるの嫌だから、腰の剣を使ったら?」
「貴様……俺を本気にさせたな!いいだろう、全力で相手をしてやる!」
ルゥの指摘に激昂したアーノルドは木剣を投げ捨てると、腰に佩いていた自らの剣を抜いた。
それが意味することを考えもせずに。
魔剣とやらを抜いたアーノルドの動きはそれまで木剣を振るっていた時とは比べものにならない機敏なものに変化した。
使い慣れない武器が枷となっていたのか、それとも魔剣に付与された何らかの効果が発揮されているのかは判らないが、打ち合ううちにルゥが防戦に追い込まれる局面も見え始めた。
だが、オレは気付いていた。
模擬戦が始まってから今に至るまで、ルゥが身に付けているウインドダンサーの胸元に一度も輝きが宿っていないことを。
つまりルゥは魔導具の性能を発揮せず、ただの木剣を手に魔剣を振るうアーノルドと互角に渡り合っている。
「……あれが勇者の力ってやつか……」
オレは思わずそう呟いていた。
おそらく周囲にいた野次馬達がオレの言葉を聞いたとしても、それはアーノルドに対する称賛だと聞こえたことだろう。
だが、真に称賛すべきは……そう、「勇者」の力だ。
魔剣を振るってなおルゥを倒せないことに焦れたのか、アーノルドは再び距離を取ると、剣を眼前に構える。
一方、機動性を活かして戦うルゥはアーノルドよりも運動量が大きいこともあり、この機に息を整えるつもりのようだ。
しばし両者が静かに対峙したあと、アーノルドが叫んだ。
「エンチャント……フレイムブレード!」
その言葉と同時に、アーノルドが構えていた魔剣の刀身が炎に包まれる。
「おい、あれって魔法剣か!?」
「剣と魔法を使いこなすなんて、さすが勇者様だ!」
「いや、でも相手は木剣もった子供だぞ……」
「なぁ、実は勇者様、手加減してなかったのか?」
周囲のざわめきを耳にしたオレは、アーノルドのクラスが魔法剣士であったことを思い出した。なるほど、あれが奴を勇者だと誤認させる切り札という訳か。
だが、商会の小間使いをしている子供を相手に勇者が必殺技を出した時点で、模擬戦の勝敗がどう転んだとしても奴の実質的な敗北は決まった。
そのことを理解しているのか、バルタザールは渋い表情をしているが、アーノルドが勝てば最低限の利益は確保できると考えているのか何も言葉を発しない。
アーノルドは炎を纏った魔剣を振りかざし、ルゥに斬撃を放つ。
オレから見てもその一撃は本気の、殺意が乗ったものであることは見て取れた。
だが、ルゥはその一撃を正面から受け。
そして――
ルゥの木剣が砕けた。
当然だろう。ルゥが振るっているのはアイツが自分で硬木から削り出した手製の木剣でしかなく、魔剣……それも炎を纏った武器と打ち合える類いのものではない。
これまでもルゥはアーノルドの一撃を正面から受けるのではなく、いなし、受け流すことで対処していた。
だが、今回は避けられないと見て受け止めた結果、ルゥは武器を失う事になった。
燃えた木剣の破片が飛び散り、ルゥの頬に裂傷と火傷を負わせる。
「どうだ、ガキ!俺の魔法剣の威力は!」
「うぅ……痛ったーい!」
……ここまでか。




