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#27

「――でね、そこの焼き菓子がとても美味しいんですよ」

「へー、いいなぁ!ボクも食べてみたいけど、お金持ってないからなぁ」

「じゃあ、お近づきのしるしに私が……あ、会頭、只今帰りました」

「ああ。随分仲良くなったみたいだな?」

「えへへー、マールって意外と面白くてさ!」

「えっとルゥさん?私の方が年上なので呼び捨ては……」


 連れだって事務所に戻ってきたマールとルゥは意外なほど和気藹々とした雰囲気だった。


 受付という仕事をしていた割には人見知りなところがあるマールが気安く話せているのは、おそらく明るく親しみやすいルゥの性格あってのものだろうが……思わぬ化学反応だ。


 オレはてっきり、ルゥが勇者であることを知ったマールが萎縮するものだとばかり思っていた。

 だがこいつの前でルゥをグレイディア商会に取り込む話をしていたことで、マールなりに親睦を深めようと努力しているのかもしれない。


「マール。昼間に言ったルゥの件だが、本人以外には一通り話しておいた」

「はい……え?ルゥさん以外に……?」

「アニキ、何のこと?」

「お前が見所のあるヤツだってことだ。最近ラーゼンの街に溢れている自称勇者連中よりもよっぽど、な」

「え?そうなの!?」


 勇者として覚醒していないであろうルゥに、今の段階で自分が勇者だと教えてもロクなことにならない。

 もちろんそれはルゥのためにもならないし、オレのためにもならないという意味でだが。


 しかし一方でオレがこれから話すことは、ルゥが特別であることが前提になる話でもある。

 それ故に話の整合性を取るために、ルゥには少し持って回った言い方でスペシャル(勇者)であることを伝えた訳だ。


「飯の準備が出来てるぞ。マールの日報は後まわしでいい、今日は先に飯だ」

「あ、はい」

「やったー!またお腹いっぱい食べられる!」



 コーディリアの作る料理に対して不満はなかったオレだが、シェラザードの作る料理を口にするようになってから、その印象は少し変わりつつあった。

 コーディリアの料理はどこか家庭料理的な味わいだったが、シェラザードの料理は高級レストランのようなキレのある味だったからだ。


 魔王軍四天王と貴族令嬢なら後者の方が高級レストラン的な味を生み出すイメージがあったんだが……。

 まぁ、それはどうでもいいだろう。


 ひとしきり食事が終わった時点で、改めてオレはルゥを舎弟にしたことを全員に告げた。


「……と言う訳だ。こいつが成人するまでの間はオレがケツ持ちをすることになった」

「なんとなく意味は分かりますが……どこの言葉です、それ?」

「オレの業界の言葉だが」

「商会関連では聞いたことありませんけど」


 ヤクザの業界用語だと言っても伝わらないかと思い、コーディリアの言葉は無視し、オレは続けた。


「それで、だ。ルゥには見所がある(・・・・・)とはいえ、まだ未熟だ。冒険者になるにしても、他の道を行くにしても経験を積む必要があるだろう」

「えー、ボク村では一番強かったよ?」

「田舎の村と大きな街では強さのランクが違うかもしれんだろうが。なので明日、シェラザードにルゥの実力を測ってもらうことにした」


 オレの言葉にシェラザードが剣呑な笑みを浮かべ、頷く。

 だがレベル1のくせに自分が村一番の腕自慢だと思っているルゥは、やや不満げな様子だ。


「それともう一つ。今日はお前達にオレの秘密を話してやろうと思う」

「会頭の、秘密……ですか?」

「ボスの秘密?私の知らないことですか?」

「ああ、そうだ。シェラザードにも関係のあることだ」


 オレの言葉にコーディリアは訝しげな表情を、マールは少し怯えた表情を、そしてルゥはきょとんとした表情を浮かべる。


「実はオレは魔王だ」

「……え?」

「ひっ!」

「……はぁ?」


 うんうんと頷くシェラザード以外の3人はそれぞれ異なるリアクションを返してきた。


「むろん、オレは世界を滅ぼす気はない。なにせオレは経済活動によってこの世界を牛耳ることを企む魔王だからな」

「……ああ、そういう設定ですか……」


 オレの言葉にコーディリアとマールは納得した表情を浮かべる。

 ルゥはこの話が始まってからずっと内容が理解出来ないのか、ぽかんとした表情で残ったパンに手を伸ばしている。


