#30
その後、昨日オレが買い与えた適当な平服に着替えたルゥが自室から戻ってきた。
「なんだ、ウインドダンサーは気に入らなかったか?」
「ううん。素敵だから、汚したら駄目だと思って!」
「魔導具も汚れるのか?」
「それは当然では?なにせ服ですぞ」
「洗えるのか?」
「……後で我が試しておこう。ルゥ、脱いだ服は脱衣場か?」
「うん!」
ということは風呂にも入ってきたということか。
どうやらここを訪れたルゥが小汚かったのは、好きでそうしていた訳ではないのか。
まぁ、幼いとはいえこいつも女だ。多少は身だしなみにも気を遣うのだろう。
「それよりアニキ!ボクのお仕事は?」
「仕事?何のだ?」
「ボクらここへ置いてもらうためにお仕事するって言ったよね!」
そういえばそんな事も言っていたか。
オレとしてはルゥを手元に置いておければ良かっただけで、こいつに雑用を任せるつもりは――
そこまで考えて、オレはあることを思いついた。
アーノルドを叩き潰すためにルゥを使うのであれば、事前の根回しを行っておくほうがいいだろう。
「よし、ならお前はこれから午前中はシェラザードと鍛錬。午後からは事務所の雑用だ。コーディリアが外出するときは同行して助けてやれ。あと、終業時間が近づいたらマールを迎えに行ってやれ」
「わかった!」
オレがそう指示をするとルゥは笑顔で頷いた。
ルゥとしては仕事をすればタダ飯喰らいではなくなるという程度の理解なのだろうが、オレの狙いはこいつに労務を提供させることではない。
周囲にルゥがオレの事務所の雑用係であると印象づけることは、オレの考えるアーノルド対策をより有効にするために必須のものだ。
そしてこの下準備はルゥがレベルを上げるのと同じか、それ以上に重要なことだとオレは考えている。
「アニキ?なんだか笑顔が怖いよ!」
「ルゥ、ボスの笑顔が邪悪なのはいつものことですから」
「そっか!アニキ、魔王だもんね!」
「主殿、魔王を名乗られるのであれば我が魔王様に相応しき演出を……」
「不要だ。オレは少し出かけてくる。この後のことはコーディリアに任せる」
「はぁ、また丸投げですか……」
そう言ってぼやくコーディリアに後を託し、オレはオレにできる仕込みを行うために街へ出た。
オレが各所に働きかけを終えるのに5日を要した。
偽勇者アーノルドに対抗したいという本心を告げずに根回しを行う必要があるため、説明に時間が掛かったこともあるが、最も手間が掛かったのはサブル・カムルの頓狂な魔導具についての理解を得ることだった。
なにせオレの右腕であるコーディリアですら――
いや、あいつの場合はサブル・カムルを毛嫌いしている。端からヤツの魔導具を理解する気がないと公言していたから、引き合いに出すには適さないか。
今日は昼からコーディリアがシェラザードを伴いマードック商会へ打ち合わせに行っていることもあり、珍しく事務所にはオレ独りだ。
思えばウスラーからこの商会を奪い取った当初は今のように静かな事務所だったんだが。
そんなことを考えていると、まるでオレの心を読んだかのようなタイミングで一番騒々しい奴が帰ってきた。
「アニキ!お使い行ってきたよ!」
「おう、思ったより早かったな」
「うん、ダッシュで行ってきたからね」
「そうか。駄賃だ、取っておけ」
「ありがとう……って多いよ、アニキ!」
手製タバコのための薬草を買うために街の反対側にある薬師の店まで走らせた礼に、ルゥに与えた駄賃は金貨1枚だ。
だがルゥはそれが多いと文句を言う。
「そうか?コーディリアの日当は手当込みで金貨5枚、マールは金貨3枚だ。お前に金貨1枚やってもおかしくはないだろうが」
「姐さんやマールはちゃんとアニキの役に立つ仕事してるけど、ボクはお使い行っただけだよ!?ギルドで仕事として受けてもせいぜい銀貨1枚にしかならないよ!」
ルゥは街に出て来た当初は金というものに無頓着だったが、この数日で武術の腕と共に急速に経済観念を発達させつつある。
その理由は簡単で、マールを迎えに行くついでに冒険者ギルドへ出向き依頼の種類や相場の話を耳にしているというのが一つ。
そしてもう一つはルゥが朝の稽古、午後の小間使いの後、夕食後にシェラザードから修行の一環として勉強を習い始めているからだ。
シェラザード曰く、魔王軍の戦士は主君に恥をかかせぬよう最低限の社会常識を身に付けるべし、ということらしい。
