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#28

「拗ねないでくださいよ、ボス。ちゃんと逃げる時は手を引いてあげますよ」

「むしろオレが抱えて逃げないと、お前が逃げ遅れるだろうが」

「あ、ボスは私を抱えて逃げてくれるんですね。優しい魔王様でよかったです」


 そう言って再び笑うコーディリア。

 ヤツが……アーノルドが来るまであと10日ほど時間がある。

 あの未来を回避するために、まだ打てる手があるはずだと考えながら……オレはコーディリアの身体に手を回す。


「あ……ボス。まだ話が」

「……明日じゃ駄目なのか?」

「今夜のほうが良いです」

「……なんだ」

「ルゥの装備について、提案があります」


 俺の腕の中で、耳元で囁くようにコーディリアは言う。

 本来ならこんな場面で女が口にする台詞は愛の言葉だと相場は決まっている。

 だが、こいつはこれまで通り、こんな場面でも仕事の話だ。


 内心で嘆息しながらも、それでこそコーディリアだと思いながらオレは続きを促した。


「随分と前にボスがダンジョンで盗ってきた装備がありましたよね?」

「……言葉の響きに少し語弊があった気がしたが……そう言えばまだ処分していなかったな。派手な服と、燃えさしのブーツだったか?」

「ウィンドダンサーとアッシュメイカー、ですね。あれ、サイズ的にルゥによさそうかと思って。あの子、木剣は持ってますけど防具は持ってませんから」


 コーディリアの提案にオレは二つの魔導具のことを思い出す。

 ウインドダンサーは魔力を込めると体重が1/2になるという、完全に名前負けしているただの派手な服。

 アッシュメイカーも同じく魔力を通すと足跡に火種が残る、放火魔御用達のガラクタだ。


 どちらも小柄なドワーフか、小人族(ハーフリング)が使うようなサイズな上に、効果も微妙で金貨10枚程度の価値しかないという査定結果になった代物だ。


「置いておいても邪魔だし、支給品として渡すか」

「ボス、言い方。勇者を手懐けるつもりなら、恩を売ったほうが良くないですか?」

「さすが魔王の右腕だな。言うことが随分と悪辣になった」

「褒め言葉だと受け取っておきます。じゃあ、あの2つはルゥに与えていいですか?」


 コーディリアの言葉にオレは少し思案してから、答えた。


「いや、3つだ。事務所に飾ってあるクリサリスもサイズ的にはルゥ用だろう。あの見た目なら勇者を演出するのに使えそうだ」

「呪いのアイテムですよね、あれ?」

「ルゥは未覚醒だが状態異常耐性の能力を持っている。いずれ使いこなせるだろう」

「まぁ、鎧は後日で良いとして……明日の朝、シェラザードと立ち会う前に2つを先に渡しておきます」


 耳元でそう囁くコーディリアに対して、オレは返事の代わりにその身体を強く抱きしめた。



 翌朝、陽が昇る前。起き出したシェラザードとルゥが立てる物音に起こされたオレは、ベッドにコーディリアを残し2人の元へと向かった。


「あ、おはようアニキ!」

「主殿、早朝からお騒がせして申し訳ない」

「なに、かまわんさ。ところでルゥ。腕試しに行く前にお前にいい物をやろう」

「え、なに!?美味しいご飯?」

「もっといい物だ……そこにある袋をあけてみろ」


 オレが指さした、事務所の片隅に放り投げられていたずた袋。

 埃こそ被っていないが、見るからにうち捨てられた雰囲気のそれに、ルゥは小首をかしげながらも中を覗き込む。


「服……とブーツ?」

「ああ、そうだ。どちらも魔力を通すと有効化する魔導具になっている」

「魔導具!?それって高いんじゃないの?」

「お前はオレの舎弟だ。そんなお前が1人前の冒険者になれるようサポートするのがオレの役目だ」

「わぁ、ありがとうアニキ!大好き!」


 使い物にならないと判断して半ば打ち捨てていた装備だが、これだけ喜ばれるなら与えた甲斐があったというものだ。

 だがオレが見ている前でさっさと着替え始めるのはどうかと思うが。


「おはようございます……。ウインドダンサー、派手すぎると思いましたがルゥにはよく似合ってますね」

「コーディ、その格好は……」

「気にしないでください、シェラザード」


 適当にシーツを巻き付けただけの格好で事務所に姿を現したのは、言うまでもなくコーディリアだ。

 服はオレの部屋に脱ぎ散らかしてあったはずだが、私生活はとことんズボラなこいつのことだ。着るのが面倒だとそのまま降りてきたのだろう。


 一方でコーディリアが褒めたルゥは成人が着るには気恥ずかしいデザインの魔導具を身に付けている。