「まぁ私も悪魔の右腕ですから、悪魔が魔王に格上げになってもさして意外ではありませんが。でも、それがシェラザードとどう関係があるんですか?」

「なに、シェラザードの戦闘メイドとは世を忍ぶ仮の姿、実は魔王であるオレに付き従う魔王四天王の一人だ」

「我の名は魔王軍四天王が一人、雷のシェラザード」


 オレとシェラザードの言葉にコーディリアとマールは呆れた表情を浮かべるが、ルゥだけは喰い気味に身を乗り出してきた。


「魔王軍!四天王!かっこいい!シェラザードさん、強いの!?」

「ああ、こいつは先代勇者と戦ったこともある猛者だ」

「すっごーい!じゃあ、ボクも!ボクもシェラザードさんと戦ってみたい!」


 戦闘狂のようなことを口走るルゥに内心で呆れながらも、オレは話の誘導が上手くいったことに安堵した。


 オレが話したシェラザードの来歴は間違いなく事実だが、冗談のオブラートに包んだことでコーディリア達はそれが事実ではないと受け止めたはず。

 だが一方でシェラザードが魔王軍四天王であるというオレの言葉は、こいつらの頭の中には残るだろう。


 なので何かの拍子にシェラザードの過去がバレても、当初からシェラザードは事実を告白していたというアリバイ作りが出来る。


 このことは積極的に開示するような情報ではないが、万が一この情報が外部に漏れた時のための防衛線でもある。


 ルゥやマールのような子供が街中でシェラザードが四天王だと吹聴しても、冒険者ギルドや街の連中はそれを冗談と受け取るだろう。

 つまりこの防衛線はコーディリア達身内と、外部の双方に対する四天王ショックを緩和するための策という訳だ。


「なるほど、私がボスの右腕……つまり魔王の右腕ならシェラザードは魔王の左腕という訳ですね?」

「……お姉様、それだと私とルゥさんはどうなるんですか?右足と左足ですか?」

「えっと……マール?あなたも魔王軍の関係者呼ばわりされたいんですか?」

「お姉様と一緒なら、魔王軍でも邪神教団でも入ります!」


 コーディリアの言葉にマールが物騒なことを言っているが、まぁそれはどうでもいいだろう。


 だがコーディリアの軽口に反応したお子様がもう1人いた。

 そう、言うまでもなくルゥだ。


「なら、ボク達が魔王軍四天王じゃない?ほら、4人いるし!」

「ほう、お前らがオレの四天王を名乗るのか。なら二つ名はどうする?シェラザードは雷を名乗っているぞ?」


 オレの言葉にルゥは少し思案してから、コーディリアを指さして言った。


「眼鏡のコーディリア!」

「……え?」

「受付のマール!」

「えっと……それ、そのままじゃないかな……」

「なら、お前は食欲のルゥで決まりだな」

「ええ!?」


 随分と寄せ集めな上に日常感の強い、平和的な四天王だと苦笑しながら、オレは席を立った。



 その夜、マールとルゥが寝付いた後にコーディリアが「業務報告」を求めてきた。

 このところ採用や引っ越しでバタバタしていたこともあり、ランディ達の結婚パーティ以来ご無沙汰だったと、少しふくれ面のコーディリアに指摘された。


 いつものように情を交わすが、これまで2人だけだった事務所に今は未成年を含め他に3人がいる。

 嬌声を抑えようと努力するコーディリアの姿に、オレはこの世界にモーテルやラブホテルの類いはあっただろうかと頭の片隅で考える。


「……ところでボス。さっきの話ですけど」

「さっきの、どの話だ?」

「ボスが魔王だっていう話。あれ、実は本当なんでしょう?」

「だったら、どうする?」

「別に。私はボスの右腕ですから。本体が悪魔でも魔王でも、あまり違いありませんし」


 そう言うとコーディリアはベッドの中だけで見せる、魅力的な表情で笑った。

 その笑顔を見たオレは、思わずコーディリアに問うていた。


「もしオレが魔王だとして、勇者に討たれるようなことがあれば……お前はどうする?」

「んー、さっさと逃げますね。ボスを置いて。自分の命が大事ですから」

「……そうか」


 その返事が嘘であることをオレは知っている。

 オレがアーノルドに襲われたとき、こいつはオレを守るために偽勇者に戦いを挑み、命を落とした。

 そして今わの際(いまわのきわ)までオレを案じ、逃げるよう言い残して、逝った。


 だが、オレはその嘘をこいつに指摘することができなかった。

 存在しない未来の記憶は、まるでこいつの心の奥底を勝手に覗き見たかのように思えたからだ。


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