たしかにルゥは街へ出てくる途中に全財産を物乞いにくれてやるほどのお人好しで、その行動の根底には人の良さだけではなく経済観念の未熟さがあったのは事実だ。
オレの舎弟になるのなら、最低限のカネの使い方は心得ておく必要がある。
「カネの使い方を学ぶのもまた勉強の一環だ。この後は頼む仕事も特にない。マールを迎えに行くまでの間、そのカネを何かお前が良いと思うことに使ってこい」
「ええ!?」
「オレはタバコを刻むのに忙しい。さっさと行ってこい。ちゃんと使い切れよ」
「えええ!?」
ルゥはあの未来で見たアーノルドのように豪遊をするタイプには思えないが、小銭を渋るようではオレの舎弟に相応しくない。
渋るルゥを追い出し、オレはあいつがどんなことにカネを使うのか想像しながら、「カシナート」を使って薬草の葉を刻む。
オレが何本か手製タバコを作り終えた頃、シェラザードが独りで帰ってきた。
なんでもコーディリアは少し寄るところがあるらしく、夕食の仕込みのために先に戻るよう言われたのだそうだ。
護衛が警護対象から離れるのはどうかと思わなくもないが、街中で四六時中護衛が必要なほどこのラーゼンの街は荒れていないとコーディリアはいつも言う。
まぁオレとしても本当に護衛が必要なのは契約締結時の不慮の事故を防ぐためだと割り切るほかないだろう。
「最近のルゥの具合はどうだ?」
「正直、予想以上だ。主殿はルゥの鑑定を行われたか?」
「いや、していないが……」
「ルゥは既にレベル4に到達しておる。並の冒険者であれば早くて1年、普通なら1年半は軽く掛かるというのに」
「ほう……。それはあいつが『勇者』だから、か?」
「今のところは未だ覚醒しておらんが、おそらくそうだろうな。まったく恐ろしい限り」
シェラザードはそう言うが、どうやらまだルゥのクラスはブランクのままで、勇者としては覚醒していないらしい。
となると……成長の早さは人間鑑定に記載されていた「戦神の加護」とやらに関係するのかもしれないな。
「で、今のアイツはどの程度の強さだ?お前より強くなったか?」
「主殿、我のことを見くびりすぎではないか?……と言いたいところだが、正直短剣ではそろそろ怪しくなったことは事実だ」
本来シェラザードの得意武器は大剣だ。
だが室内での護衛を主任務とする戦闘メイドが振るう武器として、大剣はさすがに大きすぎる。
それ故にシェラザードはサイドアームとして短剣や暗器を使うようにしているそうだが、ルゥは得意武器ではない短剣を振るうシェラザードに迫る力を獲得していると言う。
「末恐ろしいとはこのことだな?」
「ですがレベルの伸びはここ2日ほど止まっているぞ。おそらく我と修行をすることでルゥが会得できるものはほぼ学びきったのではないか」
「伸びしろはもっとある筈だが?」
「ああ。なので新しい修行を行わせようかと。主殿、明日からルゥをダンジョンへ行かせてもよいか?」
シェラザードの言葉にオレは思案する。
ダンジョン自体は冒険者でなくても入ることは可能だ。
だが年齢的に冒険者ギルドに登録できないルゥはパーティメンバーを斡旋して貰うことができない。
「お前が引率するということか?」
「ああ、初回は。だが2回目以降はソロ攻略をさせようかと」
「それはさすがに無理があるんじゃないか?」
いくら未来の勇者でも、独りでダンジョンへ挑むのは無理だろう。
オレはそう指摘したがシェラザードの意見は違った。
「明日、見極めを行う。だが主殿、おそらくルゥの実力をもってすれば、初級ダンジョンなら数日もあれば攻略出来るはずだ」
「ほう……」
シェラザードの言葉に適当に答えながら、オレが考えていたのはアーノルド達の事だ。
奴らはダンジョンに挑み、初見クリアを行っていた。
もしルゥがアーノルドに対抗出来る力を備えているのなら、あるいは――
「まぁ、無理はさせるな。ああ見えてルゥはオレの舎弟で、大事な人的資源だからな」
「もちろんだ、主殿。ルゥはいずれ魔王軍の幹部として活躍させねばならんからな」
シェラザードはそう言って哄笑するが、オレは魔王軍を興すつもりなど毛頭ない。
ただ、ルゥが育てば、オレが今考えている新しいビジネスの勝ち筋が見えてくる。
そう考えたオレは、シェラザードに対してルゥのダンジョンアタックを許可した。




