#31
その日、マールと共に事務所に戻ってきたルゥは勇者らしからぬなさけのない表情をしていた。
これまで上目遣いといえばマールの専売特許だったが、今日はルゥの方がはしばみ色の瞳で上目遣いにオレを見上げている。
「……その目はなんだ?」
「アニキ……ごめんなさい。ボク、お金使い切れなかったよ……」
しょんぼりした様子でそう言うルゥが差し出した掌には銀貨が4枚と数枚の銅貨。つまりオレが渡した金貨1枚の半分ほどしか使えなかったということか。
「随分と倹約家だな?」
「だって、師匠が無駄遣いしちゃ駄目だって……」
「で、何を買ってきたんだ?」
「えっと……マール?」
ルゥは傍らに立つマールに声を掛けた。
そう言えばマールは手に袋を持っているが……。
「会頭、これルゥさんからの差し入れです」
「差し入れ?オレにか?」
「はい。会頭と、お姉様と、シェラザードさんにって」
そう言ってマールが差し出した袋は、仄かに甘い香りがした。
「ふむ……焼き菓子か」
「あら、これ……最近噂になっているやつじゃないですか」
「ルゥ?そうなのか?」
「……うん。皆で食べたいな、って思って」
夕食の準備が終わったのか、事務所に顔を出したコーディリアとシェラザードが言うように、マールから受け取った袋の中にはナッツののった薄いクッキーのような焼き菓子がいくつも入っていた。
どうやらルゥは自分のためにカネを使うのではなく、皆で食べるものを買ってきたらしい。
「あの、会頭。本当は金貨1枚で買えるだけ買うこともできたんですけど、他のお客さんの分を買い占めたら駄目だからって、ルゥさんが……」
「なるほど、事情は分かった。ルゥ?」
「……はい」
「まぁ、初めての勉強としては上出来だ」
「うん!あ、アニキおつりを……」
「それはお前にやった駄賃だろうが。小間使いじゃないんだ、取っておけ」
オレの言葉にルゥは目を瞬かせる。
だがそんなルゥを見ていたオレは、こいつならいつか勇者になっても私欲に溺れることはないだろうと、何故かそう確信めいたことを思った。
ルゥのダンジョンアタックはオレが予想したよりも攻略速度が遅かった。
それもそうだろう。ダンジョンアタックはただ対峙した相手を叩きのめすだけでなく、罠を回避し、敵の襲撃を察知する必要がある。
だがパーティで分担すべき役割を単独でこなすには、ルゥのダンジョンに対する知識も経験も不足していたからだ。
初級ダンジョンの中層階を攻略した時点ではルゥのレベルは4のままだ。
成長速度のブーストが切れたのか、これまでの訓練のように全ての時間を戦闘に費やすことが出来なくなって成長効率が落ちたのか――
「まぁ、さすがに全てが上手くいく訳ではないか」
「しかし戦闘センスは格段に良くなった。口惜しいが壁を使った立体的な戦闘機動は既に我の一歩先を行くぞ」
「お前が絶賛するとはな……。一度、兄貴分として舎弟の戦いぶりを見学しに行きたいところだが」
「……だが?」
ルゥのダンジョンアタック進捗を報告していたシェラザードは、オレの言葉に目を細めた。
オレはルゥの成長を見守る前にすべきことがある。
そう。予定では明日、アーノルド達が……勇者一行がラーゼンを訪れるからだ。
「シェラザード。明日は大事な取引がある。悪いがルゥの鍛錬は無しだ」
「承知。我に護衛として主殿を守れと?」
「いや、お前はコーディリアを守ってやってくれ。オレの方は……ルゥを使う」
「主殿、お言葉ですがルゥは敵を叩き潰すことには秀でていても護衛には向かぬぞ?」
「ああ、判ってるさ。ルゥにはその敵を叩き潰す役割を担って貰う」
「……取引では?」
「なに、殺しはしないさ。奴とは違ってな」
オレの言葉にシェラザードは訳が分からないという顔をする。
だが、オレはこいつにも、ルゥにも、マールにも……そして何よりもコーディリアにも。
オレが経験したあの未来を説明するつもりも、同じ目に遭わせる気もない。
なら、それは知る必要のない、存在しない出来事だということだ。
「ここがラーゼンの街か!思ったよりも栄えたところじゃないか!」
「そうだね。でもここの人達は勇者を必要としてるんだろ?」
「ミリー殿、アーノルド殿、まずは冒険者ギルドへ参りますぞ。我らの後援を申し出たなんとかという商会に繋ぎを取りませぬと」
立派な鎧を身につけた20代半ばとおぼしき金髪の男、アーノルド。
同年代とおぼしき革鎧に双剣を持つ女、ミリー。
40代後半に見える、ローブ姿の男、バルタザール。
冒険者ギルドから呼び出され、ギルドホールでオレが対面した「勇者」一行はオレの記憶にある通りの連中だった。
これまでにも経験したことだが、オレが直接関わらなかった人間はオレが行った改変の影響を受けず、記憶している通りの言動を行う。
それはアーノルド達も同じということだ。
だがオレと接触した時点でアーノルドやバルタザールの行動は改変の影響を受けるようになる。
なら不確定要素を少しでも減らすため、速攻で片を付けるのが上策というものだ。
「それで、貴殿が我らの後援を行うと申し出た……」
「ええ、グレイディア商会の会頭、ヤクザとお呼び下さい」
「名前はどうでもいい!それで、どんな武具を提供してくれるんだ?魔導具も使い放題、酒も食事も無償で提供されると聞いたぞ!」
「いえ、無償で提供させていただくというお話ではなく……」
「アーノルド殿、確かにこちらの商会からの手紙は勇者に相応しい者には民からの信用と、それに見合う与信枠を提供する……となっておりましたぞ」
「そうだよ、アーノルド。バルタザールがこの前、そう言ってたじゃない」
ここまでは同じ展開のように思えるが、同時に何かがおかしい気がする。
……オレの記憶の中ではこの会話を行った際、ミリーは口を挟んで来なかったような気もするが……?