 黒いチューブトップのインナーと同色のショートパンツ。

 上着は丈の短いノースリーブのジャケットで、下半身にはウエストケープを纏っているが、それらはいずれも赤と青を基調としたド派手な色彩だ。


 だがコーディリアが言うように、派手な色彩も赤髪のルゥには似合っているようにも思える。おそらく、これは子供服に特有のデザインというやつなのだろう。


「おはよう、姐さん!あ、昨夜はアニキとイイコトしてお楽しみだったね!」

「ちょ、ルゥ!?まさか起きて……」

「うん!ボク、耳はいいからね!」


 ……どうやら昨夜、コーディリアが声を押し殺していたのは要らぬ努力だったらしい。そして意外にもルゥはその手のことに対する知識があるようにも思えた。


「コーディ、風邪を引かぬように早めに服を。主殿、我らはこれから街の外で手合わせをしてまいります」

「ああ。オレも見に行くつもりだ。お前とルゥの実力を見せてもらいたいからな」

「承知。ルゥ殿、行きますぞ」

「うん!」



 シェラザードがオレとルゥを案内したのは街の外、街道から少し外れた所にある開けた場所だった。

 人目に付きづらいこの場所はラーゼンに滞在して新たな主を探している間、シェラザードが鍛錬するのに使っていた場所なのだそうだ。


「それで、ここで手合わせをするのはいいんだが、その格好で戦うのか?」

「もちろん」


 頷くシェラザードの服装は事務所に居た際に身につけているメイド服のままだ。

 鍛錬ならそれらしい服装があるだろうと指摘したオレに、シェラザードは真顔で言った。


「主殿。戦闘メイドの戦いとは主の側で行うもの。つまりメイド服が戦時の服なのだ。ならば鍛錬もこの服装で行うのが道理だ」

「……そうか。まぁ、好きにすればいい」


 丈の短いスカートは戦闘には向かないような気もするが、シェラザードのポリシーならオレがどうこう言う必要もないだろう。


「ねー、早くやろうよ!」

「うむ。では我は反撃せぬゆえ、ルゥ殿は打ち込みを」

「えー!?手加減なしでいいよ!」

「我に一撃でも入れられれば、そのときは本気でお相手して差し上げる」

「約束だよ?」

「武人に二言は無い」


 ……メイド姿で武人を名乗るシェラザードの姿は滑稽にも思えるが、大剣を構えた姿は武術の心得がないオレが見ても一切の隙がないように思える。

 一方で少し距離を取って対峙したルゥは木剣を天高く掲げ、真顔になると言った。


「じゃあ、いっくよー!」


 声と共にルゥが跳躍する。

 高い……!?


 まるでアニメかマンガの主人公のように、10m近く飛び上がるルゥ。

 見るとあいつの着ている魔導具(ウインドダンサー)の胸元で青い輝きが灯っていた。


 つまりあれは魔導具が効果を発揮し、ルゥの体重が半分になっているということか。


 そしてルゥが踏み込んだ地面には炎が燻っているのが見えた。

 つまりあいつは二つの魔導具の効果を発揮しながら跳躍しているということなのだろう。


 しかし人間業とは思えない跳躍に驚愕しているオレをよそに、シェラザードは涼しい顔で半歩横にずれてルゥの一撃を躱す。

 着地後に横薙ぎに振るわれた木剣はさらにバックステップしたシェラザードを捉えることが出来ず、空を切る。


 その後もルゥは素人目には太刀筋を追うことすら難しいレベルの連続攻撃を繰り返すが、シェラザードは最低限の動きで全てを躱している。

 つまり、2人には圧倒的な実力差があるということなのだろう。


 戦いとも呼べない2人の戦いを見ていたオレは息苦しさを覚え、自分が息を止めていたことに気が付いた。

 そして、オレが大きく息を吐いた瞬間。


 ルゥの振るった木剣に対して初めてシェラザードが自分から動き……そっと差し出された大剣を打った木剣が、まるで弾き飛ばされたかのように宙に舞った。


「勝負あり、ですな?」

「うう、全然当たらないよー!なんで!」


 木剣を弾き飛ばされたルゥは大の字になってその場に倒れると、ブーイングを行う。

 一方のシェラザードは肩をすくめると、オレの方へ歩み寄ってきた。


「使い物にならないか?」

「今のままでは。剣術は我流というよりただ振り回しているだけ。魔力の制御もいい加減で魔導具の効果もまったく活かせておらぬ」

「なら、お前が鍛える価値は無いか?」

「ですがあの俊敏性と持久力はさすが『可能性の卵』。鍛えれば間違いなく龍として育ちますぞ」


 そう言うとシェラザードはにやりと笑った。

 どうやら魔王軍四天王は、勇者の師匠になることを納得したらしい。


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