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#29

 その後、シェラザードはルゥにいくつかの基本的なことをレクチャーした。

 体捌きや剣術のことはオレには判らなかったが、どうやらルゥは最初から全開で魔導具に魔力を流していたらしく、途中で魔力切れになっていたそうだ。


「……そう言えば最初の跳躍の時に地面が燃えていたのは……」

「あそこで燃やす戦略的な理由は皆無。あれは魔力の無駄遣いでしかない」


 シェラザードは、ウィンドダンサーの効果を有効活用するのであれば跳躍時の頂点で魔力供給をカットし、重さが元に戻った状態で落下による斬撃を行った方が鋭さと威力が増すと説明した。

 またアッシュメイカーについては機動性を活かしたルゥの戦い方なら、狭い場所では魔力を通さない方が自分自身が火に巻かれるリスクを抑えられるとも言った。


「戦ってる最中に魔力の切り替えなんてできないよー!」

「それが意識できないうちは半人前。剣術の鍛錬と同時に魔力の扱いも鍛えますぞ」

「ええー!魔力の鍛錬って面白くないよ!」

「オレは一度事務所へ帰る。あとは2人で仲良く頑張ってくれ」

「承知しました、主殿」

「アニキー、ボクのご飯はー!」


 面倒な鍛錬だけでなく、食事がまだであることにげんなりした表情を浮かべたルゥをシェラザードに託し、オレは1人で事務所への帰路についた。



 事務所へ戻ったオレは不機嫌そうな顔のコーディリアに出迎えられた。

 出がけは普通だった気がするんだが。……いや、ルゥに「業務報告」を悟られていたことで焦ってはいたが。


「どうした?声が大きいと言われたことを気にしてるのか?」

「いえ、それは気にしていません……というと嘘になりますけど。そうではなくてですね。朝っぱらからあの腐れエルフの顔を見て、ちょっとイラついているだけです」

「腐れエルフ?」


 一般的な認識なら魔王領の住人であるダークエルフが「腐れエルフ」と呼ばれるカテゴリに属する存在だが、コーディリアが尊敬するシェラザードをそう呼ぶことはありえない。

 と言うよりこいつが腐れエルフ呼ばわりする相手は、1人しか心当たりがない。


「サブル・カムルか?」

「それ以外ありえません!」

「朝から顔を出すとは何かあったのか?」

「事務所の前を清掃していたら声を掛けてきたので、詳しい話は聞かずに追い返しました。新作がどうとか、融資がどうとか寝言を言ってましたけど」


 サブル・カムルは顔なじみの魔導具技師で、遠距離に情報を伝える魔導具の研究に没頭している変人だ。

 そして商業ギルドに在籍していた頃、融資を担当したコーディリアに赤っ恥をかかせたエルフでもあり、こいつは心底サブル・カムルのことを毛嫌いしている。


「新作、か。興味が無いと言えば嘘になるが」

「ボス!あの詐欺師が持ってくるモノは金貨5枚の価値しかありませんからね!?」


 商業ギルドの融資した金貨3,000枚は回収不能となり、差し押さえた魔導具の評価額は金貨5枚になったとコーディリアは嘆いていた。

 ギルドから再融資を断られたヤツはオレの元に融資を求めて現れ、オレはパテントと現物を提供させる見返りに金貨1,000枚を与えたが……。

 その資金が尽きたか、あるいは研究成果が出たということなのだろう。


 時は金なりとは言うが、一方でヤツのもつ技術は化ける可能性がある。

 なら貴重な資源である情報を得るために、一度サブル・カムルの話を聞いておいても無駄にはならないだろう。


「コーディリア、もし次にヤツが来たらオレに取り次げ」

「ボス、あの腐れエルフと関わるのは本当にやめたほうがいいですよ」

「お前らしくないな?ヤツと会うかどうかはオレが決めることだ」

「……私は、止めましたからね?」


 オレの記憶の限りでは前回サブル・カムルが事務所を訪ねてきたということはなかったはずだ。

 もしかするとコーディリアが早々にヤツを追い返し、オレに報告を行わなかったのか。それともオレの行いで状況が変化したのか……。


 前回と異なる判断を行うことで、オレはシェラザードとルゥという、状況を打破する手札を手に入れることに成功した。

 しかし、さすがにサブルの持ち込む魔導具は対アーノルドに利用できるモノではないだろう。