前回のオレはこの時、アーノルドの表情とバルタザールの言葉に意識を向けていた。
そのせいでミリーの言葉が記憶に残っていないだけだろうか?
念のため、オレはサングラス型の魔導具で三人に簡易人間鑑定を試みる。
『レベル6:魔法剣士』
『レベル4:盗賊/レベル3:戦士』
『レベル2:魔道士』
表示された情報は前回と同じ。それもそうだろう。
連中が前回と同じタイミングでラーゼンへ到着したということは、道中大きなアクシデントも戦闘も無かったはずだ。
なら、こいつらがレベルを上げる余地はなかったはず。
そう思いながらオレはブースに陣取っているコーディリアと、その脇に控えたシェラザードに視線を送る。
オレの視線を受け、シェラザードは微かに頷いてみせた。
……やはりか。
オレも頷き返すと、シェラザードはコーディリアの側にいたマールの耳元で何事かを囁き、マールは冒険者ギルドを出て行った。
その様子を確認した上で、オレは3人に与信の仕組みを説明し、詳細鑑定を受けるよう促した。
アーノルドとミリーはさして気負った様子もなく詳細鑑定を受けた。
そしてバルタザールはオレの記憶と同じように鑑定を拒否し、言った。
「魔道士は力をつまびらかにすることを好みませんのでな。我はこちらの魔術士協会からの認定状をもって代えさせていただきます」
そう言って奴が差し出した認定状には、何処とも知れぬ国の、聞いたこともない組織が認定した「レベル5:賢者」という資質が記されている。
オレは前回、これが偽造だと知りながらバルタザールの言葉を受け入れた。
だが、今回それはナシだ。
「申し訳ありません、バルタザールさん。これは決まりでしてね。鑑定を受けていただくか、与信は無しか。あるいは……そうですね、実力を見せていただく形でもかまいませんよ」
「それは心外なお言葉ですな?我々が勇者一行と知ってそのような事をおっしゃっているのか?」
「ええ、もちろんです。……そうですね、ではパーティを代表して『勇者様』のお力を皆に見せていただく……というのはどうです?」
オレの言葉にバルタザールの目がいやらしく細められた。
芝居がかった様子で肩をすくめると、バルタザールはアーノルドに向かって言う。
「やれやれ、疑り深い御仁だ。勇者様、我々の正当性が疑われておりますぞ。ここは疑いを晴らし、この愚かな田舎者に勇者の威光を知らしめるべきかと愚考しますが」
……掛かった。
レベルを偽っている奴は自分で鑑定を受ける訳にはいかず、かといって一月も旅をして来た以上、ここで甘い汁を吸わずに立ち去る訳にもいかない。
なら、どうするか?
バルタザールはオレが用意した逃げ道であるもう一つの選択肢に飛びつくしかない。
それが罠であるとも知らずに。
「ふん。勇者を招いておいて本物かどうか疑うとは愚かな……。おいヤクザとやら!オレが勇者だと証明したら、貴様が提供する与信とやらは3倍にしてもらうぞ!」
「ええ、かまいませんよ、『勇者サマ』?」
挑発とも言えるオレの申し出に「勇者」が応じたことで、冒険者ギルドに集まっていた野次馬達のざわめきは最高潮に達した。
そんな周囲の喧噪を余所に、オレはエミリアに合図をし、事前に押さえていたギルドの訓練場へとアーノルド達を招き入れる。
途中、オレに近づいてきたエミリアがそっと耳打ちしてきた。
「ね、ヤクザ様!もしかして最初から勇者様の実力を皆に披露してくれるつもりでした?」
「ええ、娯楽の一環です。ぜひ楽しんでください」
「わぁ、冒険者ギルドの皆にも伝えておきますね!でも勇者様と戦える相手なんてうちのギルドにいたっけ……」
首をかしげながらオレの傍らを離れるエミリアを見送り、オレはほくそ笑んだ。