 そんなことを考えながら、昼過ぎに再度事務所を訪れたサブル・カムルに対応したオレは、ヤツが売り込んできた新たな魔導具に予想を裏切られる結果となった。


「……ボス?さすがにアレに金貨2,000枚は無駄遣いが過ぎるのでは?」

「何、色々と使い道のある技術だ。パテントを押さえておいて損はない」

「通信手段としては欠陥だらけというか、そもそも通信の体を成してないと思いますけど」

「それはそうだな。だが通信ではない使い方をすればいい」


 オレの言葉にコーディリアは納得がいかないと重ねて言ったが、それ以上は否定してこなかった。

 これは面白いことになりそうだ。



 シェラザードとルゥが戻ってきたのは夕刻近くだった。

 食事を取りに戻ってこなかった2人に飯はどうしたのかと聞くと、シェラザードが収納魔法なるもので弁当を持ち運んでいたと答えた。


「随分と便利な魔法だな。それはオレにも使えるものか?」

「そうだな。主殿がどちらかの手を失っても良いのであれば可能だ」


 えらく物騒なことを言うシェラザードに説明を求めたところ、失った左手の代わりに使っている魔導義手とやらに収納袋(ホールディングバッグ)に似た機能の魔導具が仕込まれているらしい。


「……そして、このように」

「その大剣、どこにしまっているのか気になってたんだが」

「虚空へ収納しております故、必要な時はいつでも即座に抜刀可能ですぞ」


 暗殺者向けの便利機能だが、さすがに片手と引き換えにしてまで欲しいとは思えない。

 そんなことを考えていたオレは、ルゥがやけに静かなことに気が付いた。


「どうした、ルゥ。腹でも減ったか?」

「うん、お腹は空いたけど……。ボク、ちょっと自信なくしちゃった」

「シェラザードは強かったか?」

「うん、もうびっくりするぐらい強かったよ!ボク、村で一番だったのに……」


 シェラザードに目線をやると、こちらの視線に気付いたのかかすかに頷いてみせた。おそらく、何か報告したいことがあるのだろう。

 だが、先にルゥのケアをしておくべきか。


「ルゥ、それは井の中の蛙ってやつだ。シェラザードは魔王軍四天王だぞ?田舎から出て来たばかりのお前が勝てる方がどうかしているだろうが」

「ボクも四天王になったのになぁ……」

「これからはシェラザードのことを師匠と呼んで、ちゃんと鍛えて貰え。お前ならきっとシェラザードにも届くだろうよ」

「うん、ありがとうアニキ!師匠、明日もよろしく!」


 そう言うとルゥは笑顔になり、事務所の奥へと入っていった。

 オフィスに残っていたシェラザードはルゥの姿が消えたことを確認すると、軽く息を吐いてから言った。


「正直、予想外だ」

「期待外れだったか?」

「いや、むしろ逆だ。あそこまで成長が早いのかと。あれが勇者の資質なのだとしたら……魔王様が敗れたことも納得がいく」


 シェラザードはそう前置きしてから、今日一日の鍛錬について報告を行った。


 朝、オレが見た時のルゥは身体能力にものをいわせた素人そのものの戦いぶりだった。

 だが半日ほどシェラザードと手合わせをする間に、ルゥは魔力制御の基礎と剣術の基礎をあっという間に体得したのだと言う。


「それはどれぐらい凄いことなんだ?」

「ここへ戻る途中、鑑定を行ったが、ルゥのレベルは2になっていた」

「半日でレベルが上がっただと?それは……たまたまレベルが上がる直前だった可能性もあるんじゃないか?」

「その可能性は否定せぬが、技量の向上が驚異的な速度であることは事実。この分だと半月もあれば我に匹敵する使い手に成長するやもしれませぬぞ」


 シェラザードはそう言うが、その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。

 どうやらルゥが成長して追い上げてくるのなら、自分はその一歩先を行く……とでも言いたげな表情だ。


 スポ根モノはオレの趣味ではないが、護衛が強くなることはオレにとっても益がある。


 オレは「重要な取引」がある日は護衛としての任務を優先するようシェラザードに伝えた上で、暇な時間はルゥの鍛錬に充てることを許可した。


 ――もしルゥがあと10日足らずでアーノルドに匹敵する力を得ることが出来るのなら……オレは奴らに対して守勢に回るのではなく、こちらから叩き潰しに行けるのだと考えながら。


